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・ 青紫 / clnn
・ 派生 ( Monopolys × N.A.)
【第1章 沈殿した僕を差したのは】
今から数ヶ月ほどの前の話だ。梅雨の季節、白い砂浜に、僕の泥だらけの靴と、ぼろぼろになった靴下を置き去りにして、青い海に足を踏み入れた。冷たくて気持ちいい海水は、傷ついた僕の心を癒してくれた。
人は誰だって傷つく。どれだけメンタルが強くたって、どれだけ純情ぶっていたって。心の底では泣いている。僕にはそれが分かるのだ。なんとなく。ではなく、明確に。
この能力が原因で、僕は虐められてる。
「っふ…ひぐ……っ」
酷い、酷いよ。
僕だって、君たちと同じ人間なのに。
君たちとは少しだけ違うだけなのに。
僕が泣いて傷つくと、潮風に色素が奪われていく。あぁ、また色が消えていく。僕から色素が奪われていく。
僕に限らず、能力持ちの人間は、それぞれ得られるものと奪われるものがある。僕の場合、得られるものは傷ついた心を視る能力。反対に、奪われるものは色素。色素が全て僕の身体から抜けてしまえば、いずれ僕は死ぬ。僕の命は至って容易いのだ。
けれど、奪われる時には条件があり、それは僕が傷ついたら。そして、僕は傷ついて色素を失うが、色素を取り戻す方法がある。それは_Monopolys。日本語訳は独占。つまり、とある人物を己の手で独占しなければ、僕の色素は取り戻せない。
…そのとある人物。というのは、自力で見つけ出さなければならない。この世に何億といる人の中から、自分で。しかもヒントがあるのだが、それが『自分が運命だと感じた人』という、なんともロマンチストで絶妙な難題。
「…もういっそ、死んじゃった方が早いんじゃないかな……」
目の前には浅く波打つ海、死ぬにはうってつけの場所かもしれない。
僕は奥へ奥へと足を進めた。ラインの先を越え、僕の視野で陸が見えなくなってきたところで瞳を閉じ、深海へと堕ちていった。
(…海って、こんなに静かなんだ……)
耳には波を打つ水の音がこだまし、段々息ができなくなっていく。どんどん苦しくなって、とうとう僕の中で死を感じた。それが、堪らなく嬉しく感じた。
あぁ、僕。ようやく死ねるんだ。
口の中に残った最後の酸素を吐き捨て、暗闇のさなかに閉じこもった。
「……げほっ、ごほっ…!!」
目覚めたら、そこは陸だった。しかも病院ではなく、ちらほら花が咲いている芝生の上。
もしかして、今までのことは全て夢だったのか?
一瞬そう思ったが、口の中は海水特有のしょっぱさが残っているし、全身濡れている。確かに海に沈んだ記憶はあるのだ。
「けほっ…な、んで……?」
辺りを見渡して見るが、助けてくれたと思われる人は居ない。
もしかしたら、波に打たれて陸に着いてしまったのかもしれないが、目の前に海は見えない。
「…もしかして、死後の世界……?」
「んな訳ねぇだろ」
ふと思ったことを口に出してみると、自分以外の声が聞こえて挙動する。驚いて再び周りを見るが、やっぱり人影は見当たらない。
幻聴か?
いや、だったら知っている声が聞こえるはずだ。この声は記憶にない。
「上見ろよ」
「上…?」
声の通りに真上を見上げると、そこには紫陽花のような紫色の髪を靡かせ、アメジストのように綺麗な瞳でこちらを見つめている、アゲハ蝶のような羽根を背中に付け、僕の真上を飛ぶ細身の男の人がいた。
「っと、飛んでる……!?」
「そりゃそういう能力だもん。お前だって色薄いじゃん」
あぁ、なるほど。そういう能力なのか。
単純かもしれないが、そう言われると『そういうものか』と納得してしまう。能力持ちの人間であることは確かだし、この人の心が嘘を吐いたときの鼓動をしていないから、これは事実だと認識しても大丈夫だろう。
「えっと…それはそうと、なんで僕はここに……?」
ふよよ〜。と、空中を自由に浮遊する彼を目で追いながらそう質問する。彼は、手に持っている花を見つめながら
「んー?」
と曖昧に返事をする。話を聞いているのかは知らないが、恐らく僕を助けたのは彼ということは間違いないだろう。
「空飛びながら散歩してたら、急に海に潜り込むお前の姿が見えてさ。中々浮き上がって来なくて心配になって潜ったら死にかけてたから、慈悲の心で救っただけ。別に感謝しなくていーよ」
「……そっか」
別に、そんな心なんていらなかった。僕はただ、この気持ち悪い身体とおサラバしたくて、いっそ水死体にでもなってやろう。と、自ら海に沈んでいったのに。
なんて、そんなこと言えなかった。本当に事故で沈んでいったのなら、彼は命の恩人として扱うべき存在だ。感謝の言葉はいらない。とは言っていたけれど、逆に
「そんなの迷惑」
なんて言うのもおかしい。
僕、最低だ。
そう思うと、また身体から色素が消えてゆく。僕の色素は蒸気となり、空へ舞って消えていった。その様子をただのほほーん。と眺めていると、さっきまでは何の興味もなさそうな顔をしていた彼が、途端に顔を顰めた。
「なに平然と見てんだよ?取り返しにいかなきゃ、お前は_!!」
そんな顔、するんだ。
初対面の人に向かって思うのも何だが、さっきまでの彼の顔からは想像も出来ない顰めっ面をしていたので、少し以外だと思った。
でもいい、どうでもいい。
僕はどうせあと数ヶ月で死ぬ。この色素も、あとどのくらい持つかわからないし、取りに行くったって、もう消えたものだし、取ったところで再び自分に色を戻せるわけでもない。運命の人を見つけない限り、僕に色素は戻ってやこないのだ。
「ほっといていいよ。もう消えちゃったし、それに…僕の身体に色素を戻すには、運命の人が必要なんだ」
「運命の人…?」
「そう。僕の手で捕まえないといけないんだ 」
色素が消えていった方向を眺める。
もう分かるんだ。きっと運命の人なんて見つけられず、そのまま僕はこの世から消えてしまうんだと。まるで、僕から抜けていく色素のように。
「…おれじゃ代わりになれないし、役にも立たないけどさ」
彼は僕の目の前に降り、一点に僕の瞳を見つめる。その瞳は、やっぱり宝石のように綺麗で、今にも消えてしまいそうな儚さを持っていた。けれど強い意志をその眼差しから感じた。
すると、彼は僕の頬を両手で優しく包み込み、先程の強気な口調からは考えられないほど、優しい笑顔でこう言った。
「傷ついたら、おれのとこおいで。話くらいなら聞いてあげるよ」
その瞬間、胸がとんでもないほどに揺れた。バクバクしていて、少し心臓が苦しくなる。けれど心地は良くて、少し困惑した。
(なんだ、これ…)
なんでドキドキしたんだろう。
なんでこんなに彼から目が離せないんだろう。
「ありがとう、ございます…で、でも何処に行けば……っ?」
「…大丈夫。すぐ逢えるから」
「え?」
そんな確信のない曖昧な返事を返すと、彼は薄紫色の羽を広げ、また飛んで行った。僕には空を飛べる能力はなかったので、ただ彼の後ろ姿を、見えなくなるまで目で追いかけた。
「……それより、」
僕はどうして、さっきあんな風になってしまったのだろう。初めて彼に会ったときは、そんなことなかったのに。これはもしかして、感じたことの無い『傷み』なのか?
