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転校してきた殺し屋君第4章:鎮魂の合唱(コーラス)
第25話:不協和音の二人組
市民ホールで開催される、恒例の合唱コンクール。 クラスメイトたちが緊張した面持ちで出番を待つ中、浩一は舞台袖で一人、虚空を見つめていました。隣に座るはずだった海沼の席は、今日も空いたままです。
「……凪、無理するなよ。お前、まだ傷が……」 黒蜜が小声で気遣いますが、浩一は短く「大丈夫だ」とだけ答えました。黒蜜も藤堂も、あの夜の黒咲の「覚醒」を見て以来、彼の中に眠る底知れない闇を恐れ、同時に案じていました。
やがて、浩一たちのクラスの番が回ってきました。 照明が落ち、スポットライトが指揮台を照らします。 伴奏者がピアノの前に座り、静かに最初の一音を奏でようとした、その時。
客席の最前列に座っていた二人の男が、ゆっくりと立ち上がりました。
「……いいメロディだ。だが、少しばかり『死』の響きが足りないな」
一人は、道化師のような派手なスーツを纏い、指先でジャックナイフを弄ぶ小柄な男。 もう一人は、対照的に無口で、身体中に重厚な防弾キャリアを装備した、熊のような巨漢。
新手の刺客、コンビネーター**『ピエロ』と『アイアン』**。
「ひぃっ……!?」 クラスメイトの一人が、ピエロが放った殺気に気づき、悲鳴を上げました。 「おっと、レディ。静かにしてくれないか? 今から始まるのは、僕たちが指揮する『最終楽章』なんだから」
ピエロが軽やかに跳躍し、ステージの縁に飛び乗ります。 アイアンは無言で客席の扉を破壊し、逃げ道を塞ぎました。
「黒咲雅樹。教頭を殺し、四天王を壊滅させ、挙句の果てに黒鷹までなぶり殺した狂犬。……組織の上層部がお怒りだよ。君というバグを、この晴れ舞台でデバッグしろってね」
会場のあちこちに隠れていた潜伏員たちが一斉に銃を構えます。 生徒たちの悲鳴がホールに反響し、合唱コンクールは一瞬にして修羅場へと変貌しました。
「……黒蜜、藤堂。クラスメイトを避難させろ」 黒咲が制服の袖を捲り、静かに前に出ます。その瞳には、かつての迷いはありません。 「こいつらは、俺がやる」
「あはは! 威勢がいいね! でもね、僕たちは今までの連中とは違うよ。二人の息がぴったり合った『死の二重奏』……耐えられるかな?」
ピエロが空中から無数のナイフをバラ撒き、同時にアイアンが重機関銃を掃射し始めます。 美しい合唱が響くはずだったホールに、乾いた銃声と殺戮の序曲が鳴り響きました。
ステージの照明が激しく明滅し、クラスメイトたちの悲鳴がホールを埋め尽くす。 その喧騒の中で、黒咲一人だけが異様なほど「静か」だった。
「避難しろと言ったはずだ。……見せるなと言ったはずだ」
浩一の低い声が響いた瞬間、周囲の温度が物理的に下がったかのような錯覚を全員が覚えた。黒岩を屠った時の、あの底なしの闇。それが今、平穏なはずの合唱コンクールの舞台上で溢れ出そうとしていた。
「あはは! 何をブツブツ言って……」
ピエロが空中からナイフの雨を降らせる。だが、雅樹は一歩も動かない。 「キィィィィィン!!」 放たれたナイフが黒咲の肌に触れる直前、彼は手に持っていたコンクールの「楽譜」を束ねて叩きつけ、すべての刃を正確に叩き落とした。
「……え?」 ピエロが驚愕で固まった一瞬、の姿が消えた。 「ガ、はっ……!?」
次の瞬間、ピエロはステージの壁面に叩きつけられていた。黒咲がいつの間にか懐に潜り込み、その胸部へ全力の打撃を叩き込んだのだ。佐藤(小曽根)直伝の、臓器を揺さぶる一撃。
「アイアン! 何をしてる、撃て! 早くこいつを撃ち殺せ!!」
巨漢アイアンが重機関銃を向ける。だが、浩一は怯むどころか、逃げ惑う生徒たちの間を縫うように、最短距離でアイアンへと突っ込んでいく。その目は、もはや人間を捉えているのではない。壊すべき「物」を見ている目だ。
「……死ね」
浩一はアイアンが放つ弾丸を、首を僅かに傾けるだけで回避し、彼の巨大な腕に飛びついた。 「ぬおおぉぉっ!?」 アイアンが振り払おうとするが、浩一は竹内(安藤)の関節術を使い、その巨腕を逆方向にねじ曲げる。
パキィィィィン!!
