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R表現はありません。
実在する活動者様の名前とキャラクターをお借りしていますが、ご本人様と本作品は一切関係ありません。
aotbメインですが、rd-gt要素も含まれています。
口調や情報の誤りがあるかもしれません。大きな捏造を含みます。
苦手な方はブラウザバックしてください。
上記のことをご理解の上、閲覧してください。
視点青
「…アオセン、俺、多分向いてないです」
いつぶりだろうか。久々に会った人騒がせな後輩は、見る影もなく項垂れて、乱雑な口調をも損失していた。突き放されたような敬語に寒気がして、何か言ってやろうと口を開くがもう遅い。
「俺、寝ますね」
いつものソファとは反対方向に歩き出す。どこへ“帰る”というのだろうか。どこで、“眠る”というのだろうか。お前の居場所は“ここ”ではないのか。あの、明るくて破天荒で、それでいてずっと周りを気にして冗談を絶やさない“お前”は、いったいどこへ行ってしまうというのか。
「つぼう、」
「アオセン、おやすみなさい。」
がちゃん、と音を立ててしまった出入り口。丁寧に鍵まで閉めて、出て行ってしまった。夏とは言えもう夜は冷えるのに、いつものアロハシャツのまま、寂しい月明かりの下、いつになく頼りない小さな背中が…しかし、ぴんとはったまっすぐな背中が…不安定な足取りでどこかへ帰っていく。
追うべきだったのだろうか。それとも、無理やりにでも車に連れ込んで、彼が帰るらしいその場所へ、送ってやればよかったのだろうか。ポツンと取り残された警察署内で、ひどく自分が小さく感じた。孤独とは違う、完全な無力感。…無気力感。何をしたって彼に響くことができない。力足らずであるという現実を、思い切り目の前に掲げられた気がした。
「らだおー!」
「青井先輩!」
途端に自分を囲み出す周囲が、なぜか悔しくて。ヘルメットの下、唇が無意識に歪む。気が付かぬうちに飛び出していたらしい舌打ちに驚いて、口元を抑える。喉仏が上下して、嫌な焦燥が心臓を中心に広がる。このままではいけない。気がついて走り出すも、あいつがどこへ行ったかもう分からなくて。
「つぼ浦ぁー!!」
何度か叫び散らす。しかし、夜の街に反響するのは自分の足音と、荒い呼吸、そして彼を呼ぶ声だけ。思い返してみれば、自分はあいつの家の場所さえ知らない。懐かれているという自信はあったし、なんなら気をゆるされているという自覚もあったのに。むしゃくしゃしてヘルメットを投げ捨てる。ガン、と思った以上に音を上げたプラスチックが凸凹のコンクリートの上を転がった。冷たい風が頬に触れて、身震いする。どこに?こんな日に。なんで?こんな日に。どうして?
「つぼ浦…」
ザワザワと騒ぎ立てる胸の内が、何を悟ったのか、自分でわかってしまった。嫌な汗が額を伝う。足の力が抜けて、崩れ落ちる。どうにもならないのではないか。もう、どうにもできないのではないか。速くなる脈に項垂れる。夜闇に包まれた街が、全てを肯定しているようで。…あいつは、もう、帰ってこないのではないか、と。
視点つぼ
「珍しいですね。あなた、てっきり私のことが嫌いなんだと思ってました。」
「全くの同意見だ。だから、俺もお前に近寄らなかったんだよ」
「はあ、診察ですか?それともカウンセリング?精神的なものは専門外なので、私は使い物になりませんよ。よろしければ、救急た」
「どっちでもない。ただ、少し、…気分だ」
「…警察はやっぱり大変なんですね。」
「そうかもな」
つぼ浦が訪ねたのは、空架ぐち逸という中立個人医の自宅だった。しかし、彼も滅多にココを使っていないらしく、電話をしたらバギーで迎えにきてくれた。どうやら話によれば、知り合いのギャングの家に入り浸っているらしい。いや、友達の、だろう。本人は少しその言い方が不服なようだが。
「免許を確認されないなんて、随分今日は元気がないようで」