_いや、だとしたら、僕の色素は失われていくはずだ。なのに、今は消えていない。けれど、『傷み』は確かにあるのだ。
心が異常なほどに鼓動するし、息苦しくだってなる。でも、どこか心地よくて、熱でも出したのかと思うほど、顔が暑くなっているのを感じたんだ。
「……本当に、また逢える…かな……?」
次逢ったら分かるかもしれない。もしかしたら僕の勘違いかもしれないし、また同じ状態になったのなら、僕の身体が異状態になっているのかもしれないから、また病院に行かなくてはならないのだ
「……」
そういえば、務めている医者が、僕の能力に対して言っていたことがもうひとつあったことを思い出す。
能力を持った人間は、定期的に専門の病院へ行かなくてはならない。因みに、病院は嫌いでは無いが、特別好きでもない。可愛い女の看護師なんていないし、待ち時間は暇だし、僕たちの能力はそれぞれ別のものだから、一人一人の診察にかなり時間が掛かるのだ。丁寧なのは有難いことだが、もう少し時間を短縮した方がいいと思う
「お次の方どうぞー」
「はーい」
低いおじさん声に呼ばれ、ようやく中に入る。医者は辞書並みに分厚い本を開きながら、僕の心音、脈、口内を見て、メモを書く。何が書かれているかなんて興味ないから詳しくは知らないけど、多分問題ないだろう。これでも心臓は動くし、脈は正確だ。体は明らかに異常だが、まずはそこの確認が大切なんだそう。
「因みにころんくん、運命の人は見つけられそうですか?」
運命の人っていったって、僕にもよく分からない。ただ好きなだけじゃ運命とは言いきれないし、ただ大切なだけじゃ好きとも言えない。静かに首を横に振ると、お医者さんはうーん。と、顎をかく。
そんな反応されましても。そっちの説明が曖昧だから、僕だって運命だのが分からない。今まで生きてきて一度も、女の子を可愛いと思ったことはあるけど、恋愛対象として見た事は一度もなかった。あるとしても、僕の記憶には存在しなかった。
「じゃあ、特別だって思う存在はいますか? 」
特別だと思う存在。人間となれば、家族だけ。けれど、昔に特別だと思っていた存在は確かにいたから、それには頷いた。
「その存在は、自分にとってどういう印象をもたらしましたか?」
まるでMBPI診断くらい複雑な質問だ。印象をもたらした。といえば小難しく思うが、簡潔に分かりやすく言えば、『僕自身にどのような影響を与えたか』ということになるだろう。
例えば仮にその存在が『花』だとしよう。その花はひっそりと咲くすみれ荘のようなものなのか、はたまた太陽の日を堂々と浴びている向日葵のようなものなのか。花によっては印象が変わるだろう。
すみれ荘のように、ひっそり小さく生きるものであれば、自分と似て異なるような存在で勇気を貰えた。だったり、向日葵のように、堂々と生きる大きなものであれば、自分とは全く異なるが、偉大で羨ましい存在。だったり。つまりはそんな感じだ。
「…とても愛らしく、でも僕に勇気と元気を与えてくれた、一本の心の支えでした。」
まだ僕が小学校に上がりたてくらいの頃だっただろうか。その頃から僕は虐められていた。理由は今と同じ、僕が『異常』だからだ。
「気持ち悪い」「死んでるみたい」「存在感ない」。そんな心無い言葉を毎日のように浴びさせられながら、皮肉な日々を過ごしていた。
ある日、下校中に見つけた小さく汚れた犬を見つけた。その犬は怯えていて、僕を見るなり警戒し、「ゔー…」と唸っていた。そんな子犬を見て確信した。
この犬は僕と同じなんだ。と。
僕は優しく子犬を撫で、大丈夫だよ。と何度も声を掛けると、段々心を開いていったのか、自ら僕に近づいてきて、頬っぺをぺろぺろと舐められた。
家に連れて帰れば、初めは親も反対したが、僕があまりにも執拗く強請るものだから、その熱に負けて、飼ってもいい。との許可を得た。そこから数十年間、僕らは共に過ごした。
学校が辛くても、いつも帰ったら慰めてくれた。僕がどんどん消えかけていっても、僕を見失うことなんてなく、ずっとつぶらな瞳で僕を追いかけてきてくれた。その子犬を、僕は『たぴちゃん』と名付けた。タピオカのように丸くて可愛らしいその瞳からそう決めたのだが、今思えばあまりセンスのいい名前じゃなかったと思う。でも、たぴちゃんはその名前を気に入ってくれたのか、僕がたぴちゃんたぴちゃん。と呼ぶと、嬉しそうに尻尾を振り、僕の足に飛びついてきた。
そんな愛らしい犬は、今は僕を置いて天国へ旅立っていってしまった。
「それじゃあきっと、運命の人もそんな存在なんだよ」
何を言っているんだ。僕は頭の中でピキ。と怒りの音が響いた。たぴちゃんの代わりなんて他にいない、たぴちゃんは僕の、大事な家族だったんだ。そんな存在、他にいるわけがない。そう思い込んでいたから。
(適当言ってんじゃねぇぞ)
医者は研究を重ねて、僕たちの症状を理解してはいるが、僕たちの気持ちは分からない。人から避けられたことなんてないくせに、勝手にわかった気になっている。そんな医者が大嫌いだった。
(そういえば僕、そんなことも言ったっけ)
あの頃は本当にそう思っていた。一般人が僕ら能力持ちの人間の気持ちなんて分かるはずもない。それは思い込みでもあり、けれど紛れもない事実だった。
「愛らしい。でも勇気と元気を与えてくれる…僕の、心の支え。」
そんな存在は、今は亡きたぴちゃんだけだった。いや、正確には今もそうかもしれない。あの愛らしいフォルム。僕を見つめる瞳。その姿は一瞬だけ人間の形になったが、誰かは分からなかった。
『傷ついたら、おれのとこおいで。話くらいなら聞いてあげるよ。』
不思議な人だった。能天気だったり、お人好しだったり、優しかったり。そんな彼のことを考えると、また心臓がドキン。と、大きく揺れた。心の奥から熱が込み上げるのが感じられる。
その感情をたぴちゃんがいた頃の時に当て嵌めてみるが、どうもピッタリは当てはまらなかった。
「…顔、あつ……」
暑くなった顔に手を当てる。けれど、その手も暑かったから、なんの意味もない。一向に覚めそうにない顔を塩っぱい海水で濡らし、波の音で心を落ち着かせた。
「そういえば…名前、聞いてなかったな」
また逢えるときがいつかはわからないが、あの人が言うに、
「またすぐ逢える」
と、断言しているようにみえた。そんな証拠や根拠、どこにもないのに、どうして彼はあんな真っ直ぐな瞳で、本心で。そう言えるのだろう。
(…もしかして、翅が生える以外に何かメリットかデメリットがあったり……?)
