放課後の喧騒が残る廊下で、柳田君が僕に小さな試験管を差し出した。
「安倍先生〜これ試してよ」
「嫌だよ〜…ちなみにこれ何の薬なの?」
「ふふふ…よくぞ聞いてくれました!これはどんな人でも若返る薬‼さぁ!」
「若返るというのは魅力的だけど…、嫌な予感しかないから…」
「え〜少し! 少しだけだから!」
「いやったら嫌です!! NO!!」
きっぱりと蟻田君の誘いを断り、指で大きな罰点のポーズを作って意思表示をした。その時、
向かい側から狸塚くんが慌ただしく走ってくるのが見えた。「晴明くーん!」
「あっ!狸塚くん廊下は走っちゃだめ――」 そう注意しようとした瞬間。
「「あっ」」
狸塚くんは廊下のわずかな段差につまずき、見事に柳田君に激突した。ぶつかった反動で
柳田君が持っていた通称『若返る薬』の試験管が手から滑り落ちる。
すると、
冷たい液体が僕の顔と制服に降り注ぐ感覚と共に、僕の意識は途切れた――。
「う、うぅん…」重たい瞼を擦り、ゆっくりと身体を起こす。視界に入ったのは見知らぬ天井だった。
周囲を見渡すと、自分が大きなソファに座らされていることに気がついた。目の前には、長身で柔和な雰囲気の男性、
その隣には幼い子供、そして――なんだか喋る布のような、奇妙な生き物がいた。
見覚えのない面々に、困惑が募る。
「っ!、せいめーくん大丈夫!? どこか痛いところはない?」
小さな子共が心配そうに身を乗り出した。しかし、その声は晴明には届かない。
「……?、お兄さんたち、誰やねんですか?」
「え……」
晴明は警戒心を滲ませながら、子供のような、たどたどしい口調で問い返した。
「子供の姿になったあげく、おまけに記憶喪失ですか……」
晴明の様子を見た男性――学園長は、困惑したように言葉を零した。
どうしたものやら…そんなふうに考えていると、小さくなった晴明はすぐ隣にいる彼の服の袖をぎゅっと掴んだ。
「…大丈夫ですよ。私がいますから」
男性は穏やかな声でそう言うと、晴明を安心させるように優しく頭を撫でた。
しかし、その優しさは晴明の混乱を鎮めるには至らなかった。
「ここどこやねんです?…雨は?雨はどこやねんです?」
晴明はあたりをキョロキョロと見回しながら、目に涙を浮かべていた。
恐怖と混乱が入り混じり、声が震えている。雨、つまり双子の兄の姿がないことが、
何よりも晴明を動揺させていた。見知らぬ場所に放り込まれた心細さが、一気に押し寄せる。
その時、男性は顔につけていた翁の面を外し、晴明と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
露わになった顔は、歳の割に若々しく、赤い瞳の中には温かさが宿っている。
「晴明くん。ここは百鬼学園という学校で、私はそこの学園長をしている、蘆屋道満と申します」
彼がそう言うと、晴明の表情はぱあっと明るくなった。
「道満さんのこと、知ってるねんです! よくおうちに遊びに来てた人やねん!」
懐かしそうに目を輝かせる晴明を見て、道満は目元を細めた。
「ふふ、覚えていてくださったんですね」
「……でも、なして晴はここにおるねんです?」
純粋な問いかけに、道満は一瞬言葉を選んだ。
貴方は元々ここの教師をしていて、生徒に変な薬をかけられて子供になった…なんて到底言えない。
そんなことを今の彼に言ってしまえば当然信じるはずもないし、余計に困惑させてしまうだけだろう。
「実は、お母さんに頼まれて、少しの間だけ私が預かることになったんです」
「おかあさんが…」 晴明は不安げに呟き、再び道満の服の袖をぎゅっと掴んだ。
「いつ迎えに来るねんです?」
道満は少し言葉に詰まったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「すぐにですよ。それまで、ここで私と一緒に遊びましょう」
道満は、晴明がパニックを起こさないよう、優しい嘘を並べる。
母親が自分を信頼して預けたのだという事実に、晴明は少し不安げだった表情を和らげた。
「そうなんなんやねんでしたか。どうまんさん…今日はよろしくお願いしますねん」
