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14:58:00
京之介くんが私に背を向けて歩いていく。
その姿を眺めながら呆然と立ち尽くしていた。
15:00:00
その後しばらく、時計の針が移動するのを何となくぼんやり見つめていたが、遅れそうになっていることに気付き急いで後航空会社から送られてきていた予約完了メールを開き、バーコードを表示して列に並んだ。
私の二つ前に並んでいた人がバーコードを機械に読み取らせている。
一つ前の人がごそごそと遅い動きでジャンバーのポケットからレシートを取り出している。
次に自分の順番が回ってきた。
スマホを翳そうとして、手を止める。
15:04:10
……今ならまだ間に合う?
引き返せる?
もう迷子にはなるなって言われたのに。
こんな年齢になってもまた、私は迷っている。
――……私は私を大事だと言ってくれたあの人の元に戻らなきゃいけないんじゃないのかな。
15:04:19
バーコードを読み取らせるのをやめて、代わりに鞍馬とのトーク画面を開いて文字を打ち込む。
15:04:35
チェックイン機の列から抜け出して京之介くんを追った。
急に走り出した私を、後ろに並んでいた人が驚いたような顔をして見ていた。
15:04:45
「京之介くん、」
第一ターミナルへ向かうバスがもう到着していて、数少ない人々がそれに乗り込んでいくのが見える。
その中に京之介くんが居るのも。
15:04:57
「――――京之介くん!」
大きな声でその名を呼んで、いよいよバスに乗り込もうとしていた京之介くんと一緒にバスに乗り込んだ。
――――15:05:00
飛行機のチェックイン時刻には、
もう間に合わない。
【ごめん。行けない】
【お金は全部払うから。本当にごめん】
【罪悪感を拭いきれなかった】
【彼氏のことが大切で】
【大切だと思った自分を大切にしたい】
言い訳にもならないような短文の連続を、鞍馬はどんな気持ちで見るのだろう。
たとえ何を言われようと、どんなに非常識的だと罵られようと、この選択に後悔はない。
私はもう、迷子にはならないと決めたのだ。
急に後ろから乗り込んできた私の存在に、京之介くんが珍しく目を見開いている。
ドアが閉まりバスが走り出す。
「どしたん」
「やめた」
「はあ?」
「どっか行くのはもうやめた」
何だか清々しい気持ちで、呆気に取られた顔をしている京之介くんを笑顔で見上げて聞いた。
「京之介くん、私のこと好き?」
京之介くんの目には困惑の色が見える。
当たり前だ。私だって驚いている。乗る予定だった飛行機をわざとスルーして、行きと帰りの数万を無駄にして、鞍馬だけ一人で行かせたんだから。
人との約束をドタキャンしたのはこれが人生で初めてだった。
「……好きやけど?」
当然だと言わんばかりに怪訝そうに聞き返してくる京之介くんに吹き出してしまった。
京之介くんの手を取り指に指を絡める。
「お姉ちゃんのこと好きでもいいよ。私のこともちゃんと好きでいてね」
京之介くんの私の指を握る力が強くなる。
「好きやで、ちゃんと。それ聞くために戻ってきたん?」
「そういうわけじゃないけど」
「不安にさせとった?俺」
「ううん。お姉ちゃんを好きでもいいって言ったのは私だもん」
バスが第一ターミナルに到着し、人の流れに乗って私たちも降りる。
JRの乗り場へ向かって歩きながら外の冷たい空気を吸い込んだ。
「お姉ちゃんが京之介くんを置いて死んだのは、京之介くんを巻き込みたくなかったからだと思う」
京之介くんは何も言わなかった。
「お姉ちゃんが残してくれた京之介くんのこと、お姉ちゃんの分まで私が幸せにする」
そう決意を表明して、
「今日は飲み会始まるまで一緒に過ごそう。バレンタインチョコ買えてないしね」
付け加えて言った。
京之介くんは飛行機を乗り過ごしたことに関してそれでいいのかと聞きたげだったが、私の楽しそうな様子を見てそれ以上何も言わなかった。
朝は曇っていたが、今はすっかり太陽が出ていた。
一緒に切符を購入して、時間に余裕があったので第一ターミナルビルにあるコンビニに飲み物と軽食も購入しに行った。
その後大阪市内へ向かう特急に乗り込む。
京之介くんの隣の座席に座って荷物を膝の上に置くと、京之介くんの方から手を握ってきた。
その手をギュッと握り返す。
特急が走り出し、連絡橋を通りながら窓の外に広がる海を見ていた。
水面を眺めて目を瞑ってもあの夏の少年の姿は浮かんでこなくて、もう大丈夫だと思った。
飛行機は今頃もう飛び立っている。