確信したことは言えないが、そうだとすれば、いくつか候補があげられる。予知能力が使える。けれど代わりに翅に深刻な傷を受けるとか。反対にデメリットとすれば、翅を与えられるけれど、出会った人の生死までをハッキリ見てしまうとか。僕が考えられるのはそのくらいしかない。
「…ま、あんまり他人に干渉するのも良くないよね」
いくら能力持ちの同士とはいえ、同じ能力を持った人間じゃないから、全てが共感できる訳ではない。だから、無駄に干渉してしまうと、無駄に他人を傷つけてしまったり、触れてほしくないことに触れてしまったりと、余計にストレスを負ってしまうだろう。
僕だって、そういうのは嫌いだ。だから、一旦気にしないことにした。海の向こう側に飛んで行った彼の方角に、輝かしく海に沈む夕日があった。もうそろそろ暗くなる、帰ろう。と、僕は海を後にした
家に帰っても、数分しか会っていない彼のことが忘れられなかった。
淡く深く咲く紫陽花のような髪が風に揺らめいている姿、アメジストのように、純粋で濃く輝く瞳が、僕の姿を必死に追う姿、低いけど、優しくて落ち着く声が、僕の傷だらけの心を癒してくれた。でも、それからは別の『傷み』を受け、貴方の姿が頭から離れなくなった。
こんな気持ちになったのは初めてだ。この感情は、たぴちゃんではきっと感じなかった。何かもっと別で、少し近しいような感情。バクバク。と、おかしいほどに心臓が飛び上がっている。顔に、身体中に熱が溜まっていく。
「おかえりころーん…って、貴方また色消えた?というか、顔赤くない?熱でもあるんじゃないの?」
「熱…?」
あぁ、そうか。確かに、さっき死のうとして海底に堕ちたから、そのせいで熱が出ただけかもしれない。
そうなんだ、多分。いや、きっと。
「今日ご飯いらない」
「え、今日はころんの大好きなハンバーグにしたのに…」
「やっぱいる」
さっさとお風呂に入って寝ようと思ったが、やはり食欲には抗えず、結局ご飯を食べてからお風呂に入ることになった。熱があるならもっと体にいいものを食べろよ。とは僕でも思うが、ハンバーグは好きなんだ。寿命も近いし、好きなものを食べさせてくれ。
浴場に入り、身体を洗って肩までお風呂に浸かる。温まる、冷たい海底とは違い、お風呂は安心感がある。でも、それでも僕が海を好きな理由は、多分、自分の髪の色を思い出したいからだと思う。
今も認知出来ないほどではないが、髪の毛は微かに青がかかっている。けれど、まだこの能力が発揮していなかった頃の髪型を、僕は知らない。ママが言うには海みたいに綺麗な青色だった。とのことだ。だから、少しでもその頃に浸りたくて、夏だろうが冬だろうが海に行くようになった。理由は至って単純だ。
「…若干透明になりかけてるとこもあるなー……」
一応触れることは出来るが、そこには全くの感触がない。試しに軽く叩いてみるが、全く痛みもないし、なんなら『本当に当たったのか』すらよく分からない。
「これ、本当にあと数ヶ月持つのかな」
自分でぽそ。と呟いた事だったが、それでも少し傷ついた。また僕から色が失われていく。それが怖くて、僕は思わず涙を流した。
「っふ…ぁ゙…あ゙ぁっ…ひぐっ……」
そのとき、初めて自覚した。僕は死にたかったんじゃない。もう少し、生きたかったのだ。と。
「ぁ゙いたい…っ、あぃ゙たいよぉ゙っっ…!!」
無意識に出たその言葉は、自分でも驚いた。なんで、彼を求めたのだろう。その答えは、冷静になって気がついた。
海底から僕を救いあげてくれた。僕の天使のような存在であり、命の恩人となった彼。そんな彼だからこそ思ったのかもしれない。
彼ならまた、辛い想いを抱えている僕のことを助けてくれるだろう。あのときのように、また美しい蝶の翅を広げて、暖かくて優しくその手で包み込んでくれるのだろう。と。
断言は出来ない。本当にまた、僕を救ってくれるのかだなんて。ただの憶測に過ぎない。けれど、どこか確信していた。彼の優しさに、少し甘えていたのかもしれないが、彼なら。きっと…
「…また、逢おう」
きっとまた、僕を救ってくれる。
沈殿した僕を差したのは、太陽の日差しでも槍でもない。優しく微笑む、僕の天使様だった。
いつもなら傷ついているお風呂のあとが、今日は何も『痛む』ことはなかった。逆に気持ち悪いほど清々しくて、眠りに堕ちるのも早かった気がする。
そんな夢は、悪夢だった。
微かにこだまして聞こえた。それは、誰かの悲鳴。多分、男の人だったと思う。
「痛い」
「やめて」
「ごめんなさい」
そう叫ぶ声は小さいが、僕の脳裏に焼き付いて離れない。遠いようで近い声を探すが、辺りは一面真っ暗で、探ろうと足を動かせば遠くなっていくような気がした。
「大丈夫ですかっ!何処にいます?返事をしてください!!」
僕の出せる最大限大きな声で声の主を呼んだが、聞こえるのは悶え苦しむ声と、何かが裂けていくような痛々しい音だけ。
「僕が君を救ってあげる…っ!だから、もう少しだけ待ってて!!」
どの方角から聞こえるかなんて分からないからら実際言えば口だけなのだ。でも、声の主を助けたくて、とりあえず一歩前へ進んでみる。
そのとき、全身が氷になったかのように固まり、何故か一気に恐怖が込み上げてきた。怖くて息苦しくて、僕はもう逃げようと、目を覚まそうとした瞬間、誰かの口元だけが薄らと目の前に現れ、最後にその口はこう言った。
“たすけて”
「…待ってて」
また、必ずここで逢えるから。
なんて、確信もないことを声に呼びかけると、目の前が真っ白になり、その光の威力で、僕の体は吹き飛ばされた。
『また逢おう』という言葉には少し聞き覚えがあったが、誰から借りた言葉なのか思い出せない。
__次の瞬間、僕は目を覚ました。
ー???ー
痛い。死ぬほど心苦しくて、死にたい。もういっそ、その手で殺めてほしい。
でも、おれは生きなくてはならない。おれがいなくなれば、人間も植物も動物も、全部全部、生きていたことが無駄になってしまう。
「もぅ゙、やだ…ぁ゙……殺して、殺して殺して……っっ!ころしてよぉ゙っ、誰かさァ゙っ…!!!!」
もう夢か現実か、分からないんだ。
生きた心地がしなくて、現実感が何も無い。寝ても、覚めても。なにをしようが、感じるのは痛覚だけなんだ。
脳で溢れかえる『死にたい』や『殺して』という自尊心のない卑下的な言葉が。身体中に溢れかえる『苦しい』や『痛い』という嫌な刺激が、ダブルでおれに殴りかかってくる。
「しにたぃ゙…っ、ひぐ……だれか、ぉれを…すくって……」
殺して欲しい、けれど死んではいけない。救って欲しい、けれど報われてはいけない。
人生は不平等で、結局勝ち残れる者は選ばれし者だけ。それ以外、ほぼゴミも当然。けれど、出来上がった自称『完璧人間』ほどド屑で、そんな奴ほど悪になりやすい。
なんて虚しく、無慈悲な世界なのだろう。と、つくづく思う。平和を象徴する国のわりに、人への落差は勝手に国で決めたり、無意識にも差別化するのだってそっただ。何が平和だ。戦争が起きなければ平和か?それはあながち間違いとは言いきれないが、それだけで平和を名乗るのはどうかと思う。
