テラーノベル
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甘夏剤
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「終わりまであなたと」
🟦🏺ゾンビパニックもの
※第一話の注意書きを見た上で閲覧してください。
4:ずっと隣に
乾いた風が砂埃を巻き上げる。青すぎるほどに青い空を一台のヘリが切り裂くように飛んでいく。
親の声よりも聞いた音だった。姿を見ないでもわかる、警察ヘリから逃げるように青井は物陰に隠れた。
*
あの夜、青井はバリケードの穴からつぼ浦を抱えて脱出し、慣れた手つきでカージャックをして深夜の逃避行と洒落込んだ。つぼ浦のために非感染状態の心無きを探しに毎日バリケードを越えていた甲斐あって、秘密の抜け道は把握していた。
久しぶりに外に出られて助手席のつぼ浦は歓声を上げていた。
「れりごー、れりごー!」
「英語版なんだよなぁ、いつも」
「きゃんほーいばっくえにもあー!」
「なんだっけ、少しも寒くないわー」
「も、っとあと、だ!」
「あれ?ドアを開けるんだっけ」
「しめる、だ!」
英語版と日本語版、さらには雪だるま作ろうまで混線した無茶苦茶な合いの手で車内に笑い声が響く。つぼ浦はつたない声でゴキゲンに歌いまくっている。以前と変わらないその歌声を聞いていると、ハンドルを握る青井の胸からも重石が取れていくようだった。
これが泥舟ならつぼ浦はジェットエンジンだろう。真っ暗な夜道を街灯を頼りに走り続け、ときにゾンビの群れをかわしながら車は北に向けて進んでいった。
安全区域から外れた街の中心部はゾンビが多く危険だ。それになによりもゾンビ駆除のため警察がうろついている可能性がある。それが今の二人にとっては脅威だった。人が来ないところ、そして心無き、いやゾンビが少ないところ。青井が選んだのは砂漠だった。
砂漠の飛行場周辺で鍵の開いている家を片っ端から探して回った。中にゾンビがいて慌ててドアを閉めたり、ガラスが割れていて住めるような環境ではなかったり。家さがしは難航した。
何度もゾンビから逃げ、諦めかけていたころ砂漠の街から少し離れたところにある建物に青井が気づいた。正面にはアメリカの国旗がはためいていて、消防署と書いてあるのに消防車は見当たらず、代わりに大きな空のガレージがあるのが気に入った。
しかも鍵が開いていた。室内を見て回るが急いで出ていったような痕跡があるばかりで人の気配はしない。
玄関には靴が一つもなかった。ゾンビから避難したのかゾンビになって殺されたのか、靴がないということは家主はいないのだろう。街からも離れているので周囲にゾンビの姿は少なく、二人はこの家を隠れ家にすることに決めた。
狭い家だがキッチンはきれいに片付いていて、家具も落ち着いた色合いで統一されている。がさつにいろいろなものがごそっと置いてある場所と、しっかり片付いている場所の差が激しい。他の小物の数からもここの住人も二人だったようだ。
リビングだけが慌てて物を倒したような痕跡があったが、ほうぼう探して飛び込んだにしては最高の物件だった。大きな窓にはゾンビ対策のためか板が打ち付けてあった。そのせいで昼でも薄暗いのだけが難点だった。
冷蔵庫の中になぜかホットドッグの材料が大量に入っていたので青井は食べ物には困らなくなった。しかしつぼ浦は違う。
ゾンビは人肉を欲しがる。それも病的なほどに。つぼ浦も日々少しずつ侵食が進んでいる上に空腹のためか意識が朦朧とすることが増えた。
ソファーに寝転んでうつらうつらしているつぼ浦に毛布をしっかりかけて、青井は本日の「ご飯」を探しに砂漠をさまよっていた。
*
物陰に隠れる青井の頭上をヘリはスピードを落とすことなく飛んでいく。砂漠は人が少ないのが利点だが、プリズンが近い。今日の分の死体を運んでいるのだろう。
空を行くヘリはまるで地上をにらみつける猛禽のようだった。その視界がどこまで及ぶのかを青井は嫌というほど知っている。
サーマルをつけながら飛んでいるわけがない。こんなところで地上をつぶさに見ているわけがない。自分に言い聞かせながら身体を起こした。
盗んだ車に飛び乗って、青井は非感染状態の心無きを探す作業に戻った。
敗戦一方だった市がなんとか対策を講じて、ロスサントス全土で心無きが新規にスポーンするのを抑えているらしい。もともとスポーンの少ない砂漠では無事な心無きを見つけるのは日に日に難しくなっていた。
警察の仕事がなくなって、ずっとつぼ浦のそばにいられるはずなのに今度は食事探しに時間がかかってしまう。早く帰らなければ、つぼ浦を一人にするなんて、もし誰か来たらどうしよう、そんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。
