テラーノベル
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くじら島の夜は夏でも少しだけ、冷んやりしている。どこか空虚な胸の内とは裏腹に、夜風が心地良かった。寝転ぶゴンの横でキルアは無数の星を遠目に眺めていた。
「俺、キルアといると楽しいよ」
「な、んだよ急に」
不意に、ゴンが口に出す。その言葉を聞いて、静かだった心が波立つ。キルアは動揺を隠せずにいた。逃げ場を失ったような気まずさが胸を擽る。ゴンの言葉にキルアは短く返し、僅かに視線を逸らした。たった一言なのに、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる。恥ずかしさと嬉しさが入り混じって、うまく言葉を返せなかった。
「キルアは俺といて楽しい!?」
「あ?そりゃ…まーな」
「じゃあ、これからも一緒にいよう!一緒にいろんな所へ行って、いろんなモノを見ようよ。きっと楽しいよ!」
「……そーだな。悪くないな」
嬉しさで頬が緩み、胸の奥がじわりと熱を帯びる。胸が一杯になる慣れない感覚に、気持ちがふらついた。幸せなはずなのに、それが却って、キルアの胸をゆっくりと締めつける。 まるで、溢れそうな感情を両手で必死に隠しているように。静かに満たされていくのに、どこか不安定で、足元がふわりと浮いたような感覚に包まれた。
(俺、なんで…こんなモヤモヤするんだよ)
ただの友達。それ以上でも、それ以下でもない。だけど、ふとした瞬間、胸が騒めく。ゴンが笑う度、真っ直ぐ見つめる度、どうしようもなく——
キルアに微かな溜め息が漏れる。そのことに気付かれていないか不安になったのも束の間、ゴンは気付かず、空を見上げて指差していた。
「キルア!見て!雲が魚みたい!」
「ん」
「見て!あそこ!」
キルアは片眉を吊り上げて、気怠そうな素振りを見せながらも、ゴンの指す方向に目線を向けていた。
「ああ、アレか…あったぜ!ゴン!」
キルアは気持ちを誤魔化すように、なんとなく声のトーンを変えて大袈裟に振る舞う。それを見たゴンが満面の笑みで、でしょ!と言わんばかりの表情でニコッと笑う。その一瞬で、心臓が跳ねる。
月明かりに照らされたゴンの姿を見て、何故か目が眩む。息を呑む間もなく、瞳孔が静かに開いていくのが判った。振り向くゴンの笑顔に自然と笑みが溢れる。まるで、幼い子供みたいにはしゃぐその姿が、キルアの感情を揺さぶった。
(どうせ、何にも気づいてねー癖に)
実際に言葉にすることはしない。 この感情は、ゴンには知られたくない。もし、それを知って愛想を尽かされてしまったら——そう思うと怖かった。知られてしまったら、友達にすら戻ることもできないかもしれない。
だけど、どれだけ目を背けようとしても、その偽りのない気持ちからは逃れられなかった。心の奥底に抱いた感情は、偽ることも、押し殺すこともできなかった。ただ静かに、紛れもなくそこに在り続けた。
空気は澄んでいて、冷たく穏やかな風が頬を撫でる。物寂しいほど静かな波の音と共に、焚き火がユラユラと揺れるのをぼんやり見つめながら、キルアは一人膝を抱えていた。
一方ゴンは、焚き火の向こう側で無防備に眠っている。
(こんなところで寝たら風邪引くっつうの)
横に目をやると、すぐ隣にゴンが居ることが、たまらなく嬉しい。同時に、こんなにも心が満たされている事を実感した時、この先ゴンを失うことに対して懸念を抱いた。キルアは時々、その恐怖心に苛まれる。考えるだけ余計だと思っていても、考えれば考えるほど切ないものだった。
「……俺さ」
思わず、声に出ていた。
「ゴンの事、友達って思ってる。けど、それだけじゃねー気がして……もうわけわかんねえよ」
キルア自身、この感情が一体何なのかよく分からなかった。つい、口を衝いて出てしまったことに後ろめたさを感じて、顔をうずめる。宛てもなく、独り言は夜風に消える。届くことなんてない。きっと届いてはいけない。
数日後。人混みの中で、ゴンがぽつりと呟いた。
「好きって、どういうことなんだろう?」
「いきなり何の話だよ」
これは、ゴンのいつもの探求心みたいなもの。コイツは普段からこんな風にあっけらかんとあれもこれも聞いてくる。ゴンはそういう奴だ。こっちの気は何も知らずに。それも分かっているはずなのに、驚いて立ち止まった。 一瞬、息を呑む。
「えっと……この前、カップルっていう人たちが言ってたんだ。好きだから一緒にいるって……でも、俺はキルアと一緒にいるけど、それって好きってことなのかな?」
純粋な目。疑いのない声。口を開けかける。………言えない。胸の奥にある言葉にならない感情が、声を詰まらせる。”好き”の意味が自分とゴンでは違いすぎることを。意識を取り戻すと、ゴンがこちらに視線を向けて、同じように立ち止まっていた。
けれどもしそうだとしたら、どれだけ嬉しいだろう。ゴンもそれに似た気持ちでいてくれるなら、この切なさは消えてなくなるのだろうか。そうすればきっと、ただの友達ではいられなくなってしまうに間違いない。そのはずなのに。
「馬鹿じゃねーの。そんなの、わかるかよ」
結局、最後に口に出てきたのは冷たく遇らう様な言葉だった。後頭部で両手を組み、背中を向けて歩き出す。興味のない素振りを装って、本当の気持ちには見て見ないフリをした。それを後から追い掛けるようにして、ゴンは続けた。
「そっか。俺もまだよくわかんないや。でも、キルアといると楽しい。安心する。それで充分だよ!」
目を逸らさず、真っ直ぐと見つめる。そう言って、ゴンは相変わらず太陽みたいな笑顔を浮かべた。その笑顔に、何も返すことができなかった。
近すぎず、遠すぎず——心ではいつだってそっと身を引いて歩いた。その距離が、今の二人には丁度良かった。ただ、心の奥底でひとつだけ望む。
(ずっとこのままでいい。お前が、気付かないままでいてくれるなら)
そうして交わらない気持ちを胸に秘めたまま、肩を並べた。
(——好きって、何なんだよ。)
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儚い…🥹