「…絶頂ね…あそこも、ここも濡らして…」
元貴の声が、スタジオの防音ブースから漏れてきた。
マイクを通して響く声は、透明で美しいのに、
その歌詞はあまりにも生々しくて艶美だった。
ガラス越しに見える元貴は、ポップガードに口を近づけすぎるくらいに押し付けて、
唇を濡らして、ねっとりと、いやらしく歌っていた。
(元貴……)
藤澤は無意識に喉を鳴らした。
若井が横で腕を組んで真剣に聴いている。
「…やっぱ表現力やべーな。元貴って。」
「…え?あ、うん。そうだね。」
藤澤は慌てて返事をした。
真剣に見すぎていた自分が恥ずかしかった。
でも目を離せなかった。
サビでは激しく叫ぶように吐き出していたのに、
「絶頂ね…濡らして…」の部分だけは妙に囁くように、
声を絞り出していて――
まるで自分で自分を慰めている時みたいな顔をしていた。
唇が赤く濡れて、瞳がうるんで、眉を寄せて、
欲望を必死に音に変えているみたいで。
(…やば……。)
藤澤は内腿が熱くなるのを感じた。
呼吸がうるさくなりそうで、慌てて鼻から静かに息を吐く。
元貴は、まるで誰かに言い聞かせるように「濡らして」と吐息交じりに歌った。
その声が耳に焼き付く。
(あの顔で、 あの声で「涼ちゃん」って…言ったら…。)
脳裏に元貴の声が直接流れ込むみたいで、
心臓が痛いくらいに鳴った。
⸻
レコーディングが終わる頃には、
藤澤は自分でもおかしいくらい無口になっていた。
若井が「お疲れ」って声をかけても、曖昧に笑って頷くだけ。
元貴はケロッとした顔で「ありがとうな、2人とも!」って手を振って帰った。
その笑顔すらずるかった。
さっきまで自分の欲望を曝け出すように歌ってたくせに。
藤澤はゆっくりスタジオに残った。
スタッフも撤収を始めて、次第に人気が消えた。
やがて、完全に無音になる。
深夜のスタジオ。
薄暗い照明が落ちて、ブースの中だけが明るく見えた。
藤澤は気づくと、そのブースの扉に手をかけていた。
(…元貴がさっきまでいた場所。)
中はまだ元貴の匂いが残ってる気がした。
藤澤はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
さっき元貴が座って、喘ぐように歌った椅子。
「……元貴。」
声が勝手に漏れる。
乾いた喉が痺れた。
目の前のマイク。
その前に立つポップガード。
元貴があのいやらしい声を吐いた時、唇を押し付けていた場所。
そこを指先でなぞった。
「…ここ、当ててたよな。」
細く震えた声が、自分の耳に気持ち悪いほど響く。
でも止められなかった。
(自分でしてるとこ想像して歌ったのかな…。
誰かとしてるとこを思ってたのかな…。
……それが、俺だといいのに。)
喉が詰まって、吐息が荒くなる。
指先が、唇が当たった部分をゆっくり撫でる。
そして我慢できずに、舌を這わせた。
「ん…っ、元貴…。」
舌先が金属の網を濡らす音が微かに響く。
藤澤はぞくっとして腰を震わせた。
無意識に脚を擦り合わせる。
呼吸が荒い。
手が、ゆっくりと下腹部へ伸びた。
軽く触れるだけで、もう硬さが伝わる。
「っ……は、元貴……。」
想像する。
元貴が目の前で歌ってる。
あの表情。
自分で慰めてるみたいな、切なそうな顔。
( 俺の名前を呼んでくれたら…。)
手の動きが止まらない。
布の上から擦るたびに、喉が勝手に声を漏らした。
「はっ……あ…っ、元貴…。」
防音ブース。
誰にも聞こえない。
だから声を抑える必要もなかった。
「元貴……好きだよ、ほんとに……。」
腰が浮く。
指先が震える。
熱い。
吐息がどんどん荒くなる。
「っ……ああ……、元貴……っ、イきたい……。」
涙が滲む。
でも止めない。
もっと想像を濃くする。
『涼ちゃん…俺を濡らして……?』
『あぁ、んっ…奥まで……もっと…っ!』
『…涼ちゃん……もう、イっちゃう……!!』
「…っ、ああ……元貴……元貴……っ!」
指先が自分を擦り上げる。
熱が弾けそうになる。
腰を前後に揺らして、喉を鳴らして喘ぐ。
「っ、あああっ……!」
絶頂が一気に突き上げた。
手の中で熱を吐き出す。
身体が跳ねて、喉が勝手に声を上げる。
「……元貴……っ……ああ……。」
指先に絡みついた白濁を見つめた。
息が荒くて、胸が痛いほど上下する。
涙が一筋、頬を伝った。
藤澤はゆっくり指を伸ばし、ポップガードにその白濁を塗りつけた。
元貴の唇が当たったその場所に、自分の痕を重ねるように。
「……これで、元貴と混ざれるかな……。」
泣きそうな声で笑った。
そしてもう一度、そこにそっと額を押し付けて、 荒い息を吐き続けた。
END
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Loneliness好きだからちょーーーーうれしい(⸝⸝› з ‹⸝⸝)