「でもこうしてなきゃつぼ浦は、きっと……」
発砲した青井に驚いて逃げていった成瀬の姿が思い出された。「わかったよ、お前はそうなんだな」という最後の台詞が頭の隅に引っかかって離れない。罪を見抜いたのにこれで成瀬が引き下がるわけがない、間違いなくまた捕まえに来る、だから青井はつぼ浦を連れて逃げたのだ。愛以外のすべてを捨てて。
成瀬とドリーがあのあと家に押し入って悲嘆に暮れたことを青井は知る由もない。道の終わりは見えないけれど立ち止まるわけにはいかない、誰もがその一心で行動していた。
青井が見て回っていた区画に心無きの影は見当たらなかった。諦めて車に乗ろうとしたとき、何を言っているかわからない罵声が路地の方から浴びせられた。目があっているのに魂を感じさせない、生きても死んでもどうでもいい人の形をした肉。青井はほっとため息をついてその額に銃弾を叩き込んだ。
*
帰宅した青井が新鮮な肉を冷蔵庫に収めていると、リビングからつぼ浦の声がした。おそらく「おかえり」と言っているのだろう。青井がカウンターから顔を出すと床に座ったまま左手をパタパタ振っていた。
「ただいまつぼ浦、遅くなってごめんね」
「んー」
「なに、どしたの?」
「や、めろ、ごめん」
「あー、ごめ……じゃない、うん、言わないようにするね」
青井は頬を膨らませているつぼ浦の頭を優しく撫でた。右の赤い目までくしゃっとさせて、つぼ浦はうまく回らない口をモニョモニョさせている。
しかし何度言われても青井からは謝罪の言葉がすぐに出てしまう。それに意味がないことはよくわかっている。それでも特別に意識しないと今の青井には止めることができなかった。
「ご飯用意してくるね」
「あ、まて」
立ち上がろうとした青井の腕をつぼ浦が掴んだ。
「なぁに?」
「ここ、いろ」
「え、うん……いいけど、ご飯は?」
「いいか、ら」
強く引っ張られて青井は再びつぼ浦の横に座った。つぼ浦は目を輝かせ、安心したように青井に抱きついて胸に顔を埋めた。甘える子どものような仕草に青井から思わず笑みがこぼれた。背中をトントンあやすように撫でるとさらに胸に顔を押し付けてしがみついてきた。
その体はやはり右側が氷のように冷たい。しかし残った半分は熱く、胸に回した手には確かな鼓動が伝わってくる。
青井も目を閉じて、つぼ浦を胸に抱いたまましばらくそうしていた。リビングに敷かれた毛足の長いラグはふかふかで、寝室から勝手に持ってきた知らない人の毛布を被ると簡単に睡魔が襲ってくる。ウトウトした青井の頭がかくんと揺れて、つぼ浦も驚いて顔を上げた。
「ごめんごめん、寝そうになっちゃった。ご飯にしようね」
「……い、らねぇ」
「え、お腹空いてないの?」
「すい、てねぇ」
「え?でも、そんなわけ……」
その先に続く言葉が青井の中にはなかった。
ゾンビになると食欲が抑えられなくなる。今日見かけたゾンビもみんな、青井を見るとよだれまみれの歯をむき出しにして襲いかかろうとしてきた。
それを、いらないという理由。青井には思いつかなかった。いや、思いついても脳がそれを受け入れなかった。
「ここ、いろよ」
思考が止まってぼうっとしている手をつぼ浦が引っ張る。立ち上がろうとしていた青井はされるがままに座り直した。
なにか、考えてはいけないことが頭の半分を占めている。それを震える手で隅に追いやって、猫のように寄りかかってくるつぼ浦を抱きしめた。
つぼ浦の髪からは知らないシャンプーの匂いがした。この家の備品を勝手に使っているので仕方がない。いつかこの匂いに慣れる日が来るのだろうか。……慣れるまでここにいられるのだろうか。そんなことが青井の頭をかすめていく。
不意につぼ浦の手が青井のシャツをぎゅっと握り、しわを作る。冷たい右手も添えて両手で一生懸命握りしめていた。
「あおせん」
「どしたの?」
「……おれ、く、なる」
「え、なぁに?」
「おれ、なく、なる?」
左右で色の違う二色の目が青井を見上げていた。
冷たい炎が脳裏で燃えた。頭に上った血は氷のように冷たくて、目の前が白く爆ぜる。
青井は何度も瞬きをした。カサつく唇を噛んで、口を開いてはまた閉じる。装い続けた「平然」という仮面が明らかに剥がれ落ちた。
「……無くなったりしないよ、つぼ浦はつぼ浦だよ」
それでも仮面の破片を拾い上げて、声の震えを抑え込んで青井は微笑んだ。つぼ浦の目は揺れたままだった。
「わす……たく、ない、あお……せ」
「忘れるわけないよ、忘れるわけないでしょ、つぼ浦が。そんなわけないよ、だってつぼ浦なんだよ?」
「こ、わ……」
「怖くないよ!怖くなんて……っ、俺もいるんだよ?」
つぼ浦の途切れ途切れの声をかき消すように、青井は大きな声を上げてつぼ浦の肩を抱きしめた。
目の奥が刺されたように熱い。涙だけはこぼさないように眉間に力を入れる。
