テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「君、こんな夜遅くにどうしたの?」
俺が始めてネイロちゃんとあったのは夜の町だ。ネオンの明かりに照らされておっさんたちが楽しそうに飲み歩いている中、俺は家に帰りたくなくて一人出歩いていた。そんな時に声をかけてきたのがネイロだった。
「あ?誰だよ。お前」
「….まぁ、そっか。そうだよね、君他人に興味なさそうだし。僕同じクラスのリンドウネイロ」
「ん、俺ユエル」
「知ってるって。そうじゃなきゃ声かけてないよ。で、こんな時間に何してるの?よりによってこんな治安悪いとこで」
「別に?家に帰りたくなかっただけ。てかお前常識人ぶってるけど、こんな時間に外いるってことは訳あり?」
「まぁ、そんなとこ」
そういい君は寂しそうに笑った。
「ユエルは気づいてないかもだけど、僕いじめられてんだ。クラスの奴らに」
突然口に出されて戸惑っていると君はそんな顔しないでよと笑って話を続けた。
「毎日パシられたり、殴られたり、責任転嫁の対象にされたり、機嫌の悪い日はカッターとかで刺されたり、あぁ、あとは知らない人に犯されたこともあったなぁ….」
典型的ないじめかと油断して聞いていた俺の予想斜め上を行く犯罪まがいな内容に耳を疑うが、君はそんな俺を気にも止めずに話を続ける。
「今日はね、機嫌が悪かったみたいで、さっきまで解放してもらえなかったの。」
そう寂しそうに笑う君の顔、嬉しそうだが寂しそうな、そんな複雑な表情だった。
「僕のわけはそんなとこ。ユエルは?」
「….お前それ聞き出すために聞かれてもねぇ自分のこと話したな」
「あ、バレた?まぁいいじゃん。こんなとこで会ったのもなんかの縁だしいいじゃん」
そういたずらっ子みたいに笑う。その表情はさっきよりは明るかった。
「まぁ….親が難アリで。母親が不倫しまくって、父親は酒癖悪くてとか、まぁ、色々。」
「そっか」
君はそれ以上は聞かなかった。
「家帰りたくないなら僕の家来る?僕片親でさぁ、仕事忙しくてどうせ今日も帰ってこないし。ここは危ないよ」
俺は驚いて、何も言えなかった。出会ったばかり….いや、君にとってはクラスメイトか。でもこんな訳ありの俺なんて問題に巻き込まれたくないの一心でみんな遠巻きに見るだけなのに….急に話しかけて家に泊める?まじこいつの頭はどうにかしてるんじゃないかと思ったのを俺は今でも覚えている。
目を覚ました俺は鞄を枕にして草の上で眠っていた。隣にはネイロちゃんもいる。夢を見ていたらしい。ネイロちゃんと出会ったあの日の夜の夢。あの日ネイロちゃんが声をかけてくれなかったら今頃ネイロちゃんは一人で死に場所を探してたんだろうか。俺は今でも夜の町をふらついていたのだろうか。
こんな楽しい旅は出来ていなかったのだろうか。
居場所がない。その共通点だけで仲良くなった俺ら。こんな共通点だけでこんなに依存しあえているのは皮肉かなんかじゃないかとたまに思う。
「ネイロちゃん、おはよう」
そう声をかけても隣で眠っているネイロちゃんは起きる気配がない。そんなネイロちゃんの手を握ると安心したかのように握り返してくれた。もう逃げ出したあの夜の手の震えはなくなっていた。
ふとあたりを見回すと少し下の方に線路が見えた。
今日は二人で山道の下にあるあの線路を歩こう。
昨日そう約束して眠りについたあの線路だ。一日4回しか電車が通らない古びた線路。そこを2時間歩いて死ぬか死なないか。ちょっとした賭けだ。
今の俺らにはもう命すら遊びの道具となる。
そう考えていると遠くから電車の音が聞こえた。
「ん….ユエル、?」
「お、やっと起きた。ネイロちゃんおはよ」
電車の音でやっとネイロちゃんが起きた。
「もう電車一本来ちゃったじゃん。俺が今日の賭けに負けるよう寝たふりでもしてた?」
そう揶揄するとネイロちゃんも笑って「そうだったらどうする?」と返してくれた。この旅を始めてからネイロちゃんは本当に楽しそうに笑う。やはりこの世界はダメだ。逃げて逃げてちゃんと死ななきゃ。ネイロちゃんが苦しんじゃうから___
電車が通り過ぎると、辺りはまた静かになった。
「……行っちゃったね」
「うん」
ネイロちゃんはそう言って、少しだけ笑った。
少し前までだったら、こんなところを二人で歩くなんて考えもしなかった。学校に行って、家に帰って、また次の日が来て。その繰り返しから抜け出すことなんて、できないと思っていた。ネイロちゃんは相変わらずいじめられて、俺は相変わらず身勝手な親たちの後始末。
でも、今は違う。