「はい。よろしくお願いしますね。晴明君」
道満と晴明はニコニコしながらよろしくの握手をし終えると、後ろの2人に他の先生たちに今の晴明君の状況説明と、
元に戻す方法を探して欲しいと告げる。すると2人は急いで学園長室から飛び出ていった。
その間、子供になってしまった晴明と一緒に道満はおしゃべりをしたり、しりとりや道具を使わないことをすることにした。
声も穏やかで紳士的な道満に、晴明はすぐ道満に懐いた。そして、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、
気づけば空は茜色に染まっていた。しかし、その短い一日では、晴明の子供姿をを元に戻す方法や情報は得られなかった。
数日後、晴明は学園長の家で引き取られることになった。
その日も、道満は仕事の合間を縫って、自宅にいる晴明の様子を見に来ていた。
最近では晴明が後をついて回るようになって学園長室でも姿を見るが、やはりまだ目が離せない。
短い休憩時間を利用して、晴明が安全に楽しく過ごしているかを確認するのが、道満の日課になっていた。
道満は学園長としての仕事を一通り終えて、リビングのソファで眠る晴明に声をかけようとした。しかし、
その足が止まる。晴明は大きなソファの端にちょこんと横になり、穏やかな寝顔を見せていた。
規則正しい寝息を立て、小さな口元はわずかに緩んでいる。
「……さすがに起こすのは可哀想ですよね」
道満は静かに呟いた。晴明は最近、
新しい環境で少し疲れていたのかもしれない。今日くらい、ゆっくり休ませてあげたい。
だが、道満は一人でお留守番させるのは不安だった。まだ小さく、新しい環境に慣れていない。
何かあれば、と心配が募る。道満はしばらくソファの前で悩んだが、起こさずに静かに行動することに決めた。
また用事を済ませてすぐ戻ってくれば問題ないだろう。
「晴明君、いい子でお留守番していてくださいね」
学園長はそう言いながら、主人公の頬にかかった髪を優しく払いのけた。
そして、物音を立てないように静かに学園長室に戻っていった。
数十分後――
晴明は窓の開く音と、隙間風でぱたぱたと揺れるカーテンの音に気づき、
目を覚ました。ソファの上で小さく身じろぎをして目を開けると、視界の端に見慣れない人影が映る。
慌ててそちらを見ると、そこには黒いジャージ姿の男がいた。窓枠に足をかけ、
ちょうど部屋に入り込もうとしている途中だった。
男は晴明と目が合うと、「あ」と間抜けな声を出し、固まった。
晴明は状況を瞬時に理解した。記憶はなくても、不審者という概念は理解できる。
恐怖心から、テーブルの上に置いてあった、学園長がくれた防犯ブザーを手に取った。
「うわっ、待って、それ鳴らさないで! 違う、違うから!」
男は焦った様子で両手を振った。
「不審者!」晴明は震える手でブザーのピンを引き抜こうとする。
「だから違うって! 僕は蘭丸! 烏丸蘭丸!あっちゃん…じゃなくて、学園長の友達!」
蘭丸と名乗る男は慌ててそう名乗った。
「友達が、窓から入ってくるわけない!」
「いや、あっちゃ…学園長、いつも玄関に鍵かけるんだもん! それにいつもこうして入ってるし!」
蘭丸は晴明がブザーを鳴らす寸前で押しとどめようと必死になる。
その騒ぎを下の階で聞きつけたのか、ちょうど戻ってきた学園長が玄関からリビングに入ってきた。
手には茶菓子の入った袋を持っている。
「蘭丸さん? 何をしているんですか」道満の声には、明らかに呆れと苛立ちが混じっていた。
蘭丸は道満の姿を見て、ほっとしたように息を吐く。「あっちゃん! ちょうどよかった、この子に不審者扱いされた!」
道満は晴明と蘭丸を見比べ、状況を察したようだ。晴明は道満の姿を見て、ようやく緊張の糸が解けた。
ブザーを握りしめたまま、道満に駆け寄る。
「どうまーさん、このひと、窓からはいってきたやのです!」
道満は怯える晴明を抱き上げ、安心させるように背中を撫でた。「怖かったですね。もう大丈夫です」
道満は蘭丸に向き直り、冷たい視線を浴びせた。
