【qn】『or』
視界がぼやけて前がよく見えない、まるで暗闇にいるみたいだ。
うっすらと蘇る不快な記憶から、泣き叫びたくなる程の怒りや不快感が沸き上がる。
暗闇で1人叫んでいると、誰かが抱き締めてくれた。
暗闇で顔も見えないけれど、なんとなくそれがおらふくんなのかもと思っている自分がいた。
『おんりー、もう大丈夫やからな…』
おらふくんの声がやけにリアルで、ぼやけた視界を直すために瞼を擦ると、すぐそこにおらふくんがいた。
さっきまでの記憶は多分夢で、僕は今、おらふくんにお姫様抱っこされている。
『おはよう、よう眠ってたね』と優しく言うおらふくんはニコリと口角を上げているにも関わらず、細めた目には光がなかった。
【おらふくん、何かあったの…?】
『…』
おらふくんは僕の言葉に同様したのか、貼り付けられたような笑顔を崩して目を見開いたかと思えば、俺から目をそらして少し黙り込んだ。
僕を抱えながらだんまりを続けるおらふくんはボソッと何か言ったみたいだったけれど、はっきりとは聞き取れなかった。
しばらく歩き続けると、見覚えのある景色が広がった。
薄暗い横路から広い道に出て、満月の光に照らされる。
【おらふくん、僕もう歩けr】
『ダメ、おらんくなるやろ』
僕の言葉を遮りながらそういうおらふくんの手は力が増して、絶対に離さないと言っているようだった。
言われたことも図星だった。絶対にいなくならないなんて、破るつもりがなくても今回みたいなことがあるかもしれないから。
でも、
【じゃあ、ひとりにしないで…】
『っ!!』
【おらふくん以外なんて興味ない、だから___】
ギュッ!!
『そんなの言われんでもそうする!!せやからおんりーも俺から離れんといて…?俺、次こんなこと起きたら何しでかすかわかれへん…!』
僕を震えながらも強く抱き締めてそういうおらふくんを見ると、本当に大切にされているんだと実感し、それと同時に二度とこんな心配をかけたくないとも思った。
『…おんりー』
【…?】
『さっき何かあったって聞いたやん』
【うん】
『…おんりーの人格がかわっとったんよ』
【…えっ…?】
おらふくんの言葉を聞いた時、全身から血の気が引いた。
忘れていた、忘れたかった記憶が、鮮明に蘇ってくる。
見られた?あの恐ろしい自分を?
人の命を簡単に奪ってしまうあの姿を?
【……の…?】
『えっ?』
【見たの!!?】
嫌だ、嫌われたくない、一人になりたくない、一人じゃ生きて行けない。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!
過呼吸になって視界も霞んでくる。
また、あの恐ろしい人格になってしまう。
『…おんりー、安心せぇ』
もう駄目だと思った瞬間、おらふくんに抱きしめられ、そっと囁かれる。
抱きしめる力が緩んで捨てられると思ったが、おらふくんは僕の目をじっと見て言った。
『俺はどこにも行かんし、おんりーを捨てる気なんてさらさらないで』
あぁ、なんで忘れてしまうんだろう。
こんなにもお互いに愛し合っているというのに、僕はどうしてこうも信じられないのだろう。
僕が苦しい時や悲しい時、誰よりも一番ほしい言葉をくれるおらふくんに何度救われたか。
いや、それを分かっているからこそ、僕は失うのが怖いんだ。
いくら優しい言葉をかけられても、どれだけ愛されても、僕の不安は大きくなるばかり。
【ごめん…僕、おらふくんに知られるのが怖くて…】
『分かっとるよ』
【…めんどくさいよね、勝手に心配になって自暴自棄になる彼女とか…】
『…おんりー、なんか勘違いしとらん?』
【えっ?】
『さっきおんりーを捨てる気なんてないって言ったけど、俺はもうおんりーなしじゃ生きていけんくなっとるんよ?そんな俺が自ら手放すと思う?俺はおんりーのすぐに心配になっちゃうところもツンデレなところも全部好きでたまらなくて、いっそのこと俺にしか分からない所に閉じ込めて二人だけで一生を終えてしまいたい程おんりーを愛しとるんよ…?』
おらふくんの言葉には独占欲の塊のようなものがあって、たまに学校でも漏れている時があった。
でも今はそんなのの比にならないほど大きくて、僕を捕らえて離さないと言っている。
ここまで言わせて気づかない程、僕は疎くない。
【…うん、勘違いしてた】
【おらふくんがいつも優しくしてくれてたのも、ずっと我慢してたんだね】
でも、だからこそ気づかないふりをする。
【僕も、おらふくんだけを愛してるよ】
おらふくんの愛が重いのも知った上で、煽るようなことを言うのがやめられない。
だって、それだけ愛されているのだと重い知らされるから。
愛していると言われるだけじゃ物足りない。
もっと、僕にだけ教えてくれるおらふくんの姿を見せほしい。
これじゃあ、どっちが重いのか分からないや。
ーor sideー
【見たの!!?】
おんりーの恐怖に埋もれた感情の中に、別の感情が渦巻いていくのが分かる。
また、もう一人のおんりーが表に出てくる。
本人すら自覚できていないおんりーの人格は、俺だけが知っている特権でもある。
今は多分、俺に嫌われるかもしれないというおんりーの感情が大きくなってできた人格だ。
この状態だと、ちょっとやそっとのことじゃ元の人格に戻れない。
だから俺は、おんりーが望む言葉を言う。
できるだけおんりーが欲しそうな優しい飴のような言葉を。
『俺はどこにも行かんし、おんりーを捨てる気なんてさらさらないで』
思った通り、おんりーの発作は落ち着いた。
ただ、毎回この人格が落ち着くと現れる人格がある。
おんりーの素の人格に最も似ている、愛されたい欲が大きい人格だ。
この人格は俺の愛が重いことを知った上で俺を煽るようなことを言う。
でも、一つ欠点がある。
本人は気づいていないだろうけれど、それが思っている俺とおんりーが偽りだということ。
なぜなら俺は、本物のおんりーにしか見せない秘密があり、おんりーにも秘密があるから。
そしてそれは、俺とおんりーしか知らないルールで縛られている。
次の日、柔らかい日差しに照らされて目を覚ます。
『おはよう、おんりー』
【おはよう、おらふくん】
『昨日は凄かったね』
【うん、遊びたい放題された…】
『そんなに口膨らませんくれもいいやんw』
【だってorがルール守ったか心配だったんだもん!】
『大丈夫やってwちゃんとqnとのルールは守っとるよ』
【分かってる、”満月の日”には人格が暴走するからお互いに合わせるルールでしょ?】
【でもその時の記憶ないから確信が無いだけ、信頼してるよ、or】
『僕も信頼してるよ、qn』






