テラーノベル
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個展は、壮大に執り行われた。
傘に弩、槍のような斧、縄付きの鎌、棘の生えた鞭、柄の伸びる鶴橋、湾曲した刀剣、手裏剣までお披露目となり、それらを全身で堪能した男たちは、豪快な出血量を以て作品の凶器性を評価していく。
「……この力を執行する度に強く思う。 やはり、抑圧は発条だ。 博物館の計画を満足に成し遂げられず、組織から押し付けられるのは人の監視役、そして君のせいで、煩わしくまどろっこしい方法でしか問題解決もさせて貰えない。 だから無作腐していてね、少しやり過ぎてしまったな。 素性がバレぬよう慎重に立ち回ってきたというのに、ああ参ったね。 衝動に駆られやすいところが、私の悪い性分だ」
「お前、人を……、人を殺しやがった……!」
「人聞き悪い。 さっき言った通り、先に撃ったのは彼ら。 私は白。 彼らは黒。 正当防衛だよ」
「何が……! 何が正当防衛だ! 明らかにやりすぎだ! それに、お前の権能ってやつも、前に見た時と全然違うじゃねえか……!」
「何を言っているんだい、権能の効力自体は同じものだよ、ただ、君と対峙した時は優しさのあまり槍斧しか使わなかっただけ、力を抑制していただけさ。 嗚呼、そうか。 君にここまで私の権能の本領を見せたのは初めてだったよな。 驚かせちまったね、すまなかった」
持っていた作品を血液へ戻して傷々から啜りあげた彼女は、仮面を剥がして男たちの遺体を漁り始める。また、ほんの少しの躊躇いもなく。
「AK47、大量生産されたライフルだ。 メジャーな型番とはいえ、銃規制国家たる日本でこんな長物を持つことは容易なことじゃあない。 逆に、国家権力下にある戦闘集団なら、ここまで雑多な装備で事件現場に乗り込んでは来ない。 つまり、こいつらはテロリスト。 あの仮面持ちの仲間で、『分派』の一味、または『分派』に雇われた奴らということになる」
彼女は遺体から血濡れの小銃を重そうに引き上げ、血の武器を扱っていた時とは大違いの慣れない手つきで、弾倉を外して確認する。
「恐怖のあまり全弾撃ちやがった。 弾がないんじゃ、人に向けても見掛け倒しの脅しにしか使えない。 でもこんな重っ苦しいもの、持って歩けやしないからな、捨てていくしかないか」
「こいつらは……、ゾンビだけじゃなくて、オレたちまで狙って撃ってきやがった。 何が目的なんだ……?」
「校内に突如出現したゾンビと、銃を持ったテロリスト、英雄を名乗る仮面の学生……。 謎は深まるばかりだけど、やることには変わりはないさ。 私たちは彼らを――――」
遺体から覆面を外した野崎の、声が止まる。
「……おっと。 こいつは、おかしいね」
「何だよ、野崎」
恐る恐る、遺体へ寄る。
覆面を脱ぎ晒された、その顔を見る。
短い黒髪、しっかりとした骨格、無特徴な顔パーツたち。特に何の変哲もない、一般成人男性の顔がそこにはあった。
「……こっちの死体の顔も見てみなよ」
野崎に指示された通りに、傍らで倒れる別の遺体の顔に注目する。
そこでやっと、異常に気がついた。
短い黒髪、しっかりとした骨格、無特徴な顔パーツたち。特に何の変哲もない、一般成人男性の顔がそこにはあった。
「まさかね」
彼女は壁に釘付けの遺体へ寄り、血の矢を回収するついでに、膝から崩れ落ちる遺体の覆面を引き抜く。
床に倒れ込むその男の顔面は、矢で壊れてこそいるものの、短い黒髪に、しっかりとした骨格、白目を向いた無特徴なパーツたちがそこにはあった。
テロリストの遺体は、どれも全く同じ顔だ。
「偶然そっくり三兄弟、ってワケじゃねえよな……?」
「これも権能の効果だろうね」
「権能……? テロリストたちの顔を同じにすることが?」
野崎が見せた個展。
あれは、彼女の権能を魅せるには充分すぎる展覧会だったし、権能というものがどれほどまでに攻撃的で、暴力的シュチュエーションにおいて圧倒的な脅威を孕む異能の力であることを示していた。
しかし、こんなにも非攻撃的な権能もあるものなのか?
