コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
1.世界は時に
「誰か!救急車を呼べ!」
「あ…あ、俺…捕まる…のか?」
「見ちゃダメよ、ほら、行くわよ」
「なに?事故??最近物騒なこと増えたね〜」
目の前で倒れる恋人は頭から血を流していた。
かすかに開いている目は閉じたり開いたりを繰り返していた。
1度閉じた目が開かなくなった時、完全に足に力が抜けた。
周りの騒音を描き消すくらいの衝撃に俺は慣れていなかったらしい。
「なぁ、凛。ここの式って意味わからん。」
「これ。教科書に解説乗ってんだろ。」
「俺のとやり方が合わねぇんだよ!」
「帰り、アイス奢りな。ここは…」
「あー、なるほど。ありがと、凛!」
「ん…り…ん…んちゃ…凛ちゃんッ!」
「…は?」
ボヤけていた視界が、はっきりとすると目の前には蜂楽廻の姿があった。
「なんで…」
「なんでって凛ちゃんが電話くれたんでしょ?」
「そうだ。潔は…?」
「分からない。今運ばれたところ。不安になるのも無理はないけどぼーっとしすぎだよ?」
蜂楽は俺の肩から手を外すとゆっくりと横に座った。
「大丈夫だよ、潔はそんな簡単にいなくならないよ。ほら、肩の力を抜きなよ。」
吐きそうなほどに気持ち悪い。
蜂楽の冷静さに腹が立って仕方がない。
違うな。
何もできなかった自分が憎いんだ。
「良かった…無事で。凛くん、怪我はない?」
「え、あ…はい。」
(自分の息子が彼氏とデート中に事故にあってんだぞ…なんで俺の心配なんか。)
「あの…ごめんなさい。守れなかったことも何もできなかったことも…助けてあげられなくて…ごめんな、」
「謝らないでくれ。世一と君が無事だっただけでいい。本当に良かったと思ってるんだ。」
顔を上げて潔の両親を交互に見た。
穏やかな顔で俺を見つめている。
その視線が今はものすごく痛い。
「今日も来てくれたの!?毎日なんて来なくていいのに。でもよっちゃんも喜んでるかしらね。」
俺が持ってきた花を「ありがとう」と受け取ると横の机に置いていた花瓶を手に病室を出て行った。
2人きりの病室でさっきまで母親が座っていた椅子の前まで行くと潔の手を握った。
その時微かに俺の手を握り返した気がした。
「潔…!?」
事故でこの病院に運ばれて2週間が経つ。
仕事の合間を縫っては会いにきていた俺の恋人の目がゆっくりと開いた。
「待て…今、先生をッ」
潔の横のナースコールを押すとすぐに看護師が駆けつけてきた。
潔の顔を見て状況を察すると看護師は医者とともに戻ってきた。
「潔世一さんのご両親は…」
「あ、はい!僕たちです。」
「ちょっとだけ行ってくるわね。」
「はい。」
待合室で1人、床を眺めていた。
5.10分くらいだろうか。2人が診察室から出てきた。
そして父親が俺の目を見ると強くはっきりとこう言った。
「世一は事故の後遺症で記憶障害に…なったらしい。まだ誰の何の記憶が忘れているか分からない。僕たちかもしれないし…もしかしたら」
「俺かも…しれない。」
バツが悪そうに2人が頷いた。
世界は時に残酷すぎることがある。
「あ、凛ちゃん!」
「母さん、父さん!と、…凛ちゃん?」
「ちゃん付なんかお前…もしかして…」
「この人だ。この人の記憶がない気がする。」
潔は真っ直ぐに俺の目を見てそう言った。
もう言い逃れはできないんだ。