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「わーーん!!!! クレハちゃん!! 俺、どうしよう!! ヤバいことになっちゃったよ!!」
俺は勢いよくクレハに抱きついた。お上がいなくなったことで、張り続けていた虚勢が一気に崩れたのだ。現実逃避したかったのかもしれない。とにかく変なテンションだった。幼い少女に縋り付いて、わざとらしい泣き真似をするくらいに。
「ル、ルーイ様!? さっきからどうなさったんですか」
自分の何倍も大きな体躯の男に纏わり付かれ、クレハは足元をふらつかせた。しかし、只事ではない俺の様子を見て心配そうに背中をさすってくれる。
「……とりあえず、落ち着いて話をして頂けますか。そしてクレハから離れろ」
レオンが低い声で凄んできた。お上から解放されてすっかり元通りだ。けれど、俺がクレハに抱き付いているのが相当気に入らないようだ。言葉使いまで乱れてやがる。バチバチと乾いた音が鳴り響き、青白い光が俺の髪の毛を掠めた。これは雷の魔法か……。神に向かって威嚇行為をするとはな……最初の礼儀正しく落ち着いた態度はどこに行ったんだよ。
「待て待て、今の俺にそんな高火力の魔法ぶつけるなよ。死んじまうからな」
レオンはハッとしたように目を見開くと、慌てて力の暴走を抑える。電撃を放っていたのは無意識だったようだ。
「申し訳ありません。頭に血がのぼってしまい……無礼をお許し下さい」
「俺とクレハのじゃれ合い程度にいちいちキレてたら身が持たんと思うぞ? もうちっと余裕を持ちな、婚約者殿」
わざと見せつけるようにクレハを抱きかかえ、頭をわしゃわしゃと撫でてみた。クレハは痛い痛いと唸っている。今度は電撃こそ出さなかったが、レオンは眉間に深くシワを寄せ、俺を睨み付ける。おーおー、怒ってる怒ってる。こいつ面白いな。
「すまん。ちょっとおふざけが過ぎたな。愛されてんねぇ……クレハ」
懐にいるクレハに茶化して言ってやると、顔を真っ赤にして俯いた。俺なりに突然婚約が決まったコイツの心情を気にかけていたんだが……どうやら要らん心配だったな。
「そんな事よりルーイ様! 何があったのか教えて下さい」
照れ隠しのためか、強い口調でクレハは俺に詰め寄った。俺も幾分冷静になったことだし、こいつらに事情を説明することにしよう。もちろん全てを話す事はできないのだけれど……
「……そんなこんなで、勝手に外に出た上に色々やったのが上司にバレてな。それでこの有様よ」
ふたりが用意してくれたお茶を飲みながら、事の経緯を説明した。レオンは自身がお上に操られていたのだと知ると、体のあちこちをぺたぺたと触り、異変が無いか確認し出した。お上は俺と話をするために体を使っただけだから、心配するなと伝えてやる。乗り移られていた時間も短かかったし、大丈夫だろう。
「では、今のルーイ様は私達人間と同じになってしまったということですか?」
「魔法の類いが一切使えないからな。ぶっちゃけ、お前達よりか弱いぞ」
「しかし、ルーイ先生からは以前と同様に強い力の気配を感じます。能力そのものを失ったというわけではないのですね」
「レオンはそういうのも分かるんですね……」
「えっ、あぁ……何となくだけどね」
こいつ……クレハにピアスの事を悟られたくなくて誤魔化しやがったな。何となくどころか……レオンの魔力感知の精度はかなりのものだ。偶然が重なったとはいえ、俺の居場所を特定できるほどなのだから。今それをあえて指摘することはしないけれど。
右手首に絡み付いている鎖を、ふたりの目の前にかざす。チャリッと小さく鎖が擦れる音が鳴った。
「ほら、このダッサい鎖……これ見てみ。上司からの置き土産だよ。コイツのせいで俺は力を封じられてる。いやらしい事に、鎖自体は何の変哲もない唯の鉄だ。壊す方法はいくらでもあるだろう。ただ、これにはお上の術がかけてあってな。鎖を壊したり、俺が力を使った事を感知すると、それは恐ろしい罰が下るんだと」
「恐ろしい罰……ですか」
「少なくとも1000年の幽閉以上のもんを覚悟しないといけない。最悪消されるかもな……あの人そういうとこドライだから」
「そんな……」
お茶と共に出されたフルーツタルトを一口頬張る。うまい……うまいが、今はとてもはしゃぐ気にはなれなかった。
「大人しく言う通りにするしかないな。お前達人間に100年は長いだろうが、俺にしたら大したもんじゃない。長めの休暇みたいなもんだ。さっきはいきなりの事で取り乱したが、こんな機会2度とないからな。異文化交流よろしく人間ライフを満喫してやろうじゃねーか」
どうってことないと笑ってやると、クレハはいくらか安心したようで表情が和らいでいく。
「とは言っても、力が使えないルーイ様は何もできないただのイケメンだからな。この先の生活どうしていくかなぁ」
「うちの家に来て頂きたいですが、ルーイ様の事をみんなにどう説明したら良いのでしょう」
「なぁレオン、どうにかなんねぇ? 王子の権力で」
「レオン……ルーイ様がかわいそうです。何か良い方法は無いのでしょうか」
「そうだよ。俺かわいそうだよ」
俺とクレハは揃ってレオンに視線を向けた。同じ動きをする俺達を見て、レオンは困ったように笑う。
「俺も周囲に詮索されないで出来る事は限られます。住む場所を用意すること自体は容易いですが、不慣れな先生をフォローする人間も必要ですし、それには先生の正体を隠したままだと厳しいかと……」
出鼻から挫かれる。俺の人間ライフは前途多難だな。事情を説明したとしても、はいそうですかと信じる奴はいないだろう。まいったな……
「もう1人……先生の事を打ち明けても良いということであれば、この問題を全て解決できるのですが」
「マジで!?」
レオンいわく、それは自身の直属の部下にあたる人間で俺の事情を酌むことができ、料理も上手くそして強いのだそうだ。そいつの協力を得られれば、住む場所の心配も無くなると……完璧じゃないか。
「いいよ。こちらが世話になるわけだからな、当然だ」
「あの……レオン、それってもしかして……」
「今、王宮で待機している。丁度良かったな」
やっぱりとクレハは呟く。こいつもその人物に心当たりがあるようだ。クレハも知っていて、レオンの紹介なら信用できる人間で間違いないだろう。
不安な気持ちはあるが現状に早く慣れることだな。くよくよしていても仕方がない。手始めに、これからレオンが紹介してくれるらしい協力者と上手くやっていけるよう頑張ってみるか。