「何をした! あんな数の魔物、普通じゃないだろう!」
「あ……あ、わたくし、は、ただ……」
真っ青になったアリシア様が、震えながら後ろにずり下がる。腰が抜けたままなのか、立ち上がることもできないアリシア様。その目に、一気に涙が盛り上がってきた。
「あー、はいはい。リカルドが怒るのも分かるけど、まぁ落ち着いて」
「貴様はもっと怒るべきだろう! 死にかけたんだぞ!」
さらに激昂するリカルド様を、ジェードさんは「まぁ、まぁ」と押しとどめ、アリシア様を守るように二人の間に立つ。本当に紳士だ。
こんな目に遭ってもアリシア様への優しさを崩さないジェードさんは素敵だ。
でも私から見たら、友人であるジェードさんのために真剣に怒っているリカルド様だって、相当に優しくて素敵に思える。
「まったく……!」
「うん、でも怖がっちゃって話ができないからさ」
「ご、ごめんなさい! わたくし……!」
いつの間に立ち上がったのか、アリシア様が涙を拭きながら必死に声を上げる。
「怒られるのは当たり前ですわ。わたくしが、考えなしだったのです。魔物寄せの魔法薬を、軽率に使ってしまいました」
「魔物寄せか、なんとなくそうじゃないかと思ったよー。さっき浄化の魔法をかけたから、もう効果はないと思うよ」
大丈夫だよ、と笑うジェードさんに、アリシア様の涙腺がまたも緩んだ。ふにゃ、と表情が崩れて涙がぽろぽろとこぼれ落ちていく。
「ご、ごめんなさい~~~。わ、わたくし、あんなことになるだなんて、お、思っていなくて」
ひっく、ひっく、としゃくり上げながら泣いている姿は、いつもの気の強さがなりをひそめて、とても儚げで可憐だ。
その小さくて細い肩が可哀想で、私も彼女の横に膝をつき、思わず手を伸ばしてなだめるように肩を撫でた。
「うんうん、分かってるよ。魔法薬がオレにかかっちゃったのはどう見ても事故だったからね」
「お前は本当に、妙にそういう部分、寛大だな」
リカルド様はあきれた口調でそう言ったけれど、ジェードさんの気持ちを慮ったのか、それ以上アリシア様に声を荒げることはしない。ただ、気に掛かることでもあるのか、厳しい表情のまま、なにかを真剣に考えているようだった。
しばらくアリシア様の背中を一定のリズムでさすっていたら、ようやくズズッと鼻をすする音が聞こえて、アリシア様と目が合った。
「……貴女にも、迷惑を、かけてしまったわ。ごめんなさい」
良かった。やっと落ち着いてくれたみたい。
ほっとした私の横に、今度はリカルド様が膝をつく。リカルド様は、アリシア様に目線を合わせて、ゆっくりと疑問を口にした。
「魔物寄せの薬だと言ったな。どうしてそんな危険なものを持ってきた……下手をすれば死んでいたぞ」
「お父様が持たせてくれたのです。どうしても高位の魔物が見つからなければ使えと」
「そんな……」
親が、そんな危険なものを持たせるだなんて。演習でいい成績を収めるためなら、命を落としてもいいっていうの!?
自分のことではないのに、思わず憤慨する私に、アリシア様は必死で首を横に振る。
「お父様からは、危険だから極力使うな、最終手段だと言われていたのです。でも……ごめんなさい、わたくし……功を焦ってしまっていたのです」
涙をこらえながらアリシア様がつっかえつつも言葉を紡ぐ。
「わたくしには、父や母ほどの才がありません。一族の中では落ちこぼれだと陰口を叩かれているのも知っています。それでも……ちゃんと魔物くらい狩れるってことを、証明したかった」
「え……」
「待って」
涙ながらに語られるけれど、私とジェードさんは目を丸くするしかない。いや、だってさ。
「あの、アリシア様って学年三位ですよね!? めっちゃ優秀じゃないですか」
「それにアリシア嬢、君は確か飛び級してる筈だよね。 その上で三位なんだから、本当に立派だと思うよ」
私の驚きの声に、ジェードさんがかぶせてきた。そうだった、アリシア様って飛び級してるんだよ。本来ならまだ中等の貴族だけが通う学園に通学している筈の年齢だ。つうかとんでもなく優秀じゃないの!
「飛び級なんて関係ないでしょう。一位でなければ意味などないのですわ。当家は魔法において、ほかに負けることなど許されないのです」
私とジェードさんは、思わず顔を見合わせて、互いにげんなりした顔になる。
「貴族って大変だなぁ……」
ジェードさんのつぶやきに、全力で同意してしまった。
いやいや、リカルド様の時にも思ったけど、この国のお貴族様って、子供に重い期待をかけすぎじゃない? こんなに立派な成績をおさめても許されないだなんて、そんなこと言っちゃう親御さんは正座で謝って欲しいくらいだ。
「ごめんなさい、ジェードさん。自分勝手な理由で、貴方には本当に酷いことをしてしまったわ。本当に、本当にごめんなさい」
「ま、なんだかんだ生きてるからね。別にいいけど……でも、もう使わないでね」
「さすがにもう持っていません」
茶化すようにジェードさんが言うから、ようやくのアリシアさんの目にも笑みが浮かんだ。
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