「――警察の事情聴取、克巳さんは終わったの?」
ベッドのそばにある椅子に腰かけ、ぼんやりと考え事をしていた俺に、唐突に投げられる質問。俯いていた顔をあげ、稜に向き合うようにしっかりと座り直した。
「ああ……大したことは聞かれなかったけどね」
男と揉み合ったときに怪我をしたので被害者扱いとなり、三回ほど警察署に顔を出して、昨日終えたばかりだった。
「俺もここで、事情を聞かれたんだけど。ひとつだけ腑に落ちないことがあって」
「何だろうか?」
「……俺の持ち物さ、一個だけなくなってるんだ。克巳さんそれの行方、知ってるだろ?」
稜の言葉に息を飲み、すっと視線を伏せるしかない。
「あのバタバタした状況で、俺の物を持ち出せるのはアナタだけだ。アレをどこにやったのさ?」
直視するようにじっと見つめられ、それが自分を責めているように感じて切なくなった。俺としては、彼のためにやったこと。勝手な行動だけど。
「君が治療中に売店で雑誌を買って、それに包んで捨てたよ。だってもう、必要のない物だろ」
「そんなの、見つかっても良かったのに。そしたらリコちゃんと同じ、犯罪者になれたのにさ」
「稜っ、何を言ってるんだ!?」
あの現場で傷つき、横たわる彼のポケットからスタンガンを見つけたときに、すべてを悟ってしまった。きっとこれで、理子さんを襲うつもりだったんだろうって。
『先日、この場所で芸能人でモデルの葩御 稜さんが、暴漢に襲われました。縺れまくった男女関係を、ここで整理してみましょう』
俺たちの話を遮るように、芝居がかった口調でテレビが情報を流す。これを見てまた君が、もっと傷ついていくんだ。
辛い内容を聞いてはいられないので、叩くようにテレビの電源を切り、稜の躰をぎゅっと抱きしめてしまった。
「こんなふうに報道される俺みたいな人間、死んじゃえばよかったのに。どうして助けたのさ、克巳さん」
「俺は……どうしても、君に死んでほしくなかった。稜が生きて、辛い思いをすることはわかってはいたけどそれでも俺が君を、ずっと支えていこうって決めたから。それで――」
以前よりも細くなった躰を、これでもかと抱きしめてやる。彼が生きてる証拠の温もりが、自分の躰にじわりと伝わってきた。
「それこそ自分勝手だね。克巳さんの独占欲を振りかざしても、俺は手に入らないよ」
「わかってる、それでもいい。君の傍にいられるのなら」
「大概にしてよ。毎日こうやって顔を付き合わせる、俺の気持ちを考えてほしい……毎日、こうやって?」
稜は俺の躰をみじろぎして押し返し、じっと顔を見つめる。さっきまで死んだ魚のような目をしていたのに、何かを思いついたのか、瞳が震えるように動いた。
「克巳さんアナタ、仕事はどうしたんだ? かすり傷程度で一週間も休みをとるなんて、実際おかしいだろ」
刺すような視線が辛くなり、思わず下を向く。真実を知ったら君は、自分を責めるのが目に見えるから。
「……上から自宅謹慎を命じられた。今、勤めている本店からどこか遠くに、出向させるらしい。どこに飛ばされるか決まるまで、ずっと休みなんだ」
俺の言葉に、ひゅっと喉を鳴らし、息を止めた稜。やがて――
「克巳さん、じゃんけんしよう!」
妙に明るい声で告げられた、この場にそぐわないセリフに、俺は首を傾げた。
「ほらほら、そんなアホ面しないで♪ じゃんけんぽんっ!」
言われるままに勢いでグーを出した俺に対し、稜はパーを出した。負けたと思った瞬間、その手で左頬を強く叩かれる。
パーン!!
いい音が病室内に鳴り響いた。叩かれた頬が、痛みでじりじりと熱を持つ。
「どうしてっ……どうして何も、言ってくれないんだよ。今出してるその拳で、俺を殴ってくれって。お願いだから!!」
叩かれた反動で横を向いた俺の顔を、稜は優しく両手で包み込み、瞳を涙で濡らしながら必死に訴えかけた。
「稜――?」
「俺に関わったせいで、克巳さんが不幸になっちゃったじゃないか。思いっきり責めてよ、お願いだから。おまえのせいで全部、滅茶苦茶になったって、たくさん殴り倒してよ」
キレイな顔を歪ませ、ぽろぽろと涙を流し肩を振るわせる。引っ叩かれた俺よりも、君の方が何倍も辛そうだ。
「俺は、君を殴ったりしない。責めたりもしない。愛してるから」
「っ……」
「また笑ってくれるまで、嫌だと言っても傍にいる。これが俺の復讐の仕方だ。君の仕掛けた毒占欲に対抗するために、俺も独占欲を振りかざしてあげるよ」
大輪の華が咲くならば、俺の愛情という名の水を君にあげよう。稜の笑顔が見たいから――
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