「別に、今はもう退勤したからな。今の俺は法外だぜ」
「公務員が言っていいんですか、それ」
「俺が法律だからな」
そうですか、簡素に微笑んだ個人医は徐にテレビをつける。器用にチャンネルを操って、目的らしいチャンネルを機に彼の手が止まった。
「私の知り合いが、今空き巣協会の生配信をしているんですよ。一緒にウォチパしましょう」
「…なるほどな、いい度胸だぜ」
「あは、ふふふ。」
「俺が無線繋いでバラしたらどうする?」
「そんな面白げのないこと、あなたがしますか?」
ソファにどさりと座り直したつぼ浦の隣に丁寧に腰掛けたぐち逸は、スンスンと鼻を鳴らした後、眉を歪めてから手を差し出した。
「ほら、傷見せてください。見てる間に治療しますから。」
「俺らも国家の犬だけど、お前はマジモンの犬だな」
「褒め言葉なら歓迎しますけど、馬鹿にしているなら荒治療になります」
「…褒めてるぜ」
「褒めてないですよね?」
アロハシャツに隠れた銃痕、切り傷、うち手首の、不自然な傷。出血が放置されてできた血の塊。慣れた手つきでテキパキと、ぐち逸は治療を進める。馬鹿げた空き巣を笑いながら、痛みからか、それともなんなのか…つぼ浦は熱くなる目頭を瞬きしてなんとか誤魔化した。
「…別に貴方は悪い人じゃないですよ。対応は確かに丁寧と言えた物ではないですけど」
「なぐさめはいらねぇ。でも、ありがとうな。受け取っておくぜ」
「不服かもですけど、貴方と私は似たもの同士ですから。なんで今日ここに来たがったのか、…私に会いにきたのか。私は少なくとも理解はできているつもりです」
「自分が面白いやつだっていう自覚があるってことか。そういう精神嫌いじゃねえぜ」
「…医者としては、自分で自分を痛めつける行為はいただけません。貴方も、そう思っているんでしょう?叱られに来た。違いますか」
「癪だな」
隠していた怪我を、こうやって暴かれるのも、べったりではなく一歩引いたまま…でも、手を離さないでいてくれるような…、そんな寄り添い方をされるのは初めてだった。不服にも、確かに一番理解してもらえている、とかんじてしまう。
「優しいくせに、違うフリをする。貴方は何をされても許すから、相手はそれを当たり前だと誤解する。悪循環ですね。」
「いや、違うぜ。俺が」
「変なはぐらかし方をされて、あからさまな突き放しをくらっても、ですか」
「もともとは」
「わがままをいうことが子供、という考え方なのであれば、貴方は今すぐにその考えを改めるべきです」
「そうかよ。でも、俺の言い分も聞いてくれ。あいつらは悪くないんだ」
「どどめをさしたのは?」
「……」
「別に四六時中優しくなくったって、一部の人が貴方のことを認めてくれるならそれでいい。そう思いません?」
「…頭いい奴は嫌いだ」
「バカのふりしてる貴方も、随分ですけどね」
「道路交通法違反と、特殊指名手配かけるぜ」
「ふふふ」
「あぁーあ。ボコボコにされるつもりできたってのに。ちくしょう、やられたぜ」
「埒があきませんでした?」
「全くだ」
はあ、とため息を吐いたつぼ浦はテレビを眺める。テレビに映っている白い犯人と、見知った警察官たち。苦しい言い訳を吐く犯人に、無邪気に笑い、無線に声を入れているぐち逸を眺めて、少し目元が緩んだ。
「お前にとっての“一部の人”って、こいつらか?」
「ええ、まあ。…少し会ってみます?貴方とはまた違うベクトルで破天荒な方々ですよ」
「お試しギャングってやつか?」
「なんですかそれ。今初めて聞きましたよ」
「…乗ったぜ。」
「汚職にならないなら、あなたの気が済むまで」
視点青
調子に乗りすぎていた。…多分そうだ。どんな酷い罵倒も否定しないし、冷たい扱いをしても二つ返事で許してくれる。そういうあいつの雰囲気に、悪い意味で絆されていた。あいつならいいや、と思ってしまっていたんだ。
あの日から一週間。彼の出勤を知らせる無線の挨拶もなければ、街中でその姿を見る人さえいない。かれのジャグラーを見ることはあっても、大抵違う人が乗り回している。
