テラーノベル
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デジタル時計が午前四時を指す。 私はいつも通り、硬いベッドから起き上がり、カーテンを開ける。窓の外はまだ深い闇に包まれ、冬だからか肌寒い。
彼の補佐となって、初出勤の時刻は五時前。猶予は一時間。
洗面所に向かい、冷たい水を顔にぶつける。
清潔なタオルで水分を拭き取り、顔を上げた瞬間、鏡の「私」と目が合った。ストレートロングの銀髪。冷たく澄んだ水色の瞳。無表情な少女。
一瞬、忌々しい両親が頭を過った。
この髪も、この目も、そして時折制御できなくなるこの感情も。
気が付けば、拳を強く握りしめていた。爪が手の平に食い込み、赤い滴が手を伝う。
—―こんな大したことも無い事で怒って何になる。
手を見れば傷は浅く、タオルで血を拭く。
先ほどまで新品同然の真っ白色のタオルが今では血の滲んだタオルとなっていしまった。
私は過去の思い、記憶を奥にしまい込む。
時計の針は既に五時を上回ろうとしていた。私は急いで支度をし、寮から飛び出した。
急ぎ足で昨日の扉の前に行く。一度だけ、深く息を吐いて、鼓動を鎮める。
扉をノックすると「どうぞ」と短い声がした。
中に入ると、そこには昨日のように書類に囲まれた彼が一人。他の構成員の姿が見当たらない。
「今日から、仕事を始めてもらいます」
彼は顔を上げることなく立ち上がり、書架から一冊のファイルを取り出した。
それは鈍器と呼べるほどの分厚さがあった。
—―こんな細身で、よくあんな重そうなものを片手で持てるな。
「こちらが、我々が関わっている仕事です」
彼が私にファイルを渡すので、私は受けとる。
ずっしりとした重さで、片手で持つのは厳しそうだ。私は両手で持ち、一枚一枚、丁寧に中身を見る。
「我々は主に二つの面で活動しています。一つは財務管理。もう一つは・・・」
彼は一瞬、言葉を止めた。その一泊の沈黙が、部屋の柑橘系の爽やかな香りを一瞬で凍らせる。
そして、彼は何事もなかったように平然と言葉を続ける。
「・・・拷問です」
私は顔色を変えずに、淡々と頷く。
—―この程度で驚いていたら、心臓がいくつあっても足りないな。
「承知しました」
彼の琥珀の瞳が一瞬丸まったが、くすっと笑い、満面の笑みとなった。
その表情は『歓喜』などではなく、『玩具を見つけた』ような表情に私は見えた。
「やはり、この程度で驚きはしないのですね。その点は評価できそうです。とにかく、これから貴女が担当する仕事は主に財務管理です。拷問の方は、私が直接尋問する際に補佐をしてもらえればと思います」
—―拷問か・・・、大変そうだな。
私は驚きも戸惑いも、なんの感情も湧かなかった。ただ、事実、現実が心を刻んだだけ。
「分かりました」
重々しい雰囲気から一変、彼の雰囲気は昨日と同じ、不思議な雰囲気となった。
彼は不気味な笑みを浮かべて、人差し指を一本立てた。
「そしてもう一つ。これからもそうやって平然としていることをお願いしますよ。無用な感情や同情は捨ててください。特に・・・『人情』なんてものは、ここでは全くの無用の長物ですからね」
彼の言葉に内心首を傾げる。
—―逆に持っている人が居るほうが驚きだよ。
不意に面白さが湧きあがり、自分でも自覚があるほど、不気味な笑顔で頷いた。
他人に笑顔を見せたのは久々のことで、戸惑ってる私も居たがその感情をすぐに切り捨てた。
「はい、分かりました」
私の急な笑みで彼は唖然としていたが、私が真顔に戻ると彼は面白く感じ肩が震えている。
「よろしい。じゃあ、これから始めましょうか?」
彼が笑いを落ち着かせた後、大量の書類の束を見て私の瞳に目を見る。
その琥珀の瞳は綺麗だが、嫌な事を物語っている。
彼は一枚の書類を私に渡す。
