テラーノベル
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蝉の声が嫌いだった。
正確には、蝉の声を聞くと去年の夏を思い出してしまうから、嫌いになった。
去年の八月。
柔太朗がいなくなった。
あまりにも突然で、あまりにも何も知らされないままだった。
最後に会った日も、いつもと変わらなかった。
少し笑って。
くだらない話をして。
また明日、と言って。
その「また明日」が来なかった。
柔太朗が残した言葉は、たった一つ。
――もう、疲れちゃった。
勇斗は、その言葉を何度も何度も思い返した。
きっと、それが理由だったのだ。
学校も。
周りの人間関係も。
自分自身も。
全部に疲れてしまった。
そう思うしかなかった。
そうじゃなければ、納得できなかった。
いや。
納得なんて、できるはずがなかった。
それでも一年間、勇斗はその言葉を理由にして生きてきた。
柔太朗がいなくなった理由を、勝手に決めて。
そうしなければ、前に進めなかったから。
そして一年後。
また夏が来た。
蝉の声が、去年と同じように響いている。
勇斗は一人で帰る道を歩いていた。
去年と同じ道。
去年と同じ夕焼け。
違うのは、隣に柔太朗がいないことだけ。
🩷「……暑」
独り言を呟く。
返事が返ってくることはない。
それが当たり前になったはずだった。
――そのはずだった。
🤍「……はやちゃん?」
足が止まった。
聞き間違いだと思った。
だって。
その声を、一年間ずっと聞いていなかったから。
ゆっくり振り返る。
誰もいない。
🩷「……」
胸の奥が嫌なほど速くなる。
気のせいだ。
そう思って歩き出した。
🤍「はやちゃん」
今度は、はっきり聞こえた。
振り返る。
そこに
柔太朗が立っていた。
去年と何も変わらない姿で。
白いシャツを着て。
少し長くなった髪を風に揺らして。
あの日と同じ顔で。
柔太朗は、困ったように笑っていた。
🤍「……久しぶり」
勇斗は何も言えなかった。
声が出ない。
夢なのかもしれない。
そう思った。
でも、夢にしては蝉の声がうるさすぎた。
夕方の風も、生ぬるい。
柔太朗がそこにいる。
それだけが、現実だった。
🩷「……なんで」
🤍「うん」
🩷「なんで、いるの」
柔太朗は少し困った顔をした。
🤍「俺も分かんない」
🩷「……」
🤍「気づいたら、ここにいた」
勇斗は一歩近づく。
手を伸ばす。
触れられる。
ちゃんと、そこにいる。
🩷「……柔太朗」
🤍「うん」
🩷「俺、夢見てる?」
🤍「たぶん違うと思う」
🩷「じゃあ何?」
🤍「……分かんない」
柔太朗は笑った。
でも、その笑顔は少しだけ寂しかった。
それから二人は、去年と同じように歩いた。
コンビニへ寄った。
いつも買っていた飲み物を二人で見て。
勇斗は思わず笑った。
🩷「……これ、まだ好きなんだ」
🤍「好き」
🩷「変わってないな」
🤍「はやちゃんもね?」
🩷「俺?」
🤍「うん」
柔太朗が笑う。
その笑顔を見ていると、一年間の空白なんて嘘みたいだった。
でも。
柔太朗は、ここにいてはいけない。
そして柔太朗自身も、それを分かっているようだった。
🤍「……俺、長くはいられないと思う」
🩷「……なんで?」
🤍「分からないけど」
柔太朗は空を見上げる。
🤍「たぶん、まだ終わってないんだと思う」
🩷「何が?」
🤍「……俺が、言えてないこと」
勇斗は黙った。
その言葉を聞いた瞬間。
一年前の記憶が蘇る。
最後に聞いた言葉。
――もう、疲れちゃった。
🩷「……それなら、分かってるよ」
🤍「何が?」
🩷「柔太朗は人生に疲れたんでしょ」
柔太朗が黙った。
ほんの一瞬。
その表情が曇った。
勇斗は見逃さなかった。
🩷「……違うの?」
🤍「……」
🩷「俺、一年間ずっとそう思ってた」
勇斗の声が震える。
🩷「それしか理由がないと思ってた」
🤍「はやちゃん」
🩷「でも、今の顔……何?」
柔太朗は答えなかった。
ただ、俯いた。
🤍「……ごめん」
🩷「なんで謝るの」
🤍「嘘ついてたから」
🩷「……え?」
風が吹いた。
柔太朗の髪が揺れる。
🤍「俺、全部を言ったわけじゃない」
勇斗の胸が締め付けられる。
🩷「……どういうこと?」
🤍「疲れてたのは本当」
🤍「でも、それだけじゃなかった」
柔太朗は、ゆっくり話し始めた。
周りから勝手に期待されること。
何をしても「柔太朗なら大丈夫」と言われること。
誰かに頼りたくても、頼れなかったこと。