骨が砕ける生々しい音がスピーカーを通してホール中に響き渡り、生徒たちは絶句した。
「凪、やめろ! もう勝負はついた、これ以上は……!」 黒蜜が叫ぶが、浩一の耳には届かない。覚醒した浩一は、アイアンの喉元を掴み、そのまま舞台装置の滑車へ叩きつけた。
「ひ、人じゃない……凪くん、あんなの……」 舞台袖で見守っていたクラスメイトの一人が、震える声で漏らす。 かつての優しかった「凪くん」の面影はどこにもない。そこにあるのは、血を求め、敵を文字通り「解体」していく純粋な暴力の化身だった。
浩一は、転がっていたピエロのナイフを拾い上げた。 逃げようと這いつくばるピエロの背中に、冷酷に一歩ずつ歩み寄る。
「僕たちが指揮する『最終楽章』だったな。……なら、最後は静かに終わらせてやる」
浩一がナイフを振り上げ、トドメを刺そうとしたその瞬間――。 ホールの巨大なパイプオルガンが、一音だけ、重厚な音を奏でた。
「……そこまでよ、浩一。私の可愛い『作品』を壊しすぎないで」
天井のキャットウォークから、漆黒のドレスを纏った女がゆっくりと降りてきた。 組織のリーダー。そして、浩一の日常を壊した全ての黒幕――「マザー」。
彼女の手には、一本の注射器と、海沼玲亜がいつも身につけていたリボンが握られていた。
「過去、だと……?」
浩一の足が止まる。ナイフを握る拳が微かに震え、覚醒した殺意の渦が、マザーの放つ冷徹な「支配」の空気によって一瞬で凍りついた。
マザーは優雅にステージへ降り立ち、倒れ伏すピエロの頭を慈しむように踏みつけながら、浩一を見つめた。 「あなたは自分のことを、天涯孤独の身を組織に拾われた、幸運な孤児だと思っているのでしょう? でも、なぜ組織があなたに『小曽根』や『安藤』といった、伝説の引退者たちをあてがい、英才教育を施したのか……考えたことはない?」
「黙れ……!」 浩一が地を蹴る。最短距離、一撃必殺。 しかし、マザーは避けない。彼女が指先で一枚の古い、焼け焦げた写真を取り出した瞬間、浩一の刃は彼女の喉元数ミリで停止した。
「……っ!?」
写真に写っていたのは、まだ赤ん坊の浩一を抱く、一人の男。 その男の顔には、今の浩一と同じ「掃除屋」の鋭い紋章があった。そしてその隣で微笑む女性は、浩一が夢の中で何度も見た、記憶の断片にいる「母」だった。
「あなたの両親を殺したのは、強盗でも、不慮の事故でもないわ。……組織よ。より正確に言えば、次世代の『完璧な殺し屋』を作るための『苗床』として、優秀なエージェントだったあなたの父親は、組織にその身を、そして家族の命を捧げさせられたの」
マザーの声は、甘い毒のように浩一の脳内に染み渡る。 「あなたは、自分の親を殺した組織のために、親の仇に教えを請い、親の仇のために人を殺してきた。……あなたの存在そのものが、組織が作り上げた最高傑作の『皮肉』なのよ、浩一」
「嘘だ……。嘘だッ!!」 浩一の叫びがホールに響き渡る。 積み上げてきた誇り、復讐の正当性、そして師匠たちへの敬意。その全てが足元から崩れ去っていく。
「あはは! 傑作だね、浩一くん。君が守ろうとした『日常』も、愛した海沼玲亜も、すべてはこの『実験』を完成させるためのスパイスに過ぎなかったんだよ!」 意識を取り戻したピエロが、血反吐を吐きながら嘲笑う。
「……凪、聞くな! その女の言葉に惑わされるな!」 黒蜜が叫び、浩一のもとへ駆け寄ろうとするが、マザーの背後に控えていた新たな黒服たちが一斉に銃を向け、彼らを釘付けにする。
浩一は膝を突いた。 自分は何のために戦ってきたのか。 黒鷹を殺した手。玲亜を抱きしめた手。そのすべてが、親を殺した組織の掌の上で踊らされていたに過ぎない。
「さあ、絶望なさい。そして、その闇を受け入れて私の元へ来なさい、浩一。そうすれば、玲亜を、あなたの望む形でもう一度『再構成』してあげてもいいわよ?」
マザーが手を差し伸べる。 ホールの照明が消え、暗闇の中で浩一の瞳から光が消えていく。
「……ア、アァ……アァ……」
浩一の喉から、声にならない呻きが漏れる。世界が反転し、足元の地面が底なしの沼に変わったような感覚。親の仇を親と呼び、その殺意を磨いてきた。その事実が、浩一の精神を内側から食い破っていく。