この世に人間なんて存在が生まれなければよかったのだ。産まれたとしても、感情なんて面倒臭いものを身につけるからこうなるのだ。
「はぁ゙…っ……は…ぁ……っ」
疲れが溜まったのか、自分では抗えないほどの眠気が襲ってくる。
…なんて、眠気の理由は分かっているのにも関わらず、惚けるのもあれか。正直に言えば、この眠気の理由は分かっている。
(また…呼ばれてるのか……)
誰かかも分からぬ夢の中へ、誘われている。けれど、これは絶好のチャンスでもあった。夢の中。いや、現実か。もうよく分からないが、どちらにせよ、おれは意志を持って動くことができる。そこで気づいてもらいたいのだ。おれが辛い想いをしていること、助けてほしいこと。
(……まぁ、どうせ無駄足だけど。)
大抵の人間は、夢だと気づけば現実へと帰っていく。だから、SOSを呼びかける時間はとても短い。だから結局、おれは報われずまた現実か夢かも分からない『今』を生きることになる。
普通の人が羨ましい。幸せに笑える日々を、毎日のように送れているのが嘘みたいで、それこそ、まるで夢のようで。おれにはきっと、到底味わえないことだろう。
おれのメリットはせいぜい普通の人よりも移動が楽なことだけ。それ以外に関しては『楽』を感じることなんてない。
ずきん、ずきん、ずきんっ…!!!
「ゔ、ぁ゙ああ゙っっ!!!!」
痛い。頭が、背中が、全身が。脈を打つたびに、ナイフが刺さったかのような痛みが襲ってくる。なんとか痛みから逃れようと、喉をかいたり、床でごろごろと異常なほどに転がってみるが、それだけではおれの痛みが和らぐことは無い。
(し、ぬ……)
真っ暗なはずの辺りが真っ白に見えてきて、でも変わらぬ痛みが全身を襲ってくる。地獄のような時間が、長く続く。
なんで今日はこんなに起きてる時間が長いんだよ、どうせおれを助けてはくれないんだから、とっとと夢から覚めてくれ。こんな日々、何年経っても耐えられたものじゃないんだから。
「たす、けて…っ、い゙が、ぁ゙ああっ……!!」
叫んでも救ってはくれない。でも、何にも変え難い強い思いであり、これはおれの意思だ。
次の瞬間、大きな地震が怒ったかのように、視界がガクン。と揺れた。おそらく、揺れたのは地面ではなく、おれ自身。はたまた、この夢の世界。どちらかはまだ分かっていないが、揺れたことは確かだ。
「よ…やく……」
この地獄から、一旦解放される。
少し喜び、自ら瞳を綴じた。この夢。または現実から逃げ出すために、静かに地面へ倒れ込んだ。
……そのとき、微かに聞こえたのだ。
『僕が君を救ってあげる。だから、もう少しだけ、待っていて』
手を差し伸べ、優しく微笑む口元。けれど、顔は反射して見えない。その声は、どこか聞き覚えのあるような特徴的な声だったが、思い出すことは出来ず、ここから意識は途絶えていった。
【第2章 蝶の翅を持つ天使様】
チュンチュン…
「ぅ゛う゛…」
珍しく目覚ましが鳴る前に起きる。頭は痛いし、気分はあまり良くない。今日は学校を休もうか。
(…おかしい)
今日の夢を思い出す。姿が見えないけれど、何処かで聞いたことのある「誰か」の声が響いて聞こえた。その人物が発した言葉は「助けて」というヘルプ信号。不穏であり不安だったはずのあの悪夢を、景色から言葉までハッキリ覚えている。
夢とはハッキリ覚えられないもので、理由は名古屋の大学にいるどこぞの教授らの研究グループというものが、レム睡眠中に起こる脳のメラニン凝集ホルモン生神経と呼ばれるものが夢で起きた記憶を消去しているらしい。なら何故夢を覚えている人がいるのかというと、単に記憶力の問題とのこと。
これは、一回気になって調べたことがあるので知っているだけだが、今回のは摩訶不思議だ。いくら夢を覚えているにしろ、あんなに夢をくっきりと覚えれるはずはないのだ。
(能力持ちの人間が起こす特殊効果…いや、だとしたらなんで今まで起こらなかったんだってなるよな。それとも、能力が増えたとか…いや、能力が増えるのは大人になってから、高校の僕にはまだ関係ないはず…)
もしかしたら、あれは夢ではないのかもしれない。だとしたら、あの真っ暗な場所は何処だろう。なんて、僕の真面目故に起こる考えすぎにもよるだろうけれど、きっとたまたま、偶然見たものだろう。と、腑に落ちない理由を無理やり僕の中に捩じ込み、ベッドから離れた。
『助けて…っ』
「……っ、なんだったんだろ、あの夢…」
これは笑い話にでもしよう。と、学校では誰一人として話し相手なんていないくせに、そんなことを思いながら、学校をサボる支度をし、僕はサンダルだけ持って、朝の5時から家を出た。
朝っぱらの5時から家を出た上、学校をサボるという予定を立てて来たところは、相も変わらず海だった。落ち込んだ時や、辛いことがあった時、考え事をしたい時とかには、どの季節でも問わず海に来ることが多い。
「ねえ、僕分かんないよ」
あの夢をハッキリ覚えている理由も、あの声に聞き覚えがあるけれど、顔も名前も分からないことも、今、ここが本当に現実の世界なのか。ということも。
「……教えてよ、僕、バカだから。あれだけじゃ分かんないよ」
夢の中で聞いた声の主を、どうしてこんなにも救いたがっているのかも分からない。よほど大事な人だったのだろうか。僕にとっての大事な人なんて、家族かたぴちゃんくらいしか思いつかない。
友達?いるわけない。こんな僕に近づくどころか、嘲笑って突き放すような奴らしかいない他人を、信頼できるはずもない。
「…あ……」
辛い過去を思い返す前に、あの人のことを思い出した。紫色の髪がよく似合っていて、目はアメジストのように輝いていて、普通の人にはない紫色のアゲハの翅は、太陽に照らされ、シーグラスの如く輝いていた。名も知らない、蝶の翅を持った、僕の天使様。
「あの人に、また逢いたいな…」
そう遠くない未来だとは何となく思う。けれど、今すぐにでも彼と逢いたい。彼と言葉を交わしたい、また彼に、慰めてもらいたい。朝日が昇る海を一点に見つめながら、僕は一人海水に浸っていた。
昨日のような全身浸かるようなものではなく、今回は足だけ。それでも、海の温度と流れは分かって、悩んでいた心も落ち着いてきた。
「天使様。どうか僕と話を交わしてくれませんか_?」
両手を広げ、僕は潮風を全身に感じた。海水だけでなく、海の匂いも僕は好きだ。僕は実際、海を愛し、海に愛された男だと自分で思っているほど、海に対する想いや信頼度が深い。信頼度でいえば、申し訳ないが正直親よりもあるかもしれない。
海は言葉は交わさない。ただ気候や天気によって姿が変わり、時には刃を向けてくるような自然の一種だと言うことはわかっている。だからこそ好きなのだ、だからこそ居心地がいいのだ。親は基本全肯定はしてくれるだろうが、叱るときは叱るし、鬱陶しいと思うときは鬱陶しいと感じる。それは愛がゆえなのだろうが、どうしても放っておいてほしいときは、子供によらず誰にでもあることだろう。親だからこそ言いづらい相談もある。というのと同じだ。
_海は僕の人生を共に歩んでくれた、親友のような存在だ。
ザッパーン!!