「貴方が非常識な入り方をするからでしょう。それに、窓にも鍵をかけておいたはずですが?」
「えっ、かけてたの? 知らなかった〜。ごめんごめん」
蘭丸は悪びれる様子もなく、ひらひらと手を振る。
そんな様子に道満はため息をつきながら、まだ警戒心が解けていない晴明に、蘭丸を紹介した。
「この人は昔からの知り合いなんです。蘭丸さんは決して褒められた人間ではありませんが、
悪い人では…いや、やはりどうしようもないクズです」
「くずやねんですか?」
「クズって…2人共ひどいなぁ。…というか、その子あっちゃん隠し子? にしてはこの子に見覚えが…」
うーんと唸る蘭丸に道満が「晴明君ですよ」といい蘭丸にチョップをかました。
「イタッ! へぇ〜晴明くんだったんだ。可愛いね〜」
そう言うと、蘭丸はにこやかに手を振る。「晴明くん、よろしくね~」
晴明はまだ警戒心を解いていないが、道満の隣にいることで少し落ち着きを取り戻していた。
「ああ、そうだ…晴明君に茶菓子を持ってきたんでした、おやつの時間ですし一緒に食べましょうか」
「!、食べるねんです!」
「わーい!あっちゃんやさs「貴方のはありませんけどね」」
道満が晴明の前に色んな茶菓子と暖かいお茶を差し出し、にこやかに話しかけていると、
ソファでくつろいでいた蘭丸が口を開いた。
「てか、あっちゃん。今日学園の仕事あったんじゃなかったの?もうそろそろ休憩時間終わるよ?」
その言葉に道満は「う゛ッ」と声を出し、図星を指されたように固まった。道満は慌てて言い訳を始める。
「違う、これは、晴明君の様子を確認するのも重要な仕事です」
しかし蘭丸はニヤニヤしながら、道満の今日の予定表がびっしり埋まっていることを指摘する。
過保護になっていた道満は観念したようにため息をついた。晴明が可愛くてつい長居してしまっていたが、
職務を放棄するわけにはいかない。
「僕がこの子の面倒を見ていてあげるから、あっちゃんは仕事に戻りなよ」
蘭丸はそう言って、晴明の頭をぽん、と撫でた。
道満は蘭丸を見た。昔からの腐れ縁ではあるが、自由奔放でいい加減な性格を道満はよく知っている。
こんな男に晴明君を任せて本当に大丈夫だろうか?と不安がよぎる。
「どうまんさん、晴は大丈夫ねんです!なのでおしごと、がんばってやのです!」
晴明が道満の服の裾を引っ張って応援する。
「そうですか……ありがとうございます、晴明君」
道満は、まだ心配そうな顔をしながらも、仕方なく承諾することにした。
「……いいか、蘭丸。変なことは教えるなよ」
「分かってるって。あっちゃんこそ仕事がんばってね」蘭丸は笑いながら九条を玄関まで見送った。
道満が出ていくと、ガヤガヤしていた部屋は急に静まり返った。晴明はソファに座り、
まだ少し緊張していた。目の前には、さっきまで泥棒だと思っていた男、蘭丸がいる。
正直、窓から入ってきた人と二人きりは不安だった。
蘭丸は特に何もすることもなく、手持ち無沙汰に部屋を見回していた。
その静寂を破ったのは、晴明のお腹から鳴り響いた「ぐぅ〜」という可愛らしい音だった。
「あ、おなかすいたの?」
蘭丸は音のした方を見て、にやりと笑った。晴明の顔は恥ずかしさで赤くなった。
「ちょっとだけのです…」と蚊の鳴くような声で答える。
「よし、じゃあ僕がなんか作ってあげるよ。あっちゃんの冷蔵庫、勝手に使っても怒られないからね(※普通に怒られます)」
蘭丸は立ち上がり、晴明は不安になりながらも蘭丸の後をついていった。蘭丸は手際よく冷蔵庫を開け、
中身を確認し始める。その手つきは驚くほど慣れていた。道満の家にあるシンプルな材料を使い、
あっという間に美味しそうなチャーハンを作り上げた。
「ほい、できたよ。熱いから気をつけて食べてね」
小さな皿に盛られたチャーハンからは、食欲をそそる香りが漂ってくる。晴明はスプーンを受け取り、一口食べてみた。
「……おいしい!」
想像していたよりもはるかに美味しく、プロの料理人が作ったかのようだった。
烏丸蘭丸。彼は意外にも料理上手だったのだ。晴明は蘭丸を見直した。窓から入ってくる不審者ではあったけれど、
