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#しろシドの沼に落としたい
み
326
誰がなんて言おうと今日はまだエイプリルフールです。異論は認めません。
『俺、癌なんよね』
夜のコンビニ前。
暖かい缶コーヒー片手に、タバコを吸いながらシードが軽く言った。
「……は?」
俺は眉を寄せる。
「今日、何日だと思ってんの」
『エイプリルフール』
「……嘘だろ?」
シードは視線を逸らして、煙を吐いてから言った。
『うん、嘘』
『びびりすぎじゃろ』
その言い方に、表情が変わる。
「……笑えねえよ」
『えー』
「そういうのネタにすんな」
低くて、はっきりした声。
シードは少し黙ってから
『……ごめん』
と、小さく言った。
俺はもうそっちを見てなかったけど。
「ほんと最低」
それだけ言って、背を向ける。
『ニキ』
呼ばれても、振り返らなかった。
それから、会わなくなった。
連絡も取らない。
顔も合わせない。
一度だけ、着信があったけれど。
画面に『シード』って表示されて
親指が止まった。
出なかった。
「今さら何だよ」
そう呟いて、画面を伏せた。
数週間後の夜。
知らない番号から電話が来た。
胸がざわつく。
「……もしもし」
少しだけ緊張した声。
返ってきたのは、柔らかい女の声だった。
「夜分遅くにすみません。シードさんのお知り合いの方でしょうか」
「……そうですけど」
「私、担当していた看護師です」
その一言で、空気が変わる。
「は、?」
「彼から、あなたの連絡先を預かっていて」
嫌な予感が、はっきり形になる。
「……なんですか」
「今、危篤の状態です」
頭が真っ白になる。
「……は?」
「病気で……ずっと入院されていて」
「貴方の電話番号、私にくれたので。」
あの夜の会話が、頭の中で再生される。
『俺、癌なんだよね』
『うん、嘘』
違う。
あれは─────
そうじゃない。
嘘だ。
違う
冗談のはずなんだ。
電話の向こうで、さっきまで泣いてた看護師が少しだけ息を整える。
「最後まで、よくお話しされていた方がいて」
何も言えない。
違うんだよ
「あなたのことでした。」
これは夢だ。
「ニキってやつ、すぐ怒るけど優しいんだよって」
違う
「本当は、ちゃんと話したかったみたいで」
これは───
「でも、たぶん怒るけぇ、最後まで言わんどく
って」
目を閉じる。
何も返せない。
そのあと、看護師が静かに言った。
「……メッセージ送らせてください。」
一瞬、意味が分からなかった。
「え」
「彼、あなたに会いたがっていました」
「お手紙預かってたので……」
「俺がそっち行きます。」
遅いって、分かってるのに。
それでも、その言葉が胸に落ちる。
気づいた時には、もう外に出ていた。
夜の空気が冷たい。
足が、勝手に動く。
走りながら、何度も思い出す。
あの時の顔
あの時の姿
あの時の声
どうして、もう一回聞かなかったんだ。
どうして、電話に出なかったんだ。
どうして─────
病院の白い廊下。
看護師が待っていた。
静かに、頭を下げる。
何も言わなくても、分かる。
遅かったって。
案内された部屋。
そこに、シードはいた。
眠っているみたいに、静かで。
何よりも綺麗だった。
もう、何も言わない。
看護師が手紙を差し出しながら
「預かっていました」と、言う。
震える手で、開く。
『ニキへ』
それだけで、息が詰まった。
『あの日の、嘘じゃないんよね』
視界が滲む。
『でも、嘘にしといた』
『お前、絶対そういうの嫌うけぇさ』
声が出ない。
『後、電話出なかったの地味にショックだった』
少しだけ、いつもの調子。
それが、辛い
『まあでも、しゃーないか』
『最後まで、なまいきでごめん』
『ほんとは、めっちゃ怖かった』
『あ、でも』
『ずっと好きだった』
その場に立ったまま、動けなかった。
もう何を言っても、届かない。
でも、頭の中でずっと響いてる。
「びびりすぎだろ」
「これを嘘だって言ってくれよ…」
あの時の、笑い声。
エイプリルフール。
嘘をついてもいい日。
でもきっと、
一番大事な物は、
気づいた時には、もう遅い。
静かな部屋に、音は何もなかった。
言いたいことなんて、
いくらでもあるのに、
どれも届かない。
ふと、
窓際に置かれた花瓶を見る。
その中で、彼岸花が綺麗に咲いていた。
やけに鮮やかな赤だった。
目を逸らしたくなるくらい、静かで、はっきりしていて。
俺はゆっくりと目を伏せる。
あの日、嘘だと決めつけた言葉も。
聞かなかった声も。
出なかった電話も。
全部が、遅れて胸に落ちてくる。
もう俺とシードしか居ない部屋で、
ただ時間が過ぎていく。
花瓶の中の彼岸花だけが、何も変わらず咲いていた。
コメント
2件
めっちゃ大好きです❤️ 最高です!!!!