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前のめりで懸命に訴える夏帆に、誠くんママが目をぱちくりさせる。
「―――私と亮介は合わないってこと?」
(お、怒ってる? でも、これが私の正直な気持ちだから)
「誠くんママにはたくさんの魅力がありますっ。前原さんはそれを輝かせてくれる相手ではないです。絶対にっ」
(はっ、言い切っちゃったっ。さすがにまずいかな?)
夏帆が不安げに顔を上げちらっとママをみた。しかし夏帆の予想に反して、誠くんママは豪快に笑い出した。
「ははっ。ありがとう、夏帆先生。安心してよ、もう別れたから」
「え、別れたんですか?」
身構えた夏帆は拍子抜けしてしまう。
「だってあいつ、シングルマザーへのリスペクトも何も持ってないんだもん。夏帆先生の言う通り、何が魅力だったのかわからなくなってさ。別れてあげた」
今度は妙にさっぱりした顔をしだした。夏帆もほっと胸をなでおろした。
「私がいうのもおかしいですが、傷が浅いうちに離れることかできてよかったと思います」
「だね。幼稚園まで押しかけて夏帆先生に問い詰めて本当にごめん。亮介から話を聞かされて、誠が大好きな夏帆先生に限ってまさか!って感情がおかしくなっちゃってさ。本当にごめんなさい」
誠くんママは丁寧に頭を下げてくれた。夏帆は慌てて手を振った。
「顔を上げてください。私は誠くんママにわかってもらえただけで十分です」
そして誠くんママは下げた頭をゆっくりと上げてくれた。
「でも亮介のやつ、いいとこどりで逃げて夏帆先生は腹が立たない?」
「まあ、そうですけど……」
確かにそうだが、かといって夏帆には何も出来ない。縁が切れただけでも良しとしているくらいなのだから。
「夏帆先生、別れる時も我慢したでしょう?自分が損するだけなんだからそういうの駄目だよ。一発ぶん殴らないと」
「同じセリフを友人からも言われました」
真希のセリフそのままで思わすふっと笑ってしまった。
「亮介とは別れたけどさ、どうもすっきりしないわけ。だからさ、お仕置きをしておいた」
「え、お仕置き?」
「そう。私、商工会議所のメンバーに入っているの。その長は誰だか知ってます?」
むふふと誠君ママの顔が怪しく笑った。夏帆がさあと首をかしげる。
「亮介の父親、なんだよね」
「父親? もしかして」
「そう、ちょうど昨日、会合があってね、不誠実な亮介の文句を洗いざらい愚痴ってきたわ。だからもうすっかり情も消えてる」
そう誠くんママは清々しく笑ったくれたのだ。もちろん、このあと前原亮介は父親からお灸をすえられることになるのだった。
※
「どうだった?」
そう小声で夏帆に確かめるのは真希であった。
「大丈夫。誤解はきちんと解けたよ」
夏帆はそう微笑み返した。話し合いを終えて先ほど誠くんとママを見送ってきた。夏帆もきちんと自分の気持ちを伝えることができて今は気分がすっきりしていた。
「よかったー。てっきり修羅場になるかと思ってた。そうしたらどのタイミングで助けに入ろうかって気を揉んだぞー」
真希は冗談めいて話すが本気でそう気にかけてくれていたことは夏帆もわかっている。長年の友人だからこそ深刻にならぬよう気を配ってくれてくれていることも。
「ありがとう。真希」
「出番はなかったけどね」
二人は並んで教務室に向かった。
「ねえ、明後日は夏帆の誕生日じゃん?」
「うん」
お互いに彼氏が不在なときは一緒に食事にいってお祝いをしてきた。真希には婚約者がいるため予定が空いていることが多いのは夏帆のほうだったが。
「今年はどうするの?」
真希がニヤッとして夏帆を見た。
夏帆は「うーん」とうつむくが、その顔はふにゃりと柔らかい。それを見た真希が先に感づいた。
「ふーん。なーるほど。成瀬さんとお祝いするのね?」
「う、うん。実は一緒にディナーに行くことになってます…」
真希が「マジか」という顔で夏帆に振り返った。
「なーんでそんな大事なこと私に黙っているのよ! もしかして、もう付き合ってるの?」
夏帆は慌てて首を左右に振った。
「付き合ってないよ。ただディナーに誘われただけなの」
「成瀬さんから?」
「う、うん」
「じゃあ、もう告白されるじゃん」
夏帆の顔が一気に真っ赤に変わる。
「そ、そうかな? ど、どうなんだろう」
「夏帆は誤魔化してる。それらしき言動はあったんでしょう? 白状しろ」
脇をツンとしてきた。なされるがままに夏帆は照れている。
「なーんだ。心配して損した。予定が空いてたら碧人と一緒に慰めてやろうって言ってたのにな」
「真希…。いつも本当にありがとうね」
真希はミーハーに思われがちだけど実は姉御肌で面倒見がよい。マイペースでのんびりした夏帆を上手にアシストしてくれる、もっとも信頼できる友人だ。
「でもさ、そろそろ期限付きも終わるころじゃない?」
「そうね。船の修理が完了してもおかしくない頃よね」
ここで真希が夏帆にぱっと振り向く。
「ねえ、夏帆のほうから告白しちゃいなよ! 成瀬さんが誠実なのはわかるけど奥手というか慎重すぎるというか…。待ってたら同居が終わっちゃうよ」
積極的な真希ならではの意見だった。たしかに船の修理はいつ完了してもかしくない時期にはなっている。
この同居は期限付きなのだ。しかも夏帆の気持ちは固まっているのだから確かにそうかもしれないと思った。
「そうだね…。自分の気持ち、伝えないとね…」
成瀬はディナーで伝言があると言っていた。
それが愛の告白でなかったら―――
(私が成瀬さんにこの気持ちを伝えよう)
そう決心する夏帆であった。