「えっ…………?」
そのとき、強い波が僕に襲いかかってきた。突如の出来事に半ばパニックになるが、少し好奇心と期待があった。今まで海に何度も潜ったり沈んだりしたことはあったが、波に呑まれるという経験はなかった。この波に拐われる感覚も、一度は試してみたかった。なんて、死にたくないと昨日泣いた癖に何言ってんだと思うかもしれないが、大好きな海のことをよく知りたいのだ。
そして、期待というのは、またあの人が僕を救いに来てくれるのではないか。またあの人が、僕のために体を張って逢いに来てくれるのではないか。そう思ったから。
「っあはは…ねぇ、聞こえてる?僕の天使様!」
僕、今最高潮の気分だよ。胸が興奮でドキドキしてるんだ。こんな危険な状況なのに、恐怖なんて微塵も感じないんだ。おかしいと思うよね、僕もそう思う。でもこの感情を抑えるには_僕の期待通りの結末に実際なるか試してみないと、分からないんだ。
瞳を綴じ、僕は波を受け入れるよう、広げていた腕を少し高くあげ、優しく抱きしめるように構えると、波は予想以上の勢いで僕にぶつかってきた。僕は目を瞑り、ただ波に揺られる心地と、貴方の救いの手を待った。
「ばっかじゃねぇの」
「ごめんなさい…」
予想通り、僕の天使様はまた、僕を救ってくれた。紫色の翅を広げ、その白く、細い腕が僕に差し伸べられ、波に呑まれる中。僕は彼の手を見つけ、手を握ったのだ。
また陸へ戻ると、結構マジトーンで怒られてしまった。流石に僕も天使様と慕っている人物を怒らせたくは無いので、金輪際もうしないでおこう。と、身を弁え、彼に深く謝罪をした。
「全く…なんでこんな危なっかしいのに海なんかに簡単に来ちゃうんだよ」
濡れた服を絞り、平然としてる僕を見て呆れたように彼はそう言った。そんな彼もまた絵になるほど美しいと見とれながら、僕は彼の疑問に回答を出した。
「…僕の髪の色に似てる。そう親が言ってくれたんです」
今は色が抜けてしまい、ほとんど見えない青色の髪の毛。この髪の色は、かつてはこの澄んだ海の色に似ている。不登校の中学時代、母が僕を海に連れ出すなり、そう言っていたのだ。
実際、本当かは知らない。僕は昔の写真を見たくないから。こんな、気持ち悪い人間の姿なんて、惨めでとても見れたものじゃない。
それでも、ここまで育ててくれた親。そして、こんな僕を救ってくれた天使様には、たいそう頭が上がらない。
「…確かに、似てるな」
「何言ってるんですか、僕の髪。今ほとんど見えないでしょ?」
彼は空中で回転すると、逆さまの状態で僕の顔を覗き込んできた。天使様との顔の距離の近さと、急に逆さまの顔が近づいてきた驚きからドキッ。と心臓が高鳴った。
天使様は、僕の言葉を真に受け、本当にそうだと頷くが、僕は否定して笑った。適当に流された気がしたから。というのも少しあるけれど、汚れた僕なんかを誉める神秘的で美しい貴方に言われるのに凄く罪悪感を感じた。
「確かにそうだけど、お前の青。おれはすきだよ」
ドキン。
今のは、驚いたんじゃない。明確に『トキメキ』で心臓が鳴った。優しく微笑む貴方は可愛らしくて、けれどどこか儚さがあって…凄く、綺麗だと思った。
そして気づいてしまったのだ。運命の人はこの人なんだということを。
たぴちゃんは特別で大切。それは今でも変わりないけれど、僕の中で確実に『この人』やゃないと埋められない穴が心のどこかにあるのを感じた。それは_多分、恋。というやつなんだと思う。
「…ねぇ……っ」
「ん?」
相も変わらず空中でふわふわと飛ぶ彼は、お山座りをして僕を見つめる。純粋な瞳に僕だけが映っているという事実に、少しばかりの優越感と、僕なんかを…という不安が心に残った。でも、恐れず僕は、開いた口から言葉を洩らした。
「名前…なんて言うんですか?」
その言葉を聞くなり、彼は驚いたのか。視線は相変わらず僕だけを見つめているものの、その瞳を丸くさせていた。聞いては不味いことだったかと、少しあわあわしていると、思っていたよりもすぐに返事は返ってきた。
「…ななもり」
「えっ……?」
「『えっ?』って…お前が聞いたんだろ」
「ぃや、そうなんですけど…っ」
聞いたら不味いかなという雰囲気が溢れていたから、少し濁されるか話題を逸らされるなりすると思っていたが、どうやら案外あっさりしていたらしい。それでも、名前を知れたことはやっぱり嬉しくて。
「で、お前は?」
「名前ですか?僕はころんって言います」
「へぇ、案外可愛い名前してんのな」
「それよく言われます…」
「拗ねんなって。お前自身はカッコいいよ」
面白がっているのか、彼_ななもりさんはそう言うなり、僕の頭を撫でて笑っていた。なんだか子供扱いされているような気分になり、それに少しばかり嫌気が差したため、腕を掴んで頭を撫でるのを強制的に辞めさせようとしたとき、ななもりさんの腕を無意識にも自分の方へ引き寄せてしまい、先程よりも顔が一気に近くなり、その距離はあと一歩でもどちらかが動けばキス出来るほどの近さだった。
「わ、すみませ…っ!」
そのことに思いっきり動揺してしまい、腕を離して距離を離そうとした瞬間、何故かななもりさんに胸ぐらを掴まれた。一体何だと思い、もう一度彼の方向に顔を向けると、彼の白い肌はほんのり赤く染まっていて、やけに真剣な眼差しで僕をじー。っと見つめていた。
なに、なんなんだ本当に。
つくづく読めない行動をしてくるななもりさんを不思議と思いつつも、されるがままにされていると、ようやく今の状況に気がついたのか、「あ、ごめん…」と、今までの強気な口調ではないいじらしい返事を返すななもりさんを、より愛おしく感じてしまった。だって、あまりにも可愛かったから。状況を把握したななもりさんが、耳まで顔を真っ赤にさせて、それを見られないようにと腕で顔を覆うが、腕が細すぎるあまりに隠しきれていない所が、特に。
「…ななもりさん」
「………なんだよ?」
「海岸まで行きませんか?もう海には飛び込まないので」
「あ、ぉう…?」
翅のある彼の腕を引き、海岸近くまで足を運ばせる。まだ余韻が抜けていない頬とは別に、何故いきなり海岸に呼ばれたのだろう。という疑問の表情が顔に浮かび上がっており、案外分かりやすいんだな。と思った。
