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ユウラによる二度の魔法により、魔騎兵は一挙に四〇〇騎以上を喪失した。
砦を包囲していた戦力は、総勢一九五二名。それが数分の間に一五三二人に減少した。だが数値以上に魔人軍は打撃を被っていた。
それというのも魔獣であるゴルドルは、一頭で並の兵、数人分に匹敵する戦力なのだ。実数の倍以上の働きをする魔騎兵が四〇〇以上失われたのは、ベルゼ連隊にとってもより大きなダメージとなる。
さらに指揮官であるベルゼの喪失。最上級指揮官が指揮を取れない状況が、この後に起こる事態をさらなる混迷へと誘(いざな)う。
砦の裏側より離脱した北方部隊の一部、およそ八〇名の魔人兵らが、砦の東側に展開する部隊へ全速力で突進、攻撃を開始した。
突如、蛮声を上げながら武器を振りあげ、友軍であるはずの魔人兵へと襲い掛かる。
矢面に立ったのは東方大隊の右翼に配置していた第二中隊だ。彼らは殺到する味方兵が何故襲い掛かってくるか理解できない。
「やめろ! 俺たちは味方だっ!」
兵を束ねるトカゲ頭の小隊長が静止を試みるが、押し寄せる北方部隊の勢いは止まらず、まともにその第一撃を喰らう羽目になった。
投擲用の小槍が飛来する。それらは魔人兵の身体に突き刺さり、避けた兵らも隊列を乱された。軽歩兵の名にそぐわぬ加速で急接近する北方部隊兵は小盾を構え、手斧を振り上げ、乱れた第二中隊の隊列の中に侵食、次々に斬りつけていった。
東方部隊の右翼隊は、ろくに抵抗できぬまま――そして何故攻撃されているのかわからないまま蹴散らされた。
東方部隊の大隊本部は、敵の姿が確認できないが、何故か同士討ちを始めた味方兵への対応に忙殺されることになる。
残った部隊は、血迷った友軍部隊の対処のために方向転換を余儀なくされたのだ。
同じ頃、正反対に位置する第二大隊(西方包囲部隊)でも異変が起きた。左翼側、つまり北方部隊のいる方向から、突然弓を射掛けられたのだ。
飛来した矢が兵らに突き刺さり、残る兵はすぐさま小型盾を掲げつつ、戦闘態勢へと移っていった。だが――
「報告! 敵は我が軍の兵に偽装! 第三大隊が壊滅、敵は第一大隊を攻撃しつつあり!」
大隊長へもたらされたそれに、本部要員はどよめいた。
「我が軍に偽装、だと!?」
西方部隊指揮官は耳を疑った。敵は砦の中ではないのか?
「大隊長!」と副官が声を上げた。
砦でも戦端が開いたか、巨大な爆発が起きていた。一瞬、砦の中か外か、どちらに対応すべきか迷ったが、それも刹那だった。
「一個中隊は砦に突入。残りの中隊で味方に偽装した姑息な人間野郎どもを殲滅する!」
現在、攻撃を受けている外側の敵に二個中隊を投じる。降りかかる火の粉をまず払うのだ。野戦なら、人間の歩兵など容易く撃退できる、という自負も働く。
大隊長の命令を受け、一個中隊が砦城壁に梯子をかけ、突入を図った。残る部隊は壁に沿って北――砦の裏側へと駆けた。
弓を放っていた敵兵が逃れる。それらは一目散に駆けた先には北方部隊――いや、友軍に偽装している敵部隊の姿。それらは砦方面に向かって伏せていた。
先陣を行く部隊長は吠えた。
「突撃いいっ!」
『うぉおおおぉっ!!!』
魔人兵らは猛り狂い、その部隊へと斬り込んだ。部隊長の駆るゴルドルに続き、魔人歩兵がなだれ込む。たまらず『敵』部隊はその半分を一気に叩き潰された。
「血迷ったかっ!? 我らは味方だぞっ!」
魔人兵に化けている敵兵が、白々しく静止を呼びかけた。その顔には覚えがある気がした。だが闇夜のこと、見間違い、気のせいかもしれない。
そもそも伝令の報告によれば、『第三大隊は壊滅した』はずなのだ。つまり味方がいるはずがない。ここにいるのは敵兵が化けているのだ。
かくて、砦を包囲する三つの魔人軍歩兵大隊は、砦の外でそれぞれ交戦を開始した。
傍から見れば、それは奇妙な光景だった。三つの部隊が戦っている相手は、同じ魔人兵なのだから。