そろそろ、皆この長期休暇がただの休暇ではないことに、勘付き出している。しかし、誰もその話題を口にしない。やましい部分があるからか。それとも、なんとも思っていないからなのか。定かではないが、湧き上がる動揺が、少なくとも青井の仕事に支障をきたしているのは事実だった。彼がいない警察署はたしかに、どこか静かで寂しい。鬱陶しくも思った彼の事件対応も、どこか気分転換になっていたのだと気付かされる。
「青井、銀行対応行ってきます」
重い体に鞭打って、憂鬱な業務に向かう。チェイス中でさえ、どこかにあいつがふらついていないか、と目が泳ぐほどだ。…そろそろ、自分は休むべきだときがつく。
ふらついた頭が、コンマ数秒のち、コンクリートに叩きつけられた。ヘルメットが遠くに転がっていくのがわかる。冷たい地面に体を預けて、そのまま動けなくなった。だから、咄嗟に押した通知のボタンを、二分の一で間違えてしまったのは許してほしい。
「…大丈夫ですか」
救急隊ではない、誰かの声。ああ、申し訳ないことをしてしまった。謝罪は掠れて空気に消える。聞こえていないように、知らない医者は珍しいバイクに跨って、体を運んでいく。着いた場所は知らない路地裏で、車通りはない。
「挫傷ですね。…しばらくは安静に」
テキパキと仕事を済ませて立ち去ろうとする彼の輪郭が、どこか、何か重なったのだろうか。それとも、藁にもすがる思いだったのだろうか。警察署員の前では絶対に口に出せない言葉を、吐いてしまった。
「すみません、つぼ浦匠っていう警察官、見てませんか?」
「…ああ、お知り合いですか」
がってん、と言った様子で振り返った医者は、色白の肌に太陽光をいっぱいに反射させて、少し嬉しげに微笑む。意図を掴みきれず、困惑するものの、知り合いなら話が早い。青井は若干詰め寄る形で彼に問いかけていた。
「あいつを知ってるんですか?いま、どこに?何をしていますか?」
「はい、知ってますよ。多分今友人と一緒にいますね」
「…すみませんが、お名前は?」
「あ、ネームタグ出てませんでしたね。空架ぐち逸、らしいです。初めまして。貴方は?」
「青井らだお。この町の警察署で、特殊刑事課の対応課をやってます。」
「ふふふ、そうなんですね。」
着いた場所はサバゲー会場だった。聞くに、個人医通知が出たため途中で抜けて対応してくれたらしい。あと少しでキリがつくというので、扉の前で待機となった。
「空架さんはつぼ浦とどこで知り合ったんですか?」
「彼をたまたま治療して、絡まれたのが始まりですね。職も何もかも違いますけど、立場が似ていたので、…なんというか、成り行きで仲良くなったんです。」
「立場…?」
「“厄介者”で有名人ですから」
愉快そうに微笑んだ彼の、幼い少年のような顔には、何一つ嫌な気持ちは見えなかった。ただ、同胞を喜ぶような。そしてそうやって呼び喚く周囲を楽観的に見つめるような。空架は癖のように、肩のウサギを撫でた。
「そう言えば、青井刑事はなぜつぼ浦さんに?大切なご用事ですか?」
「…最近顔を見ていなかったので」
「喜ぶと思いますよ。なんだかんだ寂しがりですから」
「っぁ、ああ、そうですよね」
「………そろそろ帰ってくると思います。」
ストン、と足音が響く。一斉に増えた人数に一瞬戸惑うも、目当ての人物が楽しそうに感想を呟いてるのを見て安心する。ほっと、息を吐いてぼーっとしていれば、隣にいた空架が集団のうちの一人に駆け寄っていく。
「レダーさん。」
同じく、肩にウサギを乗っけている大柄な男。他のメンバーも同じ服に同じうさぎを乗せていることから、巷で噂のギャングだとわかった。彼は専属の個人医なのだろうか。でも、警察の記録には868の専属医師に彼の名はなかったはずだ。
要件を終えたのか、空架はレダーから離れる。そして、談笑しているつぼ浦を引き剥がして、こちらへ連れてきた。
「ぁ、アオセン…」
「つぼ浦、久しぶり。」