笑っていれば大丈夫だと思われていたこと。
どれも、一つだけなら耐えられた。
でも。
少しずつ積み重なっていった。
🤍「俺、自分が何に疲れてるのかも分からなくなってた」
🩷「……」
🤍「だから、はやちゃんには言えなかった」
🩷「なんで俺には?」
🤍「言ったら、止めると思ったから」
🩷「……当たり前じゃん」
🤍「うん」
柔太朗は泣きそうな顔で笑った。
🤍「だから、言えなかった」
🩷「……馬鹿」
🤍「うん」
🩷「ほんとに馬鹿」
🤍「うん」
🩷「俺、何も知らなかった」
🤍「それははやちゃんのせいじゃないよ」
🩷「でも……」
🤍「俺が言わなかったんだから」
勇斗は俯いた。
ずっと自分を責めていた。
もっと早く気づけばよかった。
もっと話を聞けばよかった。
もっと一緒にいればよかった。
そんなことばかり考えていた。
でも。
柔太朗は、それを否定した。
🤍「はやちゃんは何も悪くない」
🩷「……じゃあ、なんで戻ってきたの?」
柔太朗は少し考えた。
🤍「たぶん」
🤍「はやちゃんに、本当のことを伝えるため」
🩷「……それを言ったら?」
🤍「俺は帰れるんだと思う」
勇斗は嫌な予感がした。
🩷「……帰らせたくない」
🤍「うん」
🩷「またいなくなるじゃん」
🤍「うん」
🩷「また会えたのに」
🤍「うん」
🩷「……ずるいよ」
柔太朗は何も言わなかった。
ただ、隣に座った。
去年と同じように。
二人で並んで、夜空を見る。
蝉の声はもう聞こえない。
夏の夜だけが、静かに二人を包んでいた。
🩷「……俺、柔太朗に怒っていい?」
🤍「いいよ」
🩷「勝手にいなくなったこと」
🤍「うん」
🩷「何も言わなかったこと」
🤍「うん」
🩷「俺を置いていったこと」
🤍「……うん」
勇斗の目から涙が落ちる。
🩷「……寂しかった」
🤍「うん」
🩷「ずっと寂しかった」
🤍「うん」
柔太朗も泣いていた。
🤍「ごめん」
🩷「……謝るなよ」
🤍「じゃあ、ありがとう」
🩷「何が?」
🤍「一年間、俺のこと忘れないでいてくれて」
勇斗は泣きながら笑った。
🩷「忘れられるわけないじゃん」
🤍「そっか」
🩷「当たり前だろ」
夜が少しずつ明けていく。
柔太朗の姿が、ほんの少し透けて見えた。
🩷「……もう時間?」
🤍「うん」
🩷「嫌だ」
🤍「うん」
🩷「もっと話したい」
🤍「俺も」
柔太朗は最後に、勇斗の顔を見る。
🤍「ねぇはやちゃん」
🩷「……なに?」
🤍「俺、ずっと言えなかった事ある」
🩷「なに、?」
🤍「俺、はやちゃんのこと好き」
🩷「え…?」
🤍「これからも、この先も」
🤍「たぶん、ずっと」
🩷「待って、じゅう!」
🤍「これからも、生きてね?」
勇斗は黙った。
🤍「俺がいなくなったからって、夏まで嫌いにならないで」
🩷「……無理かも」
🤍「え?」
🩷「だって、夏になると柔太朗思い出すから」
柔太朗は少し笑った。
🤍「じゃあ、思い出してよ」
🩷「……」
🤍「俺がいた夏のこと」
🤍「楽しかったことも、くだらなかったことも」
🤍「全部」
柔太朗の姿が、少しずつ薄くなる。
🩷「……柔太朗」
🤍「うん」
🩷「また会える?」
柔太朗は答えなかった。
ただ、いつものように笑った。
🤍「じゃあね、はやちゃん」
その姿が消える。
朝の光だけが残った。
勇斗はしばらく、その場から動けなかった。
やがて。
蝉が鳴き始める。
去年なら嫌だったはずの音。
でも今年は。
🩷「……うるさいな」
少し笑った。
空を見上げる。
🩷「俺も、好きだよ」
そこには、夏の青空が広がっていた。
柔太朗はいない。
もう、どこにもいない。
それでも。
去年とは違う。
勇斗はもう、「疲れたから」という一言だけを理由にして、柔太朗を思い出すことはない。
知らなかったことも。
言えなかったことも。
二人で過ごした時間も。
全部、抱えていく。
そしていつか。
夏が来るたびに思い出す。
あの夏。
君がいなくなった夏。
そして――
君が、最後に俺の隣に戻ってきてくれた夏を。
蝉の声が響く。
空はどこまでも青かった。
コメント
1件
ああ〜〜〜もう、第1話からこんなに泣かせてくるなんてずるいよ!😭💕 「蝉の声が嫌いだった」って冒頭からもう胸がギュッてなる…そしてラストで「うるさいな」って笑えるようになる勇斗の成長、めっちゃエモい…! 柔太朗が最後に「好き」って伝えるシーン、声出して叫びそうになった。消えていく姿に泣いたし、でもちゃんと「生きてね」って言えるのが優しすぎるよ…。 夏が来るたびにこの話思い出しそうだよ、ずるいよミクさん!!📖🌸