「さあ、浩一。私の手を取りなさい。すべてを忘れて、新しい世界を作りましょう?」
マザーが慈愛に満ちた(しかしその実、凍りつくような)笑みを浮かべて手を伸ばす。浩一の指先が、力なくその手に触れようとした、その時だった。
『――よぉ、凪。この動画を見てるってことは、俺はもうお前の隣にはいねぇんだろうな』
ホールの巨大スクリーンに、突如としてノイズ混じりの映像が映し出された。 映っていたのは、地下実験場で死んだはずの安藤(竹内康作)。爆死する直前、彼が密かに学校のサーバーにアップロードしていた遺言だった。
「なっ……何!? すぐに消しなさい!」 マザーが叫ぶが、黒蜜が操作卓を死守し、藤堂が予備電源を確保して映像を止めさせない。
『凪。その女はお前に「親を殺したのは組織だ」と言ったか? ……半分は正解だ。だが、もう半分は嘘だ。お前の親父――俺たちの相棒だったあの男は、組織の非道を知って、お前を連れて逃げようとしたんだ』
映像の中の竹内が、優しく笑う。 『お前の親父は、死の間際まで俺に言ってたよ。「浩一には、人として生きてほしい。誰かを守るために、その力を使ってほしい」とな。凪、お前は苗床なんかじゃない。親父の、そして俺たちの希望なんだよ』
さらに映像が切り替わり、音声だけのファイルが再生される。それは教頭の隠し持っていた極秘音声データ。 「マザー……黒咲浩一の父親を消せなかったのは、私の不徳の致すところです。彼は最後まで、息子の自由を叫んで死にました……」
マザーの嘘が、白日の下に晒された。 組織が浩一を拾ったのは、彼を完璧にするためではない。父が遺した「自由への意志」が組織にとって脅威であり、それを殺意で塗りつぶし、完全に管理下に置くためだったのだ。
「……竹内さん」
浩一の瞳に、再び光が戻る。それは冷たい殺意ではなく、熱い「怒り」の光だった。 自分の過去は、絶望の種ではなかった。父が命懸けで守ろうとした「自由」の証だったのだ。
「マザー。……あんたの言葉は、もう一言も届かない」
浩一が立ち上がる。その背後には、彼を信じて戦い続ける黒蜜と藤堂の姿があった。 伝説の引退者たちが遺したのは、暗殺術だけではない。一人の人間として生きるための、魂の灯火だった。
「お前たちが俺をどう呼ぼうと構わない。……俺は、父さんが守りたかった俺自身として、あんたを『掃除』する」
浩一が氷河の小刀を抜き放つ。その刃は、もはや復讐のためではなく、未来を切り拓くための「希望」として輝いていた。
「……最後まで聞き分けのない子ね」
マザーの慈愛の仮面が剥がれ落ち、そこには組織を統べる冷徹な独裁者の顔が現れた。 彼女が懐のスイッチを押し、ステージの床を強く踏み鳴らす。
「いいわ。最高傑作の『凪浩一』が手に入らないなら、代わりの『人形』でこの場を埋め尽くすまでよ」
ホールの奈落がせり上がり、無数のカプセルが姿を現した。 蒸気が吹き出し、扉が開く。そこから現れたのは、かつての海沼玲亜と同じ顔、同じ髪、同じ体躯を持った、感情を排したクローン軍団だった。
「玲亜……!?」 藤堂が息を呑む。数にして二十以上。すべてが最新の強化薬と戦闘プログラムを施され、機械的な瞳で浩一たちを見据えている。
「これこそが組織の真の到達点。個人の感情などという不確定要素を排除した、完璧な軍団。……さあ、愛した人の顔に、その刃を立てられるかしら?」
マザーの嘲笑と共に、クローン軍団が一斉に地を蹴った。 彼女たちは玲亜の持つ「変幻自在の五人格」の動きを、さらに洗練されたデータとして共有している。一人一人が、あの夜の玲亜を凌駕する戦闘能力。
「凪、下がるな! こいつらは海沼じゃねぇ、ただの肉塊だ!」 黒蜜が強化外骨格の出力を限界まで高め、クローンの一体を殴り飛ばす。 「分かってる! ……こいつらを解放するのが、俺の務めだ!」
浩一は氷河の小刀を逆手に取り、押し寄せる「玲亜の影」の中に飛び込んだ。 かつて愛した少女の顔が、無機質な殺意を持って迫る。だが、浩一に迷いはなかった。竹内から教わった「意志」が、彼の腕を導く。
一閃。 浩一はクローンたちの急所――脳に埋め込まれた制御チップのみを、正確に切り裂いていく。