「なんとなくだけど、あの仮面持ちの権能が何なのか、わかった気がするよ。 さっき私は、彼の権能を『ゾンビを増やす能力』だと言ったけどね、あれはディオの権能が成す現象の一片にすぎなかったのだろうよ」
「権能の一片?」
「そう、例えば煌はさっき、私の権能を見てこう思っただろう? 野崎は斧以外にも色々な作品を創ることができる多才なクリエイターだったんだ、って。 あの弩や鎌は、私の権能の応用の産物だ。 ディオもそれと同様で、ゾンビを増やす能力というのは、彼の権能を応用して起こされたひとつの結果というわけだ。 彼には、ゾンビを増やすことも、テロリストの顔を全く同じにしてしまうことも出来る、そんな応用の効く能力が備わっていることになる」
「その能力の詳細がわかれば、ディオって奴を止められるか?」
「どうだろう、でもきっと強い攻略情報になる。 なんだ、目の前で人死にを見て竦んでいたばかりだったと言うのに、すっかり決意が定まったみたいじゃあないか」
ふざけるな……、あんなの、いくら見ても慣れられる類のもんじゃない。
直前までゾンビのグロテスクを浴びるほど見てきたもんだから、意識が麻痺してるってだけだ。
それに、ゾンビの次は銃をぶっ放してくるテロリストまで出てきやがった。状況はより危険になる一方だ。
行動しなきゃ、誰も救えねえだろ。
「それと、ひとつ気になることがあるね。 先程の放送室に転がっていた、女教師のことだ」
「さっき話してた、権能で出来たっていう傷の件か?」
「それも奴の権能を特定するヒントになるだろうけど、今気になってるのはそこじゃあない。 校内放送の件さ」
校内放送?
それって、ホームルームの時に流れた、あの避難勧告のことか?
「ゾンビパンデミックの波が私たちの教室のフロアに到達した直後、校内放送があったろう?」
「ああ、確か――――」
”校舎内に刃物を持った不審者が侵入しました!
生徒の皆さんは体育館へ避難してください!
繰り返します――――”
「あの放送、音割れしてて上手く聞こえなかったが、女性の声で放送されていた。 ってことは、あの遺体の女性教師が、生前に放送してたってことか」
「注目すべきは、その内容だよ」
「内容? 刃物を持った不審者って、テロリストのことだろ?」
「そう、あの放送はテロリストが校内に侵入したという危険を伝える放送だった。 でもさ、それにしては遅いと思わないかい?」
野崎が言いたいのは、ゾンビパンデミックの波のことだろう。
校内放送の内容は事前に危険を伝えるためのものだったというのに、ゾンビは既に二階の、オレたちがいるフロアに到達していた。
「ゾンビ共が二階の教室に到達するためには、階段前の放送室を通る必要がある。 つまり校内放送が行われた時には、女教師はゾンビの存在について気がついていなければ説明がつかない。 それなのに、あのタイミングでのあの放送だ」
「単純に放送準備に時間がかかっただけじゃないか? 」
「思い出してよ、あの女教師は、全身に噛み傷だらけで発見されたんだよ? つまり彼女は、ゾンビに噛まれてから放送室に逃げ込んだんだ。 もし放送後に噛まれたのなら、放送室内はゾンビでいっぱいか、もっと抵抗した跡があってもいいはずだからね」
そうか、そうなると、あのタイミングであの内容の放送をするのは、明らかにおかしいんだ。
「すこし、整理するよ? ホームルームの時間の直前、教師陣には毎朝の教員会議がある。 職員室に行われるそれに、女教師も恐らく参加していた。 そして、権能によるゾンビパンデミック発生を目撃している可能性が高い。 そしてそれに巻き込まれたのか、体に負傷を受けた。 彼女は職員室近くの放送室に逃げ込み、内側から鍵を閉めたが、そこは密室。 窓はなく、出血は多量、扉の外には壁を叩き続けるゾンビの大群。 どうしようもない状況で、放送設備を発見。 生徒たちだけでも逃がそうと、あの放送をした。 恐らく、こんなところだろう」
「……あの放送室の状況からして、そのストーリーで矛盾はない。 でもそれにしては、あの放送内容は曖昧すぎるよな?」
「そう、彼女が刃物を持った不審者なんて言葉選びをするのはおかしい。 まるで犯人は単独犯みたいだし、そこにゾンビの大群が含まれているような言い方には全くもって聞こえない。 これじゃあ、ゾンビの存在を知らないみたいじゃあないか?」
「女性教師自身、急な状況に混乱していたとか? それか、生徒たちに混乱を与えないよう、できる限り柔らかい表現を使ったとか?」
「混乱していた、というのなら、もっと安直な表現を使ってしまうだろう。 ゾンビが校内を大量に歩き回っていますと言ってしまったり、暴徒らが侵入しましたってね。 少なくとも、単独犯のような言い方はしないと思わないか? それに、混乱を与えないようにっていうなら、教師陣にはもっと適切なマニュアルが用意されているものだよ」
「マニュアル?」
そう、マニュアルだ。と野崎は続け、