「…しばらく私もゲームに参加してくるので、どうぞごゆっくり」
「お、ぐち逸入る?容赦なく打つからなー」
「ぐっさん、やっぱりこっち側ですやん」
ぱっと消えていった彼らの雑踏の余韻か、耳には微かなざわめきが残っていて、そのせいか少し深呼吸する。何を伝えたらいいのか、どうするべきか、まだ中途半端なままで、後ろ髪を引く不安が募るばかり。
「つぼ浦、ごめん。」
「なんでアオセンが謝るんすか」
「いや、甘えすぎてたから」
「勝手に休んで迷惑かけてたのは俺です。今日も事件はあったんすよね」
「そういうことじゃなくて、」
「いつも迷惑かけてすみません。今もっすけど」
「…俺、帰りたくないわ」
「は?アオセン?」
「警察署、俺まだ帰れない。お前も帰したくない」
「用済みってか。薄情モノっすね、アオセン」
「違う。お前を傷つける環境ができちゃったこと、それを黙認する空気があること、それについ最近まで気がつけなかった俺も、…全部が嫌だから」
「自業自得ってやつっすよ。俺みたいな奴はこれで十分です」
「そうやって、酷いことにも妥協する姿勢をさせるようになっちゃたことも、嫌」
「埒があかねぇぜ」
「お前の優しさにつけ込んで、理解せず勝手に“暴力の例外”を作って…最低」
「アオセンは悪くないです」
つぼ浦は考えるように自分の足元を見下ろした。いつものアロハシャツは着ておらず、体験時のような暗い色の衣服を纏っている。紺色の中に潜む暗い赤と緑、アンダーシャツは鮮やかな山吹色。長ズボンにスニーカーを履いて、サングラスではなくメガネをつけている。
「れだーよーじろー?って奴と、おとなりってやつと、けいん、って奴ら、他にもいっぱい…あと、ぐち逸がここしばらく面倒見てくれてました」
「そう。楽しかった?」
「まあ、はい。ぐち逸は妙に偉そうに年上ぶってくるし、れだーよーじろーは徐に暴力振るってくるし、おとなりは空き巣教会とか言って変な格好で出掛けてくし、けいんは頻繁にファンが詰まるし…変な奴らっすね。変に馴れ馴れしいのが癪だぜ」
はにかむように鼻で笑ったつぼ浦を見つめて、青井は少し心の内側にあったモヤが晴れていくような気がした。ヘルメットが吹っ飛んだまま回収できていないせいで、表情が見えていたのだろう。つぼ浦は不思議そうに青井の顔を見つめた。そして迷うように唇をぱくぱくさせてから呟く。
「ぐち逸が言ってたんすよ。一部の人が自分を認めてくれるならそれでいいって。その人たちがいるなら、別にずっと優しくいる必要はないって」
大窓の青空を見つめていた揺らぐ瞳が、青井の瞳を捉えて止まる。ぎゅ、と詰まった呼吸が聞こえる。思わず押し黙った青井の正面につぼ浦は向き直り、決心したように口を開く。
「一部になってください、アオセン。俺を、認めてください」
震える片手が目の前に伸ばされる。唇を噛み締めて眉を歪める、苦しそうな顔がどんどん俯いていく。無意識に伸びた右手が彼の手のひらをぎゅっと握り返す。ハッとこちらを見上げた顔が、みるみる歪んで嗚咽を吐き出す。きゅっと細められた瞳から溢れる涙が、柄じゃないと思った。
いつもと全く違う格好のつぼ浦。咎められた全てを削ったような格好。柄が悪いサングラスはメガネに。ピアスは付いていないし、明るい色をしたインナーを、包み隠すように着られた暗い色のシャツ。だらしないと言われたサンダルはスニーカーになって、少年を思わす短パンもいかつい刺青もなく、長ズボンがその両足を覆っている。しかし、それでも捨てきれないというように、羽織っているシャツには暗くも鮮やかな色をした柄が入っている。わかって、見ないふりをした。それさえ押しのける覚悟と確信、決断が、青井を完全に自由にした。
「認める。認めてる。だから、もう、何も我慢しないで。俺はお前の対応課だよ、なんでもしたげるから、なんでもしていいから、帰ってきて」
「ぐち逸、ありがとうな!れだーよーじろーも、おとなりも、けいんも」
「俺らはついでってか」
「悪いことはしないよーになあ!」