・ ・ ・
「なんとまあ」
砦の見張り塔の上から見下ろすユウラの顔は愉悦に満ちていた。
魔人兵が同士討ちする様は、何とも滑稽だった。
夜間という環境。しかし魔人兵の中には夜目が効く者もいる。にも関わらず、同士討ちをやめない。相手が味方の姿をしているとわかっていても攻撃を続けるほかなかったのだ。
「慧太(けいた)くんも、きちんとエグくやってくれたものです」
北方部隊から分離した八〇名。これは慧太とアルフォンソが森に入った敵兵を殺害、取り込み増やした分身体で構成されている。
彼らはシェイプシフターなので、物理攻撃に対しては強靭。自隊の三倍近い魔人兵にも一歩も引かず、むしろ押している。これは襲われている東方部隊が友軍の同士討ちを止めようと本気になれずにいるという意識も影響している。
一方、西方部隊が襲い掛かった北方部隊の二個中隊。これはほぼ魔人兵だ。ほぼ、というのは分身体が紛れ込んでいるためだ。
そして西方部隊。これにも少数の分身体が混じっているが、大部分が魔人兵である。分身体からの先制の投射攻撃を受け、北方部隊を敵と誤認――そう仕向けたのは伝令に化けた分身体による『第三大隊が壊滅』の誤情報が原因だ。
錯綜(さくそう)した状況。各級の指揮官は、自らの置かれた状況から行動を選択するしかなかった。いや、選択すら許されなかったのが東方部隊指揮官と北方部隊指揮官。嘘の情報に踊らされたのが西方部隊指揮官か。
これらを統率すべき総指揮官であるベルゼは、すでにこの場になく、この混沌の状況を立て直せる者もいない。……いや、仮にいたとしても、その者は各部隊に潜んでいる分身体によって、どさくさに紛れて討たれるだろう。
すべては想定どおりに進んでいる。
ユウラが先ほどから笑みが引っ込まないのもそのせいである。……こちらは、まだ何の損害も受けていない。だが魔人軍はその数を減らし続けている。自らの手で。
「楽しそうですね、マスター」
アスモディアが、どこか冷たい響きを感じさせる声を出した。
「盤上の駒を見つめ、すべて思いのまま操れている――これほど楽しいことなど早々ないと思いますよ」
ユウラは、涼しい顔だった。
「しかも自軍に損害がなく、敵にのみダメージがいっている状況など、指揮官にとって最高の状況だと思いますね」
「そうですね」
アスモディアは、考え深げな表情だったが同意した。……確かに、自分がその立場だったら、きっと笑いが止まらなかっただろうと思ったのだ。ユウラと同じように。
「マスター」
シスター服の女魔人は、視線を城壁西側に向けた。
「敵兵が壁を越えて侵入してきました。……小隊、いえ中隊規模かと」
「どうやら敵も少し考えている人がいるみたいですね」
しかしユウラは動じない。
「門からは……さすがに入ってくる敵はいませんね。魔騎兵のほうは、魔法の餌食になるだけだと判断したようです」
「では……」
アスモディアが赤槍をかすかに動かしたが、青髪の魔術師は制止した。
「まだ、様子を見ましょう。砦の番人たちが対処するでしょうし」
梯子を使って城壁へと乗り込んだ魔人兵たち。歩廊を素早く広がり、しかし中庭の惨状に注意が行く。それまで壁と一体化していた階段が姿を現したことに気づかず、その階段を下って中庭へ。
「魔騎兵隊が……」
魔人兵らは絶句する。精強無敵のベルゼ連隊を形成するゴーグラン人や魔獣の遺骸は、それほどまでにショックが大きかったのだ。
だが、彼らが感傷に浸っていられたのはわずかな間だった。
その遺骸の中から、あるいは出入り口を壁に偽装していたモノが、黒き影のように揺らめき、魔獣の姿となって襲い掛かってきたからだ。
ゴルドル――魔騎兵らが駆る魔獣。大柄の虎のような体躯の魔獣は、全身が真っ黒であり、さながら魔獣の死体が動き出したかのような錯覚を魔人兵らに与えた。
ゴルドルを精強な魔獣と知るからこそ、彼らはそれが自らに向けられたことに驚き、そして蹂躙された。シェイプシフターの分身体が、ここでも牙を剥いたのだ。