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『全部、わすれちゃおっ!』
軽い気持ちでそんな言葉をかけたのが
間違いだった。
「あれー…どこー、」
無気力だけどぽわぽわしててかわいらしい
声が放課後の誰もいない廊下に響いた
「なず、また靴探してるの?」
「あ、そうなの。いつもはこの辺の裏に
あるんだけどなー…」
幼なじみの凪絆は、同クラの1部女子から
いじめを受けている
とは言っても先生にバレないようにほんの
小さな意地悪をしてるだけ…
「あ、なずー!あったよ靴!」
「ほんと?…ありがとうっ!」
その日の帰りは、少し寄り道して帰った
たくさんおはなしをしながら。
「…ねえ、なず」
「んー?」
「あのさ、なずは毎日いじめられてて
悔しかったり辛かったりしないの?」
このとき、なずがいつも付けている
ふんわりとした笑顔の仮面がはずれた
「…そんなわけないよ、」
なずはひとしずくの涙を流して言った
私はなずがこんな風に泣くのをはじめてみた
小さい時からずーっと一緒にいるのに、
生まれて初めてなずの泣き顔を見た
「…もうやだよ、助けて紗來、っ」
「じゃあさ、なずが感じる悔しいことも
辛いこともぜーんぶ、」
『…全部、わすれちゃおっ!』
「…むりだよ、」
なずは震えた声でそう言った
私は、なずが嫌なことなんて「全部」
忘れちゃえばいいと思ってた。
ずっと。その2日後までは
2日後、なずが交通事故にあったと
1本の電話があった
私はすぐになずがいる病室に向かった
「なず…」
ノックをしてゆっくり病室に入った
なずは不思議そうな顔をしてしばらく
こちらを見ていた
「…こんにちは、えっと、ごめんなさい。
私ねアルツハイマーっていう病気らしくて」
私は、呆然とした。
私が呆然と立っているのを気にせずに
なずは自分がアルツハイマーという
病気を患ったということ。
誰が自分にとって大切だったか
ほぼ覚えていないこと。
大切なことを忘れないように
ノートに日記をとっていること。
私のことも誰だか忘れちゃった
ということ。
私はただ呆然と立ち尽くすことしか
出来なかった
『全部わすれちゃおう』なんて、
簡単に言うんじゃなかった
失って気づくってこういうことなんだ
と実感した
…実感したくなかった
なずはもう私のことを思い出さないかも
しれない。
日が経つにつれて、笑顔だったなずも
私の記憶から薄れていく。
過去を思い出すのが辛くなる。
こんなことならいっそ最初から
出会いたくなかったと思った。
私が生きる気力もなく食べて寝て起きて
また食べて寝ての生活を繰り返してる時
なずのお母さんから封筒を受け取った。
中には私がなずの誕生日に作ってあげた
おそろいのチャームと手紙が入ってた
紗來へ
勝手なことしてごめんなさい。
正直、もう限界だったんだけど、あの日
寄り添ってくれて嬉しかったよ。ありがとう
でも、やっぱりもう無理だって思って、
近所の歩道橋から飛び降りてみたんだけど
自殺、成功したかな…笑
いつも私が虐められてるのを見て紗來が
悲しそうな顔をするの、見えてたんだけど
また悲しませちゃったかなー…
私、紗來と会えて幸せだったの。
いつもいっしょにいてくれてありがとう。
これからも、体は離れちゃったかもだけどー
心の距離は変わらないからね
なずなより!
なずらしい字でたくさんの字が
添えられていた。
読んでる間に涙で濡らしちゃったけどね…笑
なずは空へ旅立つつもりだったんだろうけど
記憶だけ見送って身体はこっちに取っておいて
くれたのかな
私はあの日、あの時言ったことをまだ後悔
している…けど言葉の大切さを学べた。
言葉ひとつで日常が変わるかもしれない。
言葉ひとつで「私」が変わってしまうかも
しれない。
あ、そこの貴方
言葉は人生で最も大切な宝物なの
だから、自分の言葉には責任をもってね
後悔してからじゃ遅いからさ…笑