テラーノベル
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花に来たんなら、花に従え!堕ちたのなら堕ちた場所で咲けば良い!
この遊郭に来て間もない女が、客を取ろうともせず見世の奥の方でぼうっと立っているを見かけたものだから、我慢ならなくなった。私たちが必死に客を呼び込んでいる間に、あの子は後ろで無駄に高い自尊心を大事に抱え込んで、私たちを軽蔑するみたいに見てる。
ここでは客を多く取れたやつが偉いんだ。それなのに、自分の境遇を認めず、足掻くこともせずただ睨むだけの女が偉ぶるのがおかしいんだ。そのうち、女将さんから説教食らって、そこから折檻部屋に移されて、いつの間にか飢え死んでくれやしないかとみんな口々に言っていた。今そうされていないのは、あの女の顔が少しばかり綺麗だからなんだ。女将はあの子をここ一番のオンナにしようとしてる。でも、このままいけばすぐに女将は怒って、そのうちウジが湧いて死んだあの人達みたいになる。
今夜もあの女は見世の奥で冷めた目をしていて、結局朝まで1人も客なんて寄り付かなかった。
そりゃ、自分たちをその辺に吐き捨てられたタンカスを見るみたいに見るのだから、誰だってそんな奴買おうとはしない。
女将はとうとう顔を真っ赤にして怒っていたけれど、私には関係ない。絶対に教えてなどやるものか。豪に入らば郷に従え。それが出来ぬのなら死ぬがいいわ。
あの女への罰が始まって、手始めと言わんばかりに女の食事は抜かれていた。それが今日、3日目になった。美しかった顔は少しやつれて、綺麗だった手も汚くなったように見えた。
これは、女が仕方なくやる気を出すか、最後までその立派な自尊心を抱えて惨めったらしく死んでいくのか時間の問題かと、私たちの間では話のネタなんて、もっぱらそればかりになった。
館内では女が倒れたと噂が流れた。
遊郭なんて秘匿の多い場所では同士内の不幸話が噂の基本で、その話はあっという間に広まった。
実際、店が開き始めても女は見世にも現れず、まるで女がいなかった時のように後ろから視線を感じることもなく閉館時間を迎えた。
今日は気分が良かったね、いてもいなくてもそんなに変わらないけどやっぱりいない方が良かったんだ、とほかの女たちが口々に話すのを聞いて、アンタも私もアレと同じ様なモンさ、と心の内だけでなじった。
女将に言われて、初めて女の部屋に行った。
まだ少し未練があるらしい女将が、情けをかけて食事と薬を運ばせたのだ。
女の部屋はこの館の一番端に移してあった。客と寝てもいないのに病に伏せて、私たちに迷惑をかけるものだから、女の評判は仲間内ではもう地に着く所ではない。
仕事が出来なくなるような事はあってはならないから、サッと部屋の前に食事を置いてサッサとその場から去った。
後に思えば、あの時の部屋はやけに静かなものだったと思う。
女が死んだ。
女は最後まで、お前たちとは違うぞと言外に語っていた。
周りのヤツらはみんな揃って、女の死骸に唾を吐いていった。
綺麗だった女の顔は飯を食ってなかった分だけ痩せこけて、髪は私たちに似てパサついていたし、紅なんて塗っていなかった唇はカサついていた。アンタなら売れるだけのアレコレが備わっていたんだから、案外あっさり借金なんて返して元の生活に帰れたのかもしれないのに。
そう思うと笑いが込み上げて、堪えきれなくなると死骸の部屋の前で大口開けて笑ってやった。
死んだ女はどこかに捨てられる。捨てられるまで私が何度でも逢いに来てやろう。そして、またこうやって笑ってやる。
女の死骸が処分される事になった。
私が変に通っていたおかげで、女の死骸はそこに長く置いてあった。そのおかげか、部屋から運び出した時、死骸から出た汁の跡がそこに残って女の形をしていた。それがなんだか、女がここに一生縛り付けられたみたいで、それもまた気分が良かった。
女の死骸が部屋から移された時、それまで見えていた境界線がなくなったように思えて、私は初めて女の手に触れた。
思っていたよりも、ずっと小さな手をしていた。
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