「ななもりさん」
真っ直ぐにななもりさんを見つめると、真面目な話だと判断したのか、ななもりさんは姿勢を正し、彼もまた、真面目な表情で僕を見つめ返した。その頬から赤みが消えていくのは少し寂しくもあったが、今から話す内容はななもりさんの察し通り真面目な話だ。そんなことは気にしている場合ではない。
「いつになってもいいです。ただ…もし、おしえてくれるのであれば、教えてください」
さっきの話の流れで話す内容ではないことくらいわかっている。けれど、名前を知ってしまったが故、もっと彼を知りたいと思ってしまったのだ。生年月日、住んでいる場所、ホクロの個数や彼の弱点。なにより、能力持ちの人間同士だからこそ知りたいことも山ほどある。
「ななもりさんの能力のこと、教えてくれませんか?」
知りたい。けれど、無理やり聞き出してはならない。教えたことにより、何かを消失してしまうかもしれないし、下手に干渉してしまうと、相手の情緒が不安定になってしまうかもしれない。それは分かっているけれど、知りたいと思ってしまった以上、聞かずにはいられなかった。答えてくれなくとも、少しでも知りたいという気持ちが高かったのだ。
ななもりさんは、とうとう僕から視線を逸らしてしまった。今度は照れているんじゃなく、気まずそうに。その姿は、なんだかとても儚く見えた。触れたら泡のように消えてしまいそう。と、思う程には。
「…詳しくは、教えてあげれない。けど、どうしても知りたい。って言うなら、ちょっとだけなら…教えてあげる。ただし、おれところん。2人だけよ秘密……ね?」
本当は話したくないのだろう。と、いうことは目や声のトーンからでも伝わる。けれど、どういう訳かは分からないが、内緒にしてくれるのであれば。という条件付きで、僕に能力のことを話そうとしてくれる。
僕らだけの秘密。その言葉が嬉しい。元々、誰かに話すようなつもりもないし、そもそも話せるような相手もいないけれど、その言葉を発することはせず、ただ首を縦に頷いた。すると、ななもりさんは小指を僕に差し出してきた。どういう心理か分からなくて、ぼー。っとその指を見つめていると、ななもりさんはくす。と小さく笑い、差し出している小指を、僕の小指に絡めた。
「指切りげんまん」
そう言って微笑む彼を見て、今度は子供のような愛らしさを感じ、また心臓がどきっ。と鼓動した。天使のよう。というイメージは相変わらずだが、その『天使』という印象が、儚く神聖な人というものだけでなく、無邪気で可愛らしい。というものが、僕の中で付け足された。
絡められていた小指をゆっくりと離すと、ななもりさんはまた空へと翅を伸ばし、少しばかり波の強い海を見つめている。けれど、話している対象は僕なので、独り言のようには聞こえなかった。当たり前かもしれないが、なんだか独り言のようにしようと、はぐらかしているように見えたから。
「…おれの能力は、見ての通りこの翅。移動しやすいし、意外とメリットはあるはあるんだけどね。あんまりこの身体でいるのはいい事じゃないんだ。人からは気持ち悪がられるし、翅をちぎって売ろうとしてくる輩も少なくは無いし」
「あ……、」
思わず声が漏れた。なんだか僕と似ていると思ったから。
変わった身体だから、他人からは気持ち悪がられ、昔は誘拐されそうになったこともしょっちゅうあった。まぁ、気配と色が薄いのがあって、逃れるのは容易かったけれど。
能力持ちの人間は大抵そういうものではあるが、好きな相手と共通点がある。というのは、例えどんなに嫌なことであっても、少しばかり嬉しさを感じてしまう。
「デメリットは…教えられないんだけど。おれの治療法は、救われること」
「救われる…?」
「簡単に言えばね。あんまり詳しいことは教えたくないから言わないけど、救われればおれは、この身体から解放されるの」
歩いて行動するのはちょっと面倒臭いけどね。と、自身の翅を見るなり言うが、本当は恋しくもないのだろう。さっさと普通の人間として生きたい。能力持ちの人間であれば、誰しもがそう思うはずだ。だが、変に強がって嘘を吐いているとも思えなくて。
「…ねぇ、ころん」
細くなった紫色の瞳が、僕を捉える。綺麗だと思うのは変わりないが、少しだけ瞳の奥が濁っているように見えた。思わずそこに気を取られていると、ななもりさんは、ゆっくりと僕に近づいてきた。彼の瞳の奥に気を取られている僕には気づかないほど、ゆっくりと。
暫くすると、唇に何かが当たったような気がした。暖かくて、柔らかい何かが。それでハッ。とし、我に返ったときに気がついた。
今、彼が僕に何をしたのか。それは_キス。だといことを。
「ぇっ、な…え……!?!?」
慌てふためいている僕なんて気にしていないかのように、彼は真剣に僕を見つめ、僕にこう言った。
「おれのこと、救ってよ」
天使様_ななもりさんは、そう言って僕の頬を優しく撫でた。だが、その手は優しい手つきとは裏腹に、死んでいるかのように冷たく、少しばかり震えていた。
「……」
あれからいつななもりさんと別れを告げ、帰って、現在の入浴に至ったのかは本当に覚えていない。それほど、今日起こった彼との出来事が衝撃的で、頭から離れないのだ。
暖かいお風呂に浸かっていても、触れられた頬はずっと冷たくて、あの時のななもりさんの表情と手の震えを明確に覚えていた。
『おれのこと、救ってよ』
そんなこと言われたって、具体的にどう救ったらいいのか。そもそも何をしたら『救った』ということになるのか分からない。
あまり干渉してはならないと分かっていても、これに至っては聞かない限り分からない。
『救って…って言ったって、どうすれば…?』
首を傾げてそう聞いたが、ななもりさんは答えず、ただ『気づけば分かるよ』と、曖昧な返事をした。その時の彼の表情は風が吹いたせいで見えなかったが、声のトーン的にあまりいい反応はしてないだろう。
「…わかんないよ、」
お風呂のお湯に唇を潜らせ、ぶくぶく。と泡を吹き立てる。泡は一瞬で増えるが一瞬で消えて、まるで今の僕の脳内みたいだ。
どうやって彼を救えばいい?
