コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「俺、ホストなんですよ」
彼女は、俺が話し始めるとケルベロス…?の耳をこちら側に向けた。
「それで、お客様と沢山喋って、酒とか結構飲むんですけど、最近肝臓もやっちゃってて、でも、やめられんくて。」
でも、楽しんでもらえると嬉しいんだよな。
肝臓は、やっちゃったけど普通に飲めるは飲めるし続けることだって、いくつか問題はあるけど多分なんとかなる。
でも、いつまでも続けられる訳では無い。
それはわかってる。
「なるほどなぁ、お客はんはホストなんや」
彼女は、穏やかな大人しい声で関西弁のような口調をして話す。
どことなく、懐かしさを感じて肩の力が抜け、気が緩む。
または、喫茶店の落ち着くような雰囲気がそうしているのかもしれない。
「そんで、お客はんは、何をしたいん」
「お、れ、すか」
「せや、お客はんはお客はんの好きなことしたらええよ」
俺の好きな事。か。
俺は何をするのが好きなんだっけ。
酒を飲むこと?話すこと?嘘を吐きながら仕事をすること?体壊してまで接客すること?
いや、そんなんじゃない。
「俺、ゲームとか音楽とかが好きで、人を笑わせるのも好きなんすよ。だから、そんなことして誰か笑ってくれたらなって。」
でも、そんな都合のいい夢ばかり見ていられなかった。
現実は厳しいことの方が多くて、好きなことだけやって生きるのは無理がある。
いつしか自然と諦めていた。
「とってもええことやね」
彼女は、俺の言葉を否定することなく手を叩き目を細めた。
「お客はん、それやったらええんちゃう?」
なんの抵抗もなくそんなことを言った。
嘘をついているようには見えなかった。
冷やかしではなく、本気で言っているように見えた。
「でも、そんな都合のいい夢見れないすよ」
仕事柄自然と身についた、完璧な笑顔を無意識に作ってしまう。
そんな自分に嫌気がさす。
「俺には、無理でしたよ」
俺の夢は、儚く散った。
周りからは、歳をとる度に現実を見ろと言われた
俺自身もそんなこと言われなくてもわかっていた
気づけばホストになって、夜の世界で溺れるほど酒を飲んで生きていた。
「そうかな」
なにも言えず無言で彼女を見ていた。
「夢なんて、なんぼ見てもええと思うけど」
首を傾げてそう言った。
「でも」
どうしても、一度諦めた夢を追う気にはなれなかった。
踏ん切りを付けたかった。
「そっちの世界では、いくらでも夢見ちゃあかんの?」
彼女は、不思議そうな顔をした。
俺は、何も言えずにいた。
「ならええやん。お客はんなら、叶えられると思うよ。」
できますかねぇ
そう言ったつもりだったが、言葉は届かなかった。
零れそうな涙を止めるのに必死だったからだ。
誰にも押されなかった寂しい背中を彼女が優しく押してくれたような気がした。
視界が開けたような気がした。
「そうすかね」
目に溜まって零れそうになる涙を指先で拭き取りながら、首を傾ける。
「うん」
彼女は、大きく頷いた。
「ほら、はよ珈琲飲み。もう日が暮れる、いい子は帰る時間やで」
彼女は、椅子を引き丸いお盆に珈琲カップを乗せた。
カップがカチャっと互いに当たる音がした。
彼女が立ち上がり、カウンターの奥に消えると同時に俺も伝票を持って立ち上がり会計を済ませるため、レジの方に向かった。
彼女の言う通り、オレンジ色の光が窓から強く差し込み始めていた。
「お会計お願いします」
暗いカウンターの奥に声を掛けた。
中から、彼女が「ちょいとお待ち」と言って急ぎ足でこちらに向かってくる音が聞こえた。
「ほな、お名前教えてもらっていいですか」
名前?なんのためにだろう。
来た人の名前をメモしているのか、アンケートでもしているのかわからないが躊躇う必要もないので普通に答える。
彼女は、茶色い名簿帳のようなものをカウンターしたから出しカウンターの上に置いてパラパラと開いた。
「不破です」
ふ、わ、、ふわ、、さん、、
指を上から滑らしながら、苗字をなぞり探す。
伝票には、多くの人の名前がびっしり乗っていて、見慣れないような不思議な形をした文字で書かれていた。
「下の名前も聞いてええかな」
「湊です」
みなと、、み、なとさんね、、、
文字がズラっと整頓されて書かれてた伝票から、彼女は指を離し、驚いたような顔を一瞬見せた。
そして、納得したような顔をし俺の方に向いた。
「そかそか、おふわさんは迷い込んだ人かぁ」
「迷い込んだ、?」
彼女は、うんうんと頷きながらレジ横のカウンター扉を開けて出入口の方に立った。
「たまにおるんよ、現世とここの空間に挟まれて迷い込んでまう人」
現世?迷い込む?