書類は他人から見せないように黒い紙で上下を挟んでいる。
「まずは、このリストにある人物達の身元照会をお願いします」
—―この人がまともな人で良かった。
内心、安堵するが顔には出せない。出したら、もっと多くの書類が出てくると。
私はもう、黒蓮組に来る前に経験済みなんだ。
渡された書類には五十人ほどの人たちの顔写真があった。
顔のみの書類で、名前、年齢などの基本情報は一切載っていない。
「分かりました」
彼は私のデスクまで案内してくれた。デスクは軽く数えても百台以上はあるだろう。
そんなことを考えていると、彼が足を止めた。
私も足を止め、彼が口を開いた。
「貴女のデスクはこちらです」
彼に言われた場所は半個室のようで、左右と前に仕切りがあるのみ。
彼が私の耳元に近寄り、囁き声で声をかけた。
「この作業は三十分以内で終わらせてください。それ以上かかるようなら、貴女の能力では無理だということとなりますよ」
普通の女子ならば黄色の悲鳴を上げるところだが、内容が内容なので私は頷くことしかできない。
「分かりました」
彼は満足そうな笑みをしていたが、どこか不服そうでチグハグな雰囲気だった。
私はデスクの端末に向かい、慣れた手つきでセキュリティを突破する。裏社会のデータベースを瞬時に検索し、リストにある人物達の身元情報を引き出した。
私は時間をかけずにリストに乗っていた人達を調べ上げ、結果を報告する。
これほど簡単な仕事は他にはないだろう。
「ご苦労様です。次は・・・」
彼は私に書類の束を差し出した。
その束はざっと、八cmが十cmはあるだろう。受け取った瞬間、ずっしりとした重みが腕にかかる。
私は現実を受け入れたくないと、久々に思ってしまった。
—―十五歳の餓鬼にやらせるものでない・・・。
そもそも、ここは裏社会なので何でもありな職業だと、今更思い出してしまった。
「これらの報告書をチェックして、問題がないか確認してください」
「・・・分かりました」
重い足を必死に動かし、さっきいたデスクに戻る。
パソコンを起動して、先ほど彼から送られてきた書類を見ながら、情報を整える。
意外と簡単そうに見えて、難しいから好んでやる人は居ない。
今、気づいたが、数十名の構成員が各自、仕事をしていた。
—―集中していて、気づかなかった。これは危険だな。
仕事に集中することはいいことだが、私達はいつ狙われるかは分からない。集中しながら警戒するのが一流。
そう、教え込まれたから。
—―鈍ってきたな。ここが安全だとしても油断はできない。
数分が経った頃、彼は用事があるのか、席を立ってどこかへ行ってしまった。
彼の仕事内容は、一応補佐になった私に伝えられている。確か、明日の幹部会議に使う資料を幹部達に渡しに行った。
隣のデスクトップに居た男性が話しかけてくる。
仕切りがあるので、顔は見えないが雰囲気、声帯などでさっくりどのような人か分かるようにはなった。
「玲・・・と言ったか。お前、琥白さんの補佐となったんだろう?」
私は手を止めずに構成員の言葉に頷く。
この構成員は私のことを本気で心配してるそう。
「そう。で、なに?」
男子構成員は躊躇いながら口を開く。
「その・・・、一度気に入らないって思われたら、もうおしまいだって・・・。気を付けたほうがいい」
「ご忠告どうも。でも・・・」
私は一瞬、言葉を区切ったが、そのまま続ける。
「私は気に入られるつもりも、嫌われるつもりも無い。ただ、割り当てられた仕事をするだけ」
私は一切彼に目を向けず、書類仕事を淡々とこなす。
構成員の男性は驚きや戸惑いの声で、「そうか・・・」と呟き、私達の会話はそこで途切れた。
—―そう。誰にも注目されない無関心さこそ、私に都合がいい。
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天才めっ