『優しさに、慣れちゃってたから──気づくのに時間がかかった』
秋の終わり。
教室の窓の外に、落ち葉がくるくると舞っている。
季節が変わるたびに、
姫那の表情も少しずつ柔らかくなっていった。
「姫那、最近いい顔してるね」
そう声をかけると、彼女は恥ずかしそうに笑う。
それが、うれしかった。
でも、やっぱりどこか、心の奥が少しだけ空っぽで。
(……わたしは、いつから“応援する側”に慣れてしまったんだろ)
•
図書室での放課後。
レポートの下調べをしていたら、
ふいに声をかけられた。
「その資料、こっちの棚にも似たようなのあったと思う」
顔を上げると、
眼鏡をかけた、静かな雰囲気の男の子がいた。
あまり見かけないけど、
どこかで名前だけ聞いたことがある。
「えっと……ありがとう。あの、君は……」
「森下陸(もりしたりく)。たぶん、クラスは違う」
それだけ言って、陸くんはスッと資料を指差した。
「こっちも参考になるかも。……じゃあ」
「あ、待って。……ありがとう」
笑って頭を下げると、
彼も少しだけ笑って、歩いていった。
その笑顔が、思いのほか、
心にふっと残った。
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帰り道、落ち葉を踏みながら歩いてると、
なんとなく思い出すのは、彼の後ろ姿だった。
(あれ……なんでだろ)
気になるっていうより、
“何かを忘れてたような感覚”に似ていた。
誰かに優しくされたとき、
「これは恋じゃない」って決めつける癖がついてた。
でも、
それって、ほんとはちょっと寂しいことなのかもしれない。
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次の日も図書室に行くと、
陸くんは、また静かに読書をしていた。
目が合うと、
ふいに彼が言った。
「君、笑うときに少し首をかしげる癖、あるよね」
「……え?」
「昨日、思った。
たぶん、緊張してるときに出るクセ。
……ちょっとだけ、似てる人がいたから」
心臓が、ひとつ鳴った。
それは過去の痛みじゃなくて、
“これから始まるかもしれないもの”への合図だった。
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凛は、思った。
(ああ……わたし、また誰かを、ちゃんと見ようとしてる)
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まだ、それが恋かどうかなんてわからない。
でも、
“わからない”ことを、
今はちょっと楽しみに思える自分が、少しだけうれしかった。
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