テラーノベル
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くじら島の夜は、夏でもどこか冷んやりしている。どこか空虚な胸の内とは裏腹に、ほんの少しの肌寒ささえ、今は心地良く感じる。
寝転ぶゴンの横で、キルアは無数の星を遠目に眺めていた。
「俺、キルアといると楽しいよ」
「な、んだよ急に」
不意に、ゴンが声を上げる。静かだった心が波立つ。突然の発言にキルアは少しだけ動揺していた。
たった一言なのに、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる。恥ずかしさと、少しの嬉しさが入り混じって、うまく言葉が返せなかった。
逃げ場を失ったような気まずさが、胸を擽る。ゴンの言葉にキルアは短く返し、僅かに視線を逸らした。
「キルアは俺といて楽しい!?」
「あ?そりゃ…まーな」
「じゃ、これからも一緒にいよう!」
「一緒にいろんな所へ行っていろんなモノを見ようよ」
胸の奥がじわりと熱を帯びて、呼吸さえ浅くなる。胸が一杯になる感覚に、落ち着かなくなる。
同時に、胸の奥がチクリと痛む。
幸せのはずなのに、それが却って胸を締めつけるようで、落ち着きを失ってしまう。
まるで、こぼれそうな感情を両手で必死に隠しているようだった。
静かに満たされていくのに、どこか落ち着かず、足元がふわりと浮いたような感覚に包まれた。
(なんで、こんなに安心するんだよ)
ただの友達。それ以上でも、それ以下でもない。だけど、ふとした瞬間、胸が騒めく。ゴンが笑う度、真っ直ぐ見つめる度、どうしようもなく——
キルアに微かな溜め息が漏れる。そのことに気が付かれていないか不安になったのも束の間、ゴンは気付かずに空を見上げて指差していた。
「キルア!見て!雲が魚みたい!」
その一瞬で、心臓が跳ねる。
息をのむ間もなく、瞳孔が微かに開いていくのがわかった。
振り返るゴンの笑顔に自然と笑みがこぼれる。
空気は澄んでいて、冷たく穏やかな風が頬を撫でる。その無邪気な声がキルアの胸を締めつけた。
(バーカ……何にも気づいてねーんだよ)
実際に言葉にすることはできない。こんな感情は、ゴンには知られたくない。もし愛想を尽かされてしまったらと思うと怖くなった。考えただけで気が狂ってしまいそうだった。
けれど、どれだけ目を背けようとしても、自分の偽りのない気持ちには逃れられない。心の奥底に抱いた感情は、偽ることも、押し殺すこともできなかった。
ただ静かに、紛れもなくそこに在り続けた。
寂しいほど静かな波の音と共に、焚き火が揺ら揺らと揺れるのをぼんやり見つめながら、キルアは一人膝を抱えていた。
一方ゴンは、焚き火の向こう側で無防備に眠っている。横に目をやると、すぐ隣にゴンがいることがたまらなく嬉しいと思った。
それが怖かった。こんなにも心が満たされていると実感した時、失うのが怖くなった。
キルアは時々、その恐怖心に苛まれる。
「……俺さ」
思わず声に出ていた。
「ゴンのこと、友達って思ってる。けどそれだけじゃねー気がして……もう、わけわかんねえよ」
なんて言ったところで、キルアは自分自身がどうしたいのかがわからない。つい、口にしたことに後ろめたさを感じて、顔をうずめる。
宛てもなく、独り言は夜風に消える。届くことなんてない。届いてはいけない。
数日後。人混みの中で、ゴンがぽつりと呟いた。
「好きって、どういうことなんだろう」
「は?…何の話だよ」
キルアが驚いて立ち止まる。一瞬、息を呑む。
「この前、カップルっていう人たちが言ってたんだ。好きだから一緒にいるって……でも俺はキルアと一緒にいるけど、それって好きってことなのかな?」
真っ直ぐな目。疑いのない声。キルアは口を開けかける。
言えない。
胸の奥にある言葉にならない感情が、声を詰まらせる。『好き』の意味が自分とゴンでは違いすぎることを。
「バッカじゃねーの。そんなの、わかるかよ」
「そっか。俺もまだよくわかんないや。でも、キルアといると楽しい。安心する。それで充分だよ!」
「……恥ずい奴。」
そう言ってゴンは相も変わらず太陽みたいな笑顔を浮かべた。その笑顔に、何も返すことができなかった。
何歩か後ろを歩く。この蜃気楼みたいな世界に、二人でいつまでも居たい。
ゴンの後ろ姿を眺めていると、なんとなく世話を焼いてやりたくなる。だからこそ、不安だった。
自分を必要としなくなった時、俺はまだお前の隣にいられる?
ただ、心の奥底でひとつだけ望む。
(ずっとこのままでいい。お前が、気付かないままでいてくれるなら)
そうして交わらない気持ちを胸に秘めたまま、肩を並べた。
——好きって、何なんだよ。
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儚い…🥹