知らない道を歩いて、知らない町を見て、知らない景色の中で二人で笑っている。正直今までの人生の中で一番楽しい。冗談抜きでそう思えている。財布の中身は少しずつ減っているし、まともな寝床だってない。風呂にも入れてないし、食事だって満足に取れてないけど、それでも、今までよりずっと幸せだった。
「ねえ、ユエル」
「なに?」
「このままどこまで行けるかな」
「さあ。金がなくなるまで?」
「それじゃあすぐ終わっちゃうじゃん」
ネイロちゃんが笑う。
「じゃ、どっか盗みにでも入ろうぜ。いいよ俺らどうせ死ぬんだから。」
「….それもそっか」
ネイロちゃんは俺と違って優しい人だ。盗みというものに抵抗感があったのだろう。まぁ、本人も死ぬんだからいいかと割り切ったような様子も見せたが多分どこかでまだ後ろめたさを感じている。あんなに苦しい思いをしたのにどこまで優しいんだよ、ネイロちゃんは。
学校も家も、もう俺たちを追いかけてこない。追いかけてきたとしてもきっと見つからない。ここまで来たら、怖いものなんて何もないような気がした。俺らはもう自由だと。
少し歩いたところで、ネイロちゃんが急に立ち止まった。
「僕さ、小学生の頃は小学校を卒業したら、中学生の時は中学を卒業したら、高1のころまでは成人したら、普通に幸せになれると思ってた」
「……幸せ?」
「うん。ここ抜け出したら今より楽しくなるんだって。学校を卒業して、コイツらと離れたら嫌なことも全部終わるんだって」
ネイロちゃんは遠くの空を見ながら話していた。
「俺も、ちょっとだけそう思ってた」
口にしたもののその言葉はとても可笑しかった。俺たちは一体いつから、そんな未来を信じなくなったんだろう。信じられなくなったんだろう。きっと、何かきっかけがあったわけじゃない。毎日少しずつ嫌なことが積み重なって、気づいたときには、そんな未来を想像することすらなくなっていた。そんなふうに思わせられるような奴らがいたから。
「……でもさ」
ネイロちゃんがそう小さくつぶやき言葉を続ける。
「もし、僕たちを助けてくれる人がいたらどうなってたんだろうね」
俺は答えなかった。いや、答えられなかった。
そんな人、いるわけがない。いたのなら、俺たちはこんなところまで来ていない。こんなところに来る前に現れてくれたはずだ。
俺の親父はもっとまともな人にしてくれたかも知れない。母親の放浪癖や悪い男癖を少しはマシにしてくれたかも知れない。ネイロちゃんの親がネイロちゃんと過ごせるように仕事を減らしてくれたかも知れない。ネイロちゃんの親が仕事しなくても暮らせる程度のお金をくれたかも知れない。そして、ネイロちゃんをイジメてきたアイツらをネイロちゃんの代わりに殺してくれたかも知れない。
「昔はそういうの、信じてたんだけどな」
ネイロちゃんは寂しそうに笑い、足元の小石を蹴り飛ばした。
「漫画みたいに、最後には誰かが助けてくれるんだって」
「……そんなの、来なかっただろ」
来なかったんじゃない。居ないんだ。みんながみんな自分は悪くないと、自分は正しいことをしていると。そう思って過ごしてなきゃこんなことにはなってなかったんだ。
「うん」
そうネイロちゃんは素直に頷いた。俺たちがどれだけ苦しんでも、誰も気づかなかった。気づいていたとしても、見て見ぬふりをした。結局、みんな自分のことで精一杯なんだ。だったら、俺たちだってそうしていいんだ。
「誰かに期待するのなんか無駄だろ。俺はネイロちゃんが俺のこと理解して助けようとしてくれればそれでいい」
そう言うと、ネイロちゃんは少し黙ってから、
「……そうだね。僕もユエルがいればそれでいいや。」
そう言って優しく微笑んでくれた。その評定をみて、俺も笑った。俺たちにはお互いしかいない。
それなら、それでいい。誰かに認めてもらう必要なんてない。誰かに助けてもらう必要もない。俺らは二人だけで生きていけるし二人で死ねる。そう思えば、少しだけ楽になれた。
逃避行を始めてから息をするのが楽しい。生きてて楽しい。
そう、初めて思えたんだ______
コメント
1件
うわあ……読んでて胸がぎゅってなった。ユエルとネイロちゃん、お互いしかいなくて、それでいいって思える関係、すごく切ないけど温かいね。 「誰かに期待するのは無駄」って言い切るユエルに、ネイロちゃんが「そうだね」って応えるシーン、めっちゃ刺さった。ふたりで生きて、ふたりで死ぬって覚悟してるのに、今を「楽しい」って言えるのがまた苦しいし愛おしい。 ネイロちゃんの過去の告白、あれをユエルが受け止めてるのも、なんかすごく重くて大事な関係だなって思った。 続き、どうなっちゃうんだろう。ふたりが辿り着く場所、ちゃんと見届けたいよ……。
155
紺@受験生 🪼🪽👑
146