何を言って何になっとくしてるのか全くわからない。
とりあえず、会計しないと帰れないし、会計してもらうか。
「あの、お会計…」
「あー!ええよええよ、今回はサービスしとくわ」
彼女は、俺に向かって手招きをした。
困惑しながらも、彼女に手招きされたとおり扉の方に向かう。
「ほんとにいいんすか?」
「ええよ、それよりはよ帰らんと」
なんとしてでも、帰ってほしいのか。
俺なんか癪に触ることしたのか。
「なんか嫌がられることしちゃいました?」
ヘラヘラっと苦笑いしながら、恐る恐る聞くと彼女は、あははと笑いながら手を横に振った。
「なんもされてへんよ。おもしろい人やなぁ」
「あざすっ」
彼女は、鈴のように笑い俺の背中側に回り押して扉の前に立たせた。
「ほら、早く帰り。戻れんくなるよ。」
彼女が背中から手を離す。
「あんたみたいな、いい子こんなとこにおったらあかんわ」
俺いい子って歳じゃないけど。
なんなら、このお姉さんより年上かもだけど。
振り返ると彼女は、人差し指を天井に向けて説明を始めた。
「この扉を開けたら、振り返らずに真っ直ぐ前に進み、白と赤の彼岸花がある所まで行けるはずや、そしたら、白い彼岸花の方に進んで行くんや。」
こくりと頷く。
まだ全てを飲み込んだ訳では無いけれど、ここは別の空間で彼女は、俺を元の場所に返そうとしてくれといることだけはなんとなくわかった。
なぜこんな空間に自分がいるのか、はたまた本当なのなも理解していないけど。
「振り返ったり、赤い彼岸花の方に行ったら、あかんよ。やり直しはきかないからね。人生は一度きりやから。」
口調が強くなる。左右の色の違う目をギラりと光らせる。
「次はない。もう、迷い込んだらあかんよ。逃げたくなってもここにきちゃあかんよ。その時は、あたしはおふわをどうこうしてあげられへん。」
そう言うと、強めた目力を緩め眉を八の字にしてなんとも言い難い、悲しそうな雰囲気を纏った引きつった表情をした。
「ここの決まりやから」
何かを過去に諦めたような言い方だった。
「わかりました。なんか、店員さんのおかげで少しすっきりした気がします。ありがとうございました。」
深々と頭を下げる。
彼女は、嬉しそうか笑顔を見せた。
「あたしは、なんもしてへんよ。しつこく言うけど、ここにはもう来たらあかんよ。タダより怖いものはないからね」
「はいっ」
彼女は、うん、と頷いた。
「それじゃ、行ってきます」
「まいどおおきに。行ってらっしゃい」
金色の取手が付いたチョコレートのような扉に手をかける。
「あ、そうだ店員さん。名前なんていうんすか」
「名前?そんなこと聞かれたん初めてや」
「覚えときたくて、ダメすか?」
「別にええよ。戌亥、戌亥とこや。」
「とこ、さん。いい名前っすね。」
「おおきに」
最後に見た彼女の顔は、笑顔だったがどこか寂しそに見えた。
俺は、扉を開き数メートル前の見えない空間に向かって歩いていった。
後ろは振り返れない、もうあそこには戻ることができない。
数メートルほどあるくと、とこさんが言ったように2種類の彼岸花が何かを表すようにひっそりと咲いていた。
俺は、迷いなく白い彼岸花の方に進んで行った。
歩いてくうちに、段々と体が重くなり自然と瞼が閉じていく。
急激な眠気が襲ってきた。
眠い。とてつもなく眠い。
歩きながら今にも眠りそうだ。
段々と視界が狭まりついには、見えなくなった。
はっとして、目を開くとそこには白い天井が広がっていた。
ここは。。
清潔そうな白いシーツの上で寝転がっていた。
周りは薄い桃色のカーテンで仕切られており、腕には点滴が針を通して繋がっていた。
ぼーっとしていると、誰かの影がカーテンに映った。
影が目の前で止まるとカーテンの隙間から手が入り、ゆっくりと開けられた。
「おぉ、起きたか不破」
そこには、顔馴染みのある職場の先輩がいた。
先輩は、カーテンをめくり来客ようの椅子に腰掛け片手にもっていたビニール袋の中からゼリーとスポーツ飲料を出し俺に渡した。