「不審者が学校に侵入したら、校内放送をする。 これは自然だ。 しかしこれは、全校生徒への避難勧告であるべきではない。 変に放送してしまえば、生徒は混乱し逆効果、煌みたいなエセ自己犠牲に駆られた生徒がヒーローになろうと不審者に立ち向かう可能性だって出てくるわけだ。 そして何より、そんな放送では不審者当人に警戒されてしまう。 だから、教師としての最適の行動は、不審者にも生徒にもバレずに、校内の教師と警備員にのみ、危険を伝えて避難誘導を促すことなんだ。 例えば、こんな風に放送を入れるものだよ……。 “服部先生宛に、職員室に小さな箱が届きました。服部先生は急ぎ、お受け取りにいらっしゃって下さい”、なんて風にな」
「……小さな箱? 爆弾とかの暗喩っぽいよなそれ。 ってことはつまり、教師陣にだけ伝えられている緊急用の暗号みたいなものがあるってことか?」
「そう。 教師陣、関係者にのみ事前に伝えられている暗号だ。 服部先生という、本当はいない教師の名前を使って緊急速報であることを意味したあと、小さな箱が届いた、という表現で不審者の侵入を伝える。 これなら、混乱は起きない。 こういった暗号放送のマニュアルは、全ての学校にほぼ必ず用意されている。 女教師が本当に冷静であるなら、こういう放送をするべきだったんだ」
どうして野崎はそんなことを知っているんだ、と思ったが、その答えはよくよく考えれば明らかだった。
こいつは、オレが交渉を破った際の報復措置として、いつでも学校中を巻き込んだ戦乱を起こすために、脳内でシュミレーションをしていやがったんだ。
廊下で放送室の話をした時もそうだ。野崎は防音の関係上、放送室に窓がないことを知っていた。それを、転入直後の校内散歩中に確認済みだと語っていたが、普通、転入先の学校でまず覚える校内地形が窓の位置だなんて、おかしいだろう。転入生が最初に覚えるものなんて、食堂や、手洗い場、部室の位置あたりが妥当なはずだ。
とどのつまり、こいつは。
この野崎は。
このゾンビパンデミックに関係なく、時が来れば同等クラスの災厄を引き起こすための情報収集をしていたってことになる。
「……安心しなよ、煌。 君が良き友である限り、私は君にも、この学校の生徒たちにも手は出さない。 そういう交渉だろう?」
「っ…………」
こちらの頭の中が全て見透かされていたような彼女の発言に、凍る。
関係は平等に近くなった、と考えていた勝手が、吹き飛んだように感じた。
「さて、話を戻す。 ではどうして、女教師は瀕死の状態であんな放送をしたのか。 私はその辻褄合わせの鍵が、権能の正体と睨んでいる。 まだ複数犯の可能性もあるから、能力の詳細の確定はまだ出来ないけどね、これは大きなヒントになるはずだ」
オレには、ディオって奴の権能がどんなものなのか、全く検討がつかない。だから、そこの特定は野崎任せになっちまう。
野崎は、オレが博物館の一件で権能ってもんの存在に触れたことで、今回の騒動の解決に役立つかもって、オレを引っ張り出してきた。
しかし、これでは野崎のストッパー役になっているだけで、解決には何も役立たない、足引っ張りのお荷物と化してしまっている。
オレも、力になりたい。
野崎のためじゃなく、勝人たちのために。
「……野崎、お前の事件解決を全面的に援護する。 それに、今回の件が終わったら、オレが交渉材料にしていた、カメラ付きのボールペンを破棄する。 だから頼む、相原たちを守るのを手伝ってくれ」
「フン、そんなものにまだ優位性が残っていると思っているのか? 申し出るなら相応の態度と商材を持ってこないとな」
「わかってる。オレは正式に、あんたの友達になる。つまり、もう裏切るなんてことは考えないってことだ」
オレには、力はない。
相原みたいな才能も、野崎みたいな権能もない。
そんなオレに出来ること、それは、
「だからお前も、友達を裏切るな! 疑惑は裏切りを喚ぶ。 それを上回る信頼こそが、真の平等関係を維持する要因になるはずだ」
「煌、君は本当に、理想や浪漫でばかり物事を語るんだね。 だが、その申し出はこちらにデメリットがないしな。 わかったよ、君の敵、君の監視者、君の友達。 その全てとして、君の友達を守ってやるよ、だから感謝してくれよな」
オレに出来ること……、それは、非情な破壊と利己的な創造だ。
願いや理想のために、例え非情な決断となろうとも周りのものや関係を打ち捨て、利己的な理由のために有用な代替え物、代替え的な存在との関係を構築する。
そうして、記憶を取り戻し、相原たちを守り、仮面とは何なのかを知り、平穏な毎日を取り戻すんだ。
仁から失望されたことで吹っ切れてしまったところもあるのだと思う。
だが、『少数派』や仮面を持つ者たちと接触し始め、新たな出会いに満ちている今が、その好機だ。
例えそれが、危険溢れる茨の道だろうと、叶う望みの薄い願いを叶えるには、普通から脱線する必要があるんだ。
それが無力なオレに出来る、覇道に近い、願いの叶え方だ。
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