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声が届くなら(番外編・はじめての笑い)
「……ニキ、ちょっと外出るか」
ボビーが軽く言う。
「……どこ」
「その辺。散歩や」
「ざっくりすぎ」
小さく返すけど、ちゃんと立ち上がる。
少し前なら、こういうのも怖かった。
でも今は。
隣にボビーがいるなら、出れる。
外の空気は、少しだけ冷たい。
「寒ない?」
「別に」
「強がんなや」
「強がってねぇし」
そんなやりとりをしながら、ゆっくり歩く。
特に目的もない。
ただ隣にいるだけ。
それだけの時間。
「なあニキ」
「ん?」
「今日の俺、めっちゃおもろいで」
「は?」
急に何言い出すんだこいつ、みたいな顔になる。
「見とけよ」
そう言って、急に歩き方を変える。
やたら大げさなモデル歩きみたいなやつ。
「……なにそれ」
「ランウェイや」
「どこのだよ」
思わずツッコむ。
「2026春夏コレクションや」
「ダサすぎるだろ」
即答。
ボビーは全然気にしてない。
むしろノってる。
「ほら次いくで」
今度は急に立ち止まって、
「はい、ここで一回振り返ります」
って自分で解説しながらターンする。
「いらねぇ説明」
「これが大事なんやって」
「どこがだよ」
少しだけ口元が緩む。
でも、まだ笑うほどじゃない。
「……ニキ」
「ん?」
「今のちょっとおもろかったやろ」
「いや別に」
即否定。
でも。
「顔緩んでるで」
「緩んでねぇし」
すぐ逸らす。
バレたくない。
でも。
ちょっとだけ、面白いって思ったのは事実で。
「ほな次これや」
まだ続くらしい。
「もういいって」
「ええから見とけ」
そう言って、急に真顔になる。
そして――
めちゃくちゃ小声で。
「……おにぎり」
「は?」
「……おにぎり」
「なんだよ」
「……具は?」
「知らねぇよ」
一瞬の間。
「……梅」
「普通すぎるだろ」
思わずツッコむ。
そのやり取りが、なんか変で。
じわっとくる。
「いやそこはツナマヨやろ!」
「知らねぇよおにぎり論争すんな」
「大事やぞこれ」
「どこがだよ」
もう完全にテンポが変わってる。
軽い。
さっきまでより、ずっと。
「……っ」
一瞬、息が漏れる。
「あ」
ボビーが止まる。
「今、笑ったやろ」
「笑ってねぇ」
すぐ否定する。
でも遅い。
「絶対笑ったやん」
少し嬉しそうな声。
「違うって」
顔を逸らす。
でも。
口元が、完全に隠しきれてない。
「……っ、ふ」
小さく、もう一回。
今度はちゃんと出る。
「ほら!今や!」
「うるせ」
軽く睨む。
でもその目も、さっきより柔らかい。
「やっとやな」
ボビーがぽつりと言う。
「……なにが」
「ちゃんと笑った」
その言葉に、少しだけ動きが止まる。
「……」
自分でも、分かってた。
さっきのは。
無理してない笑いだった。
怖くて崩れたわけでもなくて。
ただ、面白くて。
自然に出たやつ。
「……別に」
小さく言う。
でも。
少しだけ、恥ずかしくて。
「もっとやる?」
ボビーがニヤッとする。
「調子乗んな」
即答。
「でもさっきのはウケたやろ」
「ウケてねぇ」
「ほなもう一回やるわ」
「やめろ」
やり取りが続く。
いつの間にか、少し距離も近くなってる。
「……なあ」
ニキがぽつりと言う。
「ん?」
「さっきのさ」
少しだけ視線を逸らす。
「……ありがと」
小さく。
でもちゃんと聞こえる声。
ボビーは少しだけ黙って。
「なんや急に」
軽く言う。
でも。
「……ええよ別に」
その声は、少しだけ柔らかかった。
また歩き出す。
さっきより、少し軽い足取りで。
ニキは、ふと隣を見る。
ボビーがいる。
それだけで安心するのは、変わらない。
でも。
さっきみたいに。
ちゃんと笑えた。
それが、少し嬉しかった。
「なあニキ」
「ん?」
「次はもっとおもろいのいくで」
「もういいって」
「任せとけ」
「不安しかねぇ」
小さく笑う。
今度は、ちゃんと。
隠さずに。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
ニキの中で。
“怖いだけの外”が、
変わり始めていた。
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