「あざっす」
俺は、素直に受け取り今の状況を聞くことにした
「俺はなんでこんなとこにいるんすかね」
「お前覚えてないのか」
少し驚いたような言い方をした。
「すいやせん」
軽く頭を下げた。
「昨日の夜お前の太客が来て、浴びるほど酒飲んだだろ。太客が帰ったあとも、ハイペースで酒飲まされてお前コール中に意識飛んでぶっ倒れたんだよ。」
流石の俺もお前死んだかと思ったわ。
先輩はそういってビニール袋から、肉まんを取りだした。
「そうだったんすか」
「お前一回肝臓やってんのに無理し過ぎなんだよ。」
「にゃはは」
「こんなこと俺が言うのも可笑しいが、お前この仕事辞めた方がいいぞ。お前にこの職は確かに天職かもしれない、が、お前はお前の身体が悲鳴をあげてることに気づけてない。」
「そのうち死ぬぞ」
「にゃはは、そっすよねー」
頭を掻きむしりながら笑ってみせる。
先輩は、「はぁー」とため息をし安堵したような表情をみせた。
「やー、なんか、すいません。迷惑かけちゃって」
沈黙を無くすように明るく振る舞う。
「あぁ、気をつけろよ。」
俺は、昔から沈黙が好きじゃなかった。
よくある理由は、気まずいだとかなんだかある。俺が沈黙が嫌いな理由は、家庭にあった。
幼い頃、両親の仲が良くない時があった。俺は、子供ながらに何となく察していた。
2人の仲を保つために、必死に空気を変えようと話し続けた。
「なにかしなきゃ」
そう思ってきた。
だから、沈黙になると「なにかしなければ」という気持ちが出てきてしまう。
それにしても、あの奇妙な夢。
なんだったんだろう。
確かにあれは夢だった。現に今俺はこの名前も知らない病院のベットの上にいる。
なんだか、妙に現実味のある夢だった。
彼女にオススメされた珈琲の味も覚えている。
しかし、不思議なことに聞いたはずの彼女の名前、見たはずの顔が全く思い出せない。
ぼんやりと頭にもやがかかったように、あの時のことが途切れ途切れにわからなくなっている。
もしかしたら。。
なんて、そんなことあるはずがない。
でも、あの夢のおかげでなんとなく光が見えた気がした。
「先輩」
前を向きながら先輩を呼ぶ。
「なんだ」
先輩が肉まんを食べながら、俺に顔を向ける。
「俺、この仕事辞めようと思います」
先輩の方に向き直り、はっきりと言葉にした。
迷いのない決心した言葉、きっと先輩にも伝わったのだろう。
先輩は、少し目を伏せた。
「…そうか」
「止めないんですか」
先輩が足を組み、前を見る。
「あぁ。お前の人生だ俺にそれを止める権利はない」
「そう、すか」
「辞めた方がいいと言っておきながら、お前がいなくなると思うと寂しくなるな」
「今までありがとうございました」
座りながら深々と頭を下げる。
先輩には、かなりお世話になった。
夜の世界などなにも知らない、ただの若者に手取り足取り教えこみ、メンズメイクなどの身なりやトーク術まで仕立てあげてもらい、トップ3にまで育て上げてもらった。
「店長には、ちゃんと直接会って伝えろよ」
そう言って、先輩は座っていた椅子から立ち上がると、ビニール袋に肉まんのゴミを入れ、タバコを吸う仕草をした。
「はい、ちゃんと伝えてきます」
「おう、元気でな。たまには、顔出しに来いよ」
先輩がカーテンを開ける。
「絶対行って先輩に接客してもらいますよ、また連絡します。」
「ははっ、上等だ。極上の接客してやんよ。舐めんなよNO.1」
そう言って笑顔でカーテンを閉め、影とともにどこかに消えていった。
どことなく俺には、先輩の目が少し潤んでいるようにも見えた。
「んー、さぁ、何から始めるかな」
病室の窓から久々に見た空は、いつも以上に青く清々しく見えた。
スマホには、「新人ライバー募集」の通知がきていた。
ーーーーー
作者 黒猫🐈⬛
作品 「まいどおおきに」
※無断転載等お控えください
※この物語はご本人様と関係ありません
※改善点、感想などは、コメント欄にお願いします
この物語は、短編となります。