「はいはい」
「気が向いたらなー!」
サバゲーから帰ってきた彼らにわかれとお礼をして、会場を後にする。いつものようにぶらぶら歩くつぼ浦は楽しそうに歌い出した。聞けば、ぐち逸から教えてもらったと言う。あんな冷静そうな人が、こんなふざけた歌を歌っているのもおかしいが、何より気を許せる人と共に何かを決断したのだと思うと嬉しかった。
「じゃあ、砂浜でchillするか」
「まだ俺出勤してないんで、サボりで怒られるのはアオセンだけっすよ」
「ちくしょうやられたぜ」
視点レ
「お前、甘えるようになったよな」
「気のせいですよ。私はいつだっていつも通りですから」
「うさぎもつけてくれるようになったやんね」
「もらったものをありがたく使っているだけですよ」
「笑ってる回数が増えましたね」
「気のせいですよ」
むすっと眉を歪めて顔をそらしたぐち逸の腕を引き寄せて、肩を組む。不満げに睨む薄い色の瞳に笑いが込み上げて、レダーは思わず柄にもなく爆笑してしまった。
「認めてくれる一部、ねぇ?そんなにぐち逸は嬉しかったの?」
「はあ、つぼ浦さんですね。何を聞いたんです?」
「別にぃ…?でも、お前が俺らを“認めてくれる一部”と置いていて、それで他のことはほったらかしでいい、って思ってる…みたいなことは聞いたよ。サバゲーしてる時、お前が青井ってやつを連れてくる前に。」
「…わかっていらっしゃらないかもしれないですけど、私はあなた方が思っている以上にあなた方に懐いていますよ」
「ふーん?それはなんで?」
「こう言った駆け引きは好みじゃないので、もう何もお話ししません」
「え⁉︎嘘ですやん、ぐっさん!」
「音鳴さん、急に会話に入っていきますね」
「そう言うケインもやんか」
救出した警官に発砲されて、挙句そのダウンした体は名も知らない新興ギャングに集団リンチに遭い、挙句どこかの倉庫に詰められたまま放置された、今思えば散々で、冗談みたいな日だった。
でも、連日の暴言と暴力によって浪費された精神にはひどくガタが来ていたのだ。浅くはいた呼吸を最後に、全てを投げ出したくなった。
その時、突如響いた無線の音。珍しく大型直後なのにメンバー全員生き残っていて、不思議だった。ダウンした人が連打する音も、誰かが攻撃を受けていると言う報告も聞こえないのに、なぜだかひどく騒がしい。
名前を呼ばれていることに気がついたのは、5分か少し経ってからだった。逡巡する指先はついに一度だけボタンを押して、それきり何の気力も無くなってしまった。このまま、消えてしまえばいい。そうすれば彼らに迷惑をかけることもなければ、自分の正義で誰かを不快にさせることもない。
脱力した体温がコンクリートと同化していく。その冷えた指先を、誰かの熱い手のひらが掴んだ。
抱き上げてくれたレダーと、目があったような気がした。歪んだ眉毛を見て、そのうねる黒髪を見て、寄り添う体温を感じて、…ああ、まだ生きていたいと思った。そこで、自分が今生きることを放棄しかけていたことに気がついたのだ。
なんでこの場所がわかったのか、とか、なんでそこまで気にかけてくれるのか、とか、聞きたいことはいろいろあったけれど、ここにいられればそれでいいと思ったのだ。
「かわいいねぇ、ぐち逸」
「何ですかその言い方。」
「あ、俺空き巣行ってくる」
「ウォチパしますね」
「怪我したら向かいます」
「あ、お前も見るんだ」
「当たり前です。見るだけで得ですから」
「いや、意味わからんっすぐっさん」
生きるための後ろ盾。ふらつく足で帰る場所。両手を広げて待っていてくれる、そんな誰かが、そんな人々が、ただ、嬉しい。認めてくれる彼らのおかげで、今日も不安定ながら確実な足取りで進んでいける。
「ありがとうございます、皆さん」
おしまい。
個人で楽しむために書いていたものを、ちょっとずつこちらの方で公開していこうかなと思っています。
R表現を含むものは今後、フォロワー限定で公開する予定です。
良い年末をお過ごしください!