テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
kurara
10,190
コメント
2件

す、す、素敵です....!! やはりいちさんの書く若井さんはストレート!!THEストレート!! すいません感情が高ぶっててうるさいです、笑笑( *´艸) 夏!!好きです!! 大森さんがきゅんきゅんしちゃう理由も分かります😌😌 良い作品をありがとうございます( ;∀;)
────八月二十三日。
十七時前。スタジオ帰りの電車に揺られていた。
窓の外は夕暮れに染まりかけていて、その眩さに思わず目を細める。
「疲れたぁ…」
ドア付近の手すりを掴んだまま若井が小さく呟く。
言葉と裏腹にその表情は何処か楽しそうだった。
木々や建物に隠れてはまた姿を表す橙の日差しが若井の横顔を照らす。
綺麗だ、と思った。
横目で若井の表情を捉えてからまた窓の外に視線を戻す。
それから他愛もない会話を続けた。その度に若井は笑う。
ほんと、よく笑うよね。
どんだけくだらない事でも楽しそうに。
「そろそろ夏終わるね」
話題が落ち着いた頃、何となくそれを口に出してみる。
季節が変わることなんて当たり前で毎年のこと。
それに何も思わないし何も感じない。ごく普通の事実として受け入れていた。
でも、考えてみると。ここ数年は違ったかもしれない。
夏が終わる度に少しだけ惜しいような、勿体ないような。そんな感覚になる。
「ね。もうちょっと続いて欲しい。」
「続いて欲しいんだ。」
何気ないふうに装って。本当は同じ事考えてたなんて、流石に言えないけど。
若井の事だから行事が多いからとか沢山遊べるから、とか。そういう類の理由なんだろう。
若井は少し考えるように間を置いた。視線を宙に向けて僅かに首を傾ける。
「やっぱ夏休みって一番長いじゃん」
此方に視線を向けた気配がして、窓の外に投げられていた視線を若井に向けた。
「一番元貴と一緒に居られたから。」
眉を下げて笑った若井を見て、吊革を掴む指先に一瞬余計な力が入った。
どうしようもなく、嬉しかったから。
そう思ってくれていたことも、素直に伝えてくれたことも。
自分と同じ事を考えていたことも。
目が離せなくなりそうで、視線を窓の外へ戻す。
小さく唇を噛む。喉の奥で何かを呑み込んだ。
それは溢れそうな感情か、それとも言葉か。
「夏じゃなくても大体一緒に居るけどね」
的外れなことを言って誤魔化した。器用に受け止めるなんて事は未だ出来そうにない。
まぁこれは事実でもある。
季節は関係なく一緒に居る。居れてる。
それが何より嬉しいんだってこと、知らないでしょ。
「それはそうだね」
そんな会話をゆるゆると続けていれば、車内アナウンスの無機質な声が次の駅名を知らせた。
ブレーキの音が近くなり始める。
完全に停車した頃、ホームに降りて空を見上げた。
昼間あんなに青かった空は完全に夕に染まっていて。
きっとまた日が落ちるのも早くなるんだろう。
そしたらこんな景色も見れなくなって。
夏が終われば、煩く耳につく蝉時雨は聞こえなくなって肌を焼くようなじれったい暑さも感じなくなる。
どうしてか、その事実が少しだけ胸の奥を揺らがせた。
それくらいこの夏が好きだったのかもしれない。
恋をしていた、この夏が。
今だけじゃないかもしれない。この感情を抱き始めたのも夏だった。
あの時からか。
君を好きになると同時に、夏に溺れていた。
半歩先を歩く若井の姿を目に焼き付けてからその隣に並ぶ。
若井は歩きながら一瞬横目で此方を見て、また前を向いた。
「もう八月終わるけどさ、まだ暑いよね」
「ほんとに。暑いのはまじで勘弁。」
「元貴はずっと暑いの苦手なイメージ」
ギターケースを肩にかけ直して若井が笑う。
「夏嫌い?」
「まぁ普通。暑いの苦手だけど嫌いではない」
「へぇ、ちょっと意外。嫌いかと思った」
さっき思ったこと、全部伝えてやりたい。
誰かさんのせいで夏は嫌いじゃなくなった。
暑いのも変に人混みが増えるのも、好きになる要素はひとつも無かったのに。
今じゃ終わるのを惜しむくらい。
やっぱ柄じゃないな、こんなの。
少し変わったのかもしれない。誰かを好きになって、とか以前に。
若井に出会って、色々と。
自分の作る音楽をここまで好きだと伝えてくれるのは初めてだった。
ずっと、こんな近くで一緒に居てくれるのも。
だから、もっと作りたいと思った。
一緒に居たいと思った。
笑って欲しいと思うし、その笑顔を自分だけに向けていて欲しいなんて馬鹿なことも思う。
今まで通りと言うには変わりすぎていて、それでもらしくないなんて言葉で片付けるにはこの感情は大きすぎる。
帰路に着きながらふと若井が口を開いた。
「今日楽しかった。良い曲作るよね、ほんと。」
歩く足は止めず、視線だけ此方に向ける。
若井は口元を緩めて柔らかく笑った。
「ずっと一番好きで居る自信あるよ」
いつもの底抜けに明るくて太陽みたいな笑顔とはまた違う、どうしようもなく優しい笑顔。
眩しいのは、夕暮れの空から降りる日差しか。
それとも。
言えないな、まだ。
俺も君を一番好きで居続ける、なんて。
その笑顔を見つめたまま、眩しさに目を細めた。