悪い人ではないのかもしれない。
食事を終えた後、
蘭丸は晴明の遊び相手にもなってくれた。積み木で一緒に遊んだり、道満の大きな書斎から引っ張り出してきた図鑑を
一緒に眺めたりした。蘭丸は道満とは違って、冗談を言いながら気楽に接してくれるので、晴明もすぐに打ち解けた。
「らんまるさんって、めんどうみがいいやねんですね」
晴明がそう言うと、蘭丸は少し驚いた顔をした後、頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
彼と過ごす時間は楽しく、蘭丸は見た目や行動は少し怪しいけれど、
実はとても面倒見のいい人だと知った晴明は、すっかり彼に懐いてしまったのだった。
「昔から、あっちゃんの世話ばっか焼いてたからねぇ」
蘭丸は少し懐かしそうな、そして悲しそうな表情を浮かべた。その表情は一瞬だったが、晴明はそれを見逃さなかった。
晴明は、何か悲しそうな彼を元気づけたくなった。記憶はなくても、感情的な繋がりを感じたのだろう。
ソファから身を乗り出し、彼の頬に優しく「ちゅっ」とキスをした。
「元気の出るおまじない!」
昔、双子の兄にこれをしたらとても喜んでいた記憶だけが不思議と脳裏にあった。
きっとこの人も元気が出てくれるだろうと思い、そうしたのだ。
蘭丸はその突然の行動に、一瞬固まっていた。
驚きで目を見開いたが、すぐに「ふふ」と柔らかく笑った。
「晴明くんは優しいねぇ。でも――」
その瞬間、蘭丸はあなたの前髪を右手で優しくどけたかと思うと、
お返しと言わんばかりにあなたのおでこにキスをした。
「僕みたいな悪い大人にそんなことしちゃダメだよ」
そう告げると、彼はいつもの少し軽薄そうな、けれど優しい笑顔を晴明に向けた。
蘭丸のその表情を見て、彼の「悪い大人」という言葉が本心ではないことを直感的に理解した。
彼は、やはり優しい人なのだろう。
その瞬間、玄関の扉がガチャっと音を立てて開いた。
学園長が帰ってきたのだ。晴明は「どうまーさん!」と嬉しそうに駆け寄り、
道満に抱きついた。九条は買い物袋を床に置き、優しく晴明を抱き上げる。
「いい子でお留守番できましたか?」
「うん! あのね、あのね!」
晴明は今日の出来事を、身振り手振りを交えながら楽しそうに話し始めた。
「らんまるさんがね、チャーハンをつくってくれたやねん! すごくおいしかったのです!」
道満は「ほう、蘭丸さんが」と少し呆れたように相槌を打つ。そして、
晴明は最も自慢したかった出来事を、満面の笑みで話し始めた。
「そんでね、らんまるさんと一緒に遊んで、ちゅーもしたやねん!」
その言葉を聞いた瞬間、道満の顔からさっきまでの優しい表情が消えた。
「はぁ?」と低い声が漏れる。道満はぴしりと固まり、リビングの方を見た。
蘭丸の姿は、すでにどこにもなかった。窓が少し開いており、そこから逃げたのだろう。
「朱雀……!」道満の額に青筋が浮かぶ。
晴明を腕に抱えたままキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。案の定、
晴明の面倒を見た『お代』として、缶ビールが何本か抜かれていた。
「はぁ~………。チッ……」
道満は深くため息をついた。晴明はそんな九条の様子に気づかず、ニコニコと笑っている。
「あのクソ烏、今度会ったら水ぶっかけてやる」
道満はそう呟きながら、晴明は蘭丸との時間がしばらく頭から離れなかった。
コメント
12件
一花さん!最高です! ショタ晴明くんかわ良すぎます、はわはわ、最高、鼻血が出そうになりましたッ、 神作品です! お忙しい中作品を書いて、みせて頂きありがとうございます! 続き楽しみです!

一花さん久しぶりに更新してた!!✨ そして今回も神、チューされて喜んでる晴明かわいい🩷
もう最高過ぎますっ!!!✨💕 毎度の事ながら道満と朱雀(蘭丸)晴明(ショタ明)の解像度が高すぎます....っ、😭😭一花さんの作品を見ると生きる原動力になります✨✨ありがとうございましたっ(*ˊ˘ˋ*)!!これからも、もちろん見させていただきます〜😆💞