_そんなの、内容が分からなくちゃ救いようがない。
あのとき、なんでななもりさんは僕に能力のことを教えてくれたの?
_僕が考えたところで分かるわけも無い。
どうして僕は、会って間もない彼を好きになってしまったの?
_多分、一目惚れだと思う。
僕の中で浮かぶ疑問や謎が、全て分からない。もしくは曖昧な答えになって消えていく。結局のところ、ななもりさんを救うという任務を果たすためには、ななもりさんの能力について、もう少し詳しく知る必要がある。けれど、無闇に聞くのはあまり良いことではない。それは、同じ能力持ちの僕だからこそ分かっていることだ。
能力持ちの人間に干渉すると、人にはよるが、部分的にストレスやトラウマが蘇り、最悪それで死に至る可能性も少なくはない。能力持ちの人間は、普通の人よりも実に繊細で、一層生きづらい生き物だから。
(どうすればいいの、僕…)
頭を抱えて悩んでいると、不意に今日見た悪夢のことを思い出した。真っ暗闇の中、ただ助けてと泣き叫ぶ、どこか聞き馴染みのある声。
「……もしかして…」
夢に過ぎたことだとは思う。けれど、もし僕の勘が当たっているのだとすれば……?
「また、あの夢が見れればの話にはなるけど…試してみないと、分かんないよね」
分かったとはいえ、具体的にどうすればいいのか分からないことには変わりない。そもそも、夢の中で自由自在に身体を動かすことが出来るのかも分からないし、あの真っ暗な世界の中、声だけを頼りに進むのはとても困難なことだ。上手くいくかも分からないし、もしかしたら僕が精神崩壊して、そのまま永遠に夢から醒めなくなってしまう可能性もないとは言いきれない。
「ななもりさん…」
救いたい。その想いは変わらず、僕の心に強く、確信的なものになっていく。けれど、死ぬのは怖い。例え理由がななもりさんだとしても、僕はもう死ぬという行為を恐れてしまっている。
……それは、ななもりさんもきっと同じだろう。
「………いい加減、僕も覚悟しないとな」
僕が生きたいと気づけたのも、今僕がこうして生きているのも、全部ななもりさんのおかげ。ならば、今度は僕が彼のヒーローになるときだ。売った恩は返さなければならない。というのと、だいたい同じように。
僕は決心をして、颯爽と湯船から身を乗り出し、濡れた身体をある程度拭いてから、ベッドに呑まれるようにダイブした。やる気に溢れているから、眠りにつくのは時間がかかりそうだと思ったが、目を閉じて、夢へ堕ちていく時間はそこまで掛からなかった。
ー ??? ー
どっちが夢かわかんない。だから希望を託し、初めて人に助けを求めた。だが、別に無意味にキスをした訳では無いし、お情けという訳でもない。あいつなら、おれを助けてくれるだろうと、どこか感じたから。とは言いつつ、救ってもらうためのヒントなんて、察しが悪ければ気づいて貰えないのだが。
「…まぁ、いいんだけどね。」
何方にせよ、おれはもう長くは生きられない。救ってもらったにせよ、寿命というものには抗えないものだ。
おれは死ぬことに関して恐怖どころか感情が何も無い。死ぬことは仕方のないことだと、どこかで思っているからだろう。
「期待はしてないよ、そりゃあ。」
おれの能力には特殊な能力もあり、それはキスをした相手の夢の中に確実に移入することができる。というものだ。
どうやら相手はおれのことを好いているようだし、気づけばおれを救うのは簡単だろう。
夢の中でもがき苦しむ声がおれだと気づけば。の話だが。
「あいつ鈍そうだし、実際鈍臭いからなぁ 」
初日。というか昨日、あいつがラインの外に出て溺れていたのは意図的だということは分かっていた。けれど分からぬフリをした。一人でも、おれを傷みから解放してくれる相手を逃さぬように。という、相手の命のため。というより、おれのためだが。
いくら死ぬことに無関心とはいえ、傷みには耐えられない。普通、この翅は人間に生えてはならないものだから。おれが死ぬほどの傷みを帯びる羽目になる理由は、翅が身体に耐えられなくなっている。というより、身体がどんどん翅に侵食されていってるという解釈の方が正しいだろう。
でも、何故だろう。おれも少しばかり、あいつを失うことを恐れているのは。おれにとって都合のいい相手だから。という考えだと、少し見当違いかもしれない。
『名前…なんて言うんですか?』
_違う、そんなんじゃない。
ただ、あいつが物珍しかったんだ。他の奴らは、おれを気持ち悪がって、おれのことを何も知ろうとしなかったから。少し、驚いただけなんだ。
…嬉しかったんじゃない、全然。そんなのじゃない。
『いつになってもいいです。ただ…もし、おしえてくれるのであれば、教えてください』
_これは勘違いなんだ。絶対、多分、有り得ない。
消えかけたその瞳が、真っ直ぐな眼差しでおれだけを見つめて言うものだから、少しだけ心臓が揺れただけなんだ。
……カッコよかった。なんて、そんなの思ってない。
子供っぽくて、容姿は少し可愛らしくて。でも、たまに見せるその目が、なんだか離せなくて。だから、近づかれたとき、思わず胸ぐらを掴んだんだ。瞳が消えてていたから、よく見るため。ただそれだけのために。
「…うざ……、」
あからさまにおれのことが好きだと訴えるその瞳が、表情が、素振りが。ずっと脳に焼きついたように残っていて、それを思い出すたび、自覚しろと言ってくる心臓の鼓動が、熱くなる自分の顔が。うざったらしくて仕方ない。
「う゛ぅー……っ」
もう思い出すのも嫌になって、ぶんぶん。と頭を横に振ると、急に背中が痛くなってくる。
ズキン、ズキン、ズキンッ!!
「ぃ゛が…ぁ゛ああっ……!!!! 」
今までに体感したことが無いほど強い傷みは、立っているのも辛くて、身体が膝から崩れ落ち、ただもがき苦しむことしか出来なかった。
「はぁ゛…っ、く…ァ゛あ゛っっ……!!!」
もう嫌だ、こんな翅捨てて今すぐ死んでやりたい。そう思って背中に手を伸ばすが、身体が元々硬いというのと、腕を伸ばすだけでも苦痛を得るほど、おれの身体は瀕死になっているから、それは叶わなかった。
(痛い…痛い痛い痛い……っっ!!!)