「マザー! あんたが踏みにじったのは、彼女の命だけじゃない。その『顔』さえも道具にするあんたを……俺は絶対に許さない!」
浩一、黒蜜、藤堂。 三人は背中を合わせ、押し寄せるクローンと組織の精鋭兵を迎え撃つ。 合唱コンクールのステージは、今や「組織」という巨大な悪意を解体するための、血塗られた祭壇へと変わっていた。
乱戦の中、浩一の視線が、高みから高みの見物を決め込むマザーを捉えた。 クローンの包囲網を突破する一瞬の隙。浩一は佐藤(小曽根)直伝の爆発的な脚力で、観客席の椅子を足場に、マザーのいる貴賓席へと跳躍した。
「終わりだ、マザー!!」
浩一の小刀が、マザーの喉元へ肉薄する。 だが、マザーは不敵に微笑んだ。彼女の背後から、さらに巨大な、そして不気味な気配が立ち昇る。
「……フフ、やはりあなたは面白い。最高傑作に相応しい執念だわ」
マザーは浩一の小刀が喉元に届く寸前、手に持っていた特注の大型注射器を、自らの頚動脈へと迷いなく突き立てた。
「だが、人間には限界がある。組織が求めた真の到達点は、精神も肉体も超越した『神』の領域なのよ!」
ドクン、という不気味な鼓動がホール中に響き渡る。 マザーの白い肌に黒い血管が浮き上がり、背中の筋肉が裂けて、昆虫の翅か鋭利な刃のような異形の触手が突き出した。 彼女の瞳は黄金色に輝き、人間離れした咆哮が、合唱コンクールの会場を震撼させる。
「アアァァァァァァッ!!」
異形化・マザー。 それは組織が数十年の歳月をかけて完成させた、究極の強化薬『オリジン』の完成体だった。
「凪、危ねぇ!!」 黒蜜が叫ぶ。 マザーから放たれた触手の一振りが、特製の防弾キャリアを装備したアイアンの巨体すら一瞬で両断し、背後の壁まで粉砕した。
「速い……ッ!!」 浩一は空中での回避を余儀なくされる。マザーの動きはもはや佐藤のボクシングや竹内の体術を超越した、生物学的な暴力の塊だった。
「どうしたの? 私の可愛い作品。あなたの両親が守りたかったのは、こんな無力な命なの?」
マザーの触手が、浩一の四肢を絡め取り、宙に吊り上げる。 ギリギリと締め上げられる音。浩一の肋骨が悲鳴を上げ、視界が赤く染まっていく。
「凪!!」 藤堂が紅い刀を振るい、マザーの背後を狙う。だが、マザーは振り返りもせず、別の触手で藤堂の刀を掴み、そのまま彼女を舞台の奈落へと投げ飛ばした。
絶体絶命。 浩一は薄れゆく意識の中で、マザーの醜悪な姿を見つめていた。
(違う……。父さんが守りたかったのは、こんな化け物の力じゃない)
その時、浩一の脳裏に、氷河が最期に遺した言葉が響いた。 『君は、私と同じ過ちを繰り返すな』
浩一は、触手に締め上げられたまま、右手に隠し持っていた氷河の小刀を、自らの「左手」ごとマザーの胸中央へと突き立てた。
「……何、を……!?」 「あんたは……完璧じゃない。一人じゃ何も生み出せない……ただの空っぽな化物だ!」
浩一は自らの血を潤滑剤にし、触手の拘束から強引に腕を引き抜いた。肉が削げ、骨が軋む音。だが、その痛みが浩一の精神を極限まで研ぎ澄ます。
「小曽根先生の拳! 安藤さんの眼! 氷河さんの冷気! ……そして、父さんの遺した俺の命だ!!」
浩一の全身から、これまでにない青白い殺気が立ち昇る。 それは、これまで吸収してきた全ての伝説たちの技術を、一つの点――「マザーの核」へと収束させた、究極の暗殺術。
「極・葬送……終曲(ラスト・レクイエム)!!」
浩一の小刀が、マザーの心臓に埋め込まれた強化薬の「核」を、音もなく貫いた。
「……あ、あ、ああああああああ!!」
マザーの体から光が溢れ出し、異形の肉体が内側から崩壊を始める。 組織を統べてきた絶対的な「支配」が、一人の少年の、傷だらけの意志によって打ち砕かれた瞬間だった。
(つづく)
コメント
1件
最後まで駆け抜けるような怒涛の展開でしたね。合唱コンクールの舞台が一瞬で修羅場に変わる導入にまず心を掴まれました。特に、浩一が過去の真実に打ちのめされながらも、父や竹内さんたちの遺した“意志”で立ち直る場面が本当に美しかった。マザーの異形化も衝撃的でしたが、それ以上に「希望」の刃を振るう浩一の姿に胸が熱くなりました。続きが待ち遠しいです🔥