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ドタドタと騒がしく、壮年の男性が屋敷に駆け込んでくる。
壮年の男性はファデレン・フェアシュヴィンデ公爵。
シャンフレックの父である。
ファデレンは普段から冷静で、あまり表情筋を動かさない男。
しかし、今ばかりは血相を変えて走ってきた。
「シャンフレック!!」
「お久しぶりです、お父様。思っていたよりも早いお帰りで」
アルージエはとりあえず客室に押し込んだ。
彼まで絡んでくると本当に面倒な話になる。
「こ、婚約破棄したというのは本当なのか!?」
「『した』ではありません。『された』です。殿下曰く、真実の愛がどうとかで……せっかく設けてくださった婚約を無碍にしてしまい、申し訳ありません」
シャンフレックは深々と頭を下げた。
あれは父が幼少期に取り付けてくれた婚約。
望まぬ婚約だったとしても、両親の立場を思うと申しわけなくなる。
「いや、いいのだ。今にして思えば、ユリス殿下は色々と人格面に問題があった。私もシャンフレックと結婚させていいものか、常々悩んでいた。お前は辛いだろうが……また新たな相手を探そう」
別にまったく辛くはないが、シャンフレックは笑顔を浮かべて頷いた。
父に理解があって何よりだ。
「まあ、シャル! 意外と元気そうじゃなーい!」
少し遅れて、まったりとした歩調でやってきたのは母親。
名をトイシェン・フェアシュヴィンデという。
シャンフレックのことを「シャル」と呼ぶ、いつも溌剌とした母親。
「その調子だと大丈夫そうねー! 婚約破棄されても普段と変わらないの、さすがシャルって感じだわ。我が子ながら恐ろしいわー!」
「お母様……いえ、なんでもありません。ご心配には及びませんわ」
こういう楽観的な人物がいてくれた方が、何かと物事は良い方向に進む。
シャンフレックも悩みがあればよく母に相談していた。
「お前に事件が起こったと聞き、慌てて領地に戻ってきたのだ」
「お父様は心配症ですね。この程度の騒動、何の問題もありません。領地の管理も問題なくできていました」
「まあ、シャンフレックなら大丈夫だと思っていたが。私がいない間、仕事を押しつけて悪かったな。今日から政務は私が行うので、お前はしばらく養成していなさい」
ファデレンは労うように告げた。
シャンフレックは表面上は気丈に振る舞っているが、心の奥底では疲弊していると思っているのだろう。実際はユリスから解放されて非常に愉快な気分。
「あの、ところでお父様」
「ん、どうした?」
「いえ、その……フロル教の、偉い人がね」
アルージエのことを様子見しながら切り出そうとした矢先。
母のトイシェンが口を挟む。
「フロル教? あら、そういえば誕生祭が近いじゃない!」
「おお、そうか! 準備に取り掛からねばな!」
「……はい」
話を別の方向に曲げられ、シャンフレックは口をつぐむ。
誕生祭と呼ばれる、初代教皇の生誕日を祝う祭りが近い。
ヘアルスト王国もフロル教を国教としているので、フェアシュヴィンデ領でも祭事が開かれるのだ。
だが、そうではない。
シャンフレックが話したいのは祭礼のことではないのだ。
「あのね……お母様、お父様。フロル教のことなんだけど、偉い人が屋敷に……」
「ええ、そうね! 誕生祭ではフェアシュヴィンデ領にも司祭様をお招きしなきゃね! 毎年司祭様をルカロから呼んでいるもの!」
「いやそうじゃなくて」
トイシェンの悪い癖。人の話を最後まで聞かない。
母親がこういう人物なのは知っているので、父親と二人で話そう。
そう決めたシャンフレックは、一旦アルージエの話を中断することに。
何か話したそうにしている娘を見て、ファデレンはそれとなく気を遣う。
「さて、トイシェン。お前も長旅で疲れただろう。急いで馬車を走らせてきたからな。休むといい」
「あらそう? 私はまだまだ元気よ! でも、ちょっと休むわね! おやすみなさーい!」
元気に去って行くトイシェンと、背後に続くアガン。
二人を見送ってファデレンは歩き始めた。
「執務室に来い。話したいことがあるのだろう?」
「ええ」
「深刻な問題か?」
深刻な問題……なのだろうか。
教皇が来ているというのは、のっぴきならない事態だ。
おまけに兄が教皇をぶん殴って投獄したのもヤバいが、アルージエ本人が許している。
ユリスが来たことも含めて、色々と父には説明しなければならない。
どう説明したものかと頭を抱え、シャンフレックは執務室に向かった。