今までずっと目をそらし続けていたものが足首に手をかけた。それでもまだ後ろは振り向かない。青井は鼻を鳴らすつぼ浦を抱きしめ、首筋に顔を埋め続けた。
壁の時計がカチカチと針を進めている。この時間が無限に続けばいいと青井は本気で願った。後にも先にも進まない、この温もりだけが隣にあればいいと。
「……あおせん」
身を寄せ合うような長い抱擁の末、つぼ浦が口を開いた。
「どしたの?」
「あおせん、ずっとい、て、うれし」
青井はハッとなってつぼ浦の顔を覗き込んだ。柔らかく垂れた目尻に甘さが宿り、いつもは引き締まった眉毛もうっとりと下がっている。愛する人を前にしてすべてを委ねるような、青井にしか見せない顔だった。
つぼ浦がゾンビになりかけてから、こんな長文で話しかけてきたのは初めてかもしれない。この言葉を告げるためにどれほど頑張ったのだろうか。青井はしばらく呆然と愛しい笑顔を眺め、急に我に返ってその頬に手を添えた。
「俺もお前とずっといられて嬉しいよ、大好きだからね」
「ん」
「……本当にお腹空いてないの?」
「な、いぜ」
「まぁ……いつでもあるからね、お腹すいたらいってね」
「おう」
答えるだけ答えるとまたつぼ浦は青井の胸に顔を埋め、眠そうに頬をこすりつけている。
食欲がない、寝る必要がないはずなのに眠そうにしている、それは強がりなのか何かの兆候なのか。青井にはわからなかった。
ただ一つだけ理解しているのは、つぼ浦は日々どんどん変化しているということ。人の食事を受け付けなくなり、睡眠も必要としなくなり、歩けないくらい侵食が進み、そして今、逆に眠るようになり食欲すら失われている。
咲き誇っていた花が異形に変化している途中なのか、それともそのまま枯れてしまうのか。青井はわかりたくもなかった。
頭の中は嵐のように情念が渦を巻いているのに青井の手は優しくつぼ浦の背中を撫で続けていた。腕の中でもぞもぞ動き、とろんとした目が青井を見上げた。
「……いっしょ、いろよ」
「うん」
「いくな、よ……」
「うん」
二色の目がまぶたの向こうに消える。少しだけ身構えたが、またすうすうと寝息が聞こえてきて青井は無意識のうちに深く息を吐いた。
板が打ち付けられた窓の隙間からきれいな青空が見えた。聞き慣れたヘリの音が遠くから聞こえてくる。家の上を飛ぶことはなく、音は遠ざかり消えていく。
「……怖くないよ、か」
自分の吐いた言葉を思い出し、青井は苦いため息をついた。
不安をかき消すために頭ごなしに否定してしまった。その不安はつぼ浦のものではなく、青井のものだったというのに。
目線を彷徨わせていると棚の上にワクチンの入ったケースが置いてあるのが見えた。盗んできたワクチンは残り3本。今までは2日に1回くらい打っている。残りの日数が計算できそうになって青井は慌てて首を振った。
つぼ浦の寝顔は半分だけ灰色になっているが昔と変わらずあどけない可愛さがあった。サングラスを外すと爆笑をかっさらえる顔だが、青井は苛烈な言動に似合わない純朴な顔が大好きだった。唇を指先でぷにぷに押すと眉間にシワを寄せてムニャムニャしている。あまりにも可愛い。青井は大きくため息をついた。
「ねぇ、ずっと……キスしてないよね」
唇に触れたままぽつりと呟く。つぼ浦は起きる様子がない。
キスをしてしまおうか、と青井は少し思った。一緒にいられるか不安にさせるくらいならキスをしてしまえばいい、そうしたら「二人」になれるのだろう。
ゾンビのウイルスは唾液に含まれている。身体が死体になって人肉を食べるという最悪な欠点があるだけで、ゾンビがどんな世界を見ているのかは実際のところわからない。コミュニケーションが取れないだけで実はドーパミンだかセロトニンだかを満載して機嫌よく生きているだけなのかもしれない。特殊刑事課と対応課としてゾンビになっても暴れて押さえてを繰り返す、そんな楽しい妄想が脳裏で踊る。
でもそれをつぼ浦は許さないだろう。
床に広がる毛布を引き寄せ、青井はつぼ浦を抱きしめたままラグに横になった。腕の中で身じろぎしたつぼ浦のことをしっかりと抱き寄せて毛布に包まる。
「怖くなんてないよ」
囁きにも近いつぶやきがつぼ浦の耳に届いたかどうかはわからなかった。
コメント
5件
tbがaoの記憶なくなってゾンビになっちゃったら本格的にaoが壊れていきそうでソワソワしながら見てます……‼️‼️ いつでも待機してます💘
更新ありがとうございます!!!! 毎回語彙力や話の作りが上手くできていて尊敬しています これからも頑張ってください 楽しみにしてます!!
大方の予想通り、二人が転がり込んだのは📡さんの砂漠の家です。 ここに住んでいた二人がどうなったのかはあまりしっかりと考えてないのですが、気力があったら本編が終わったあとに書くかもしれないです