全身が痛くて、それから逃れるために求めるSOSは、自分を殺して欲しいという自害の言葉ばかり。だって、それ以外でこの傷みから解放されることを、おれは知らないから。
「ひゅ、は…ぐ……ぅ゛…っっ」
段々視界がボヤけ、また真っ暗闇なあの世界へ放り込まれようとされている。それが嫌で、無駄あがきをしてみるが、やはり逃れることは出来ず、また地獄の道に誘われた。
『僕が君を救ってあげる。だから、もう少しだけ、待っていて』
途絶えていく意識の中、たった一人、おれに手を差し伸べてくれた、おれにとっての一筋の光_ヒーローが見えた。走馬灯なのか、それとももう夢の中なのか分からない。ただ、口元しか見えなかったあの正体が、今になって気づいた。
だから、最後の望みだと思い、掠れた声で、差し伸べられた手を取るように、声で応えた。
「たす、け…て……っ」
_ころん。
【第3章 救いの手を】
目を覚ますと、昨日見た悪夢と全く同じような真っ暗な世界に来た。すると、昨日よりも悲惨な叫び声が響いて聴こえた。
「ぃ゛だぁ゛あ゛っっ!!」
「ごめ、なさ…ひゅっ……!」
「ころ、して…っ、誰か、誰かぁ゛っ!!」
その声は、昨日よりも明確に聞こえて、その声の主が誰なのかは、すぐに判断出来た。
「ななもりさんっっ!! 」
どこにいるのかなんて分かりもしないが、ただ声を頼りに、前に進んだ。足がとられているかのようにとても遅く感じるし、夢の中だというのに、何故かとても疲れを感じた。
「はぁ、はぁっ…なに、ここ……?」
走っているはずなのに、前に進んでいる気もしない。むしろどんどん戻っているような気もする。いや、沈んでいるのかもしれないし、そもそも動けていないのかもしれない。だが、足を止めることは出来なかった。前でも後ろでもいいから、とにかく動きたかった。何も行動しないで、ただななもりさんの苦しむ声を聞いてるだけというのは、僕にとっても苦だから。
「ななもりさん…ななもりさんっっ! 」
痛みの声を知りたくて、僕は必死に彼へと手を伸ばし、彼の名を叫んだ。すると、誰かに手を引かれた感覚がした。手の先を見ても、誰も居なかったけれど、何となく分かっていたから、特にその手を振りほどくことはなく、その手に引かれていくと、ようやく彼の姿が見えた。
ななもりさんは床に這い蹲るように平伏せており、翅を掴もうとするように必死に背中へ手を伸ばしながら、悶え苦しんでいた。その光景は、とても痛々しくて、見ていられなかった。
「こ、ろ…ぃ゛だ…かひゅ……たす、け…ぁ゛が…あ゛ぁ゛あ゛っ……!!! 」
僕に気づいたななもりさんは、涙がボロボロと零れる瞳で必死に僕を捉え、助けを求めていた。どうしたらいいのかは分からないが、一歩一歩慎重に彼に近づき、そして、震えながら伸ばすその手を優しく掴んだ。
「ななもりさん、痛いですか?」
少しだけ彼の手を強く握る。だが彼は首を振った。どうやら、僕が触っている所に痛みはないようだ。
「…少し触りますね」
少し躊躇いつつも、ななもりさんの身体に触れていく。ななもりさんのすべすべとした頬を触れ、痛いかもう一度聞いてみる。答えはNOだ。次は少しだけ大胆かもしれないが、翅に触れてみる。ここは少しだけ傷みを感じるようで、「やぁ゛…っ、ぐ…!」と、少しだけ苦しんでいた。多分、傷みを感じるのは翅だけだろう。
「…少しだけ、抱きしめてもいいですか?」
溢れ落ちるななもりさんの涙を親指で拭う。彼の瞳は、夢だからか冷たく感じた。
僕の質問に、彼はこくり。と、頷く。ありがとうございます。と、彼の頬に優しくキスを落とし、翅を触れぬよう、優しく抱きしめてみる。すると、傷みが収まったのか、苦しむ声は聞こえなくなった。やがて、ななもりさんも僕を抱き締め返してきた。ようやく、ななもりさんの体温が感じられた。
「…ころん、」
少し枯れた声が、僕の名前を呼ぶ。その声は眠たいのか、やけに落ち着いていた。少しだけ彼から離れ、表情を伺って見れば、完全に安心しきっていて、さっきまでの強ばった表情とは違い、いつものように、眉と口角を緩ませ、優しく僕に微笑んでいた。
「どうしましたか、ななもりさん?」
ななもりさんに応えるように、僕も彼に微笑みかけ、自分でも驚くほど優しい声で、彼に応えると、今度はななもりさんから僕に抱きつき、ゆっくりと口を開いた。
「…おれね、あと三日で死ぬんだ」
「は……?」
その言葉は声とは裏腹に、とても信じ難い、一瞬で肝が冷えるような恐ろしい事だった。
「冗談、ですよね……?」
彼の目を見て話をしたい。けれど、少しでも離れてしまえば、蝶のように飛んでいってしまいそうだと思ったので、僕はななもりさんを抱きしめる力を強めた。が、動揺が隠しきれず、彼を抱き寄せる手は、まるで薬物乱用した後の後遺症のように、ガクガク。と、大袈裟に震えていた。その言葉に、ななもりさんは答えてくれず、話を進めた。
「おれの能力は、翅が生えることじゃない。むしろ、これはデメリットの付属品なの。本当の能力は、人の夢に現れることができる。まぁ、現実感全くないから、たまにどっちが夢なのか、分かんなくなるんだけどね」
翅が生える方がデメリット。というのは、聞いていて少し驚いたが、人外の能力が身体についているのだから、よく思えばデメリットなのかもしれない。
人外の能力がついている能力持ちのデメリットは様々あるらしく、例えば狼のような耳や尻尾が付いている人は、満月の夜外に出歩くと、本当の狼のようになってしまう。みたいなことがあるらしい。そうなると、いずれ身体が段々狼のようきなっていき、二度と人間に戻れないほど侵食されてしまうとか。だから 動物や虫の能力が身体に付属している人間の寿命は、とある条件で段々状態異変していく僕のような能力持ちの人間よりも、よっぽど短いらしい。
「…それの何がメリットなのか。っていうと、傷みから逃れるためのSOSを送れるから。まぁ、救難信号みたいなものだよ」
救難信号ということは、やはり翅がついていることで、何か身体に支障が起こるのか。ななもりさんが悲鳴をあげるほど、苦しむような何かが。
そのとき、少しだけ過ぎった。もし人外の能力が身についた人間が、動物であろうが虫であろうが、全員同じくその動物に身体を侵食されてしまうという話が本当であれば、放っておけばななもりさんはきっと…
きっと考えすぎだ。そう思い込むことにして、僕は一旦この考えを頭の隅に置いておいた。事実かどうか分からないから、完全に頭からこの考えを消すことは出来なかったのだ。
「この翅があるとね、身体が死ぬほど痛くなるんだ…ほんとに、毎晩毎晩。今生きてるのも不思議なくらい、背中が痛くて仕方なかった」
そう言えば、ななもりさんは僕の肩に頬を擦りつけ、上目遣いで僕を見つめた。その仕草は可愛らしくて、でもどこか儚げな顔をしていて。僕の心臓はどちらの意味も持って、ドキッ。と鳴った。
「ありがとう、ころん。苦しみから解放してくれて」
すると、真っ暗だった部屋が一瞬で明るくなり、その光は、今まで真っ暗な闇の中にいた僕には眩しすぎて、思わず目を瞑った。
_気づけばななもりさんは腕の中には居らず、夢から醒めていた。
「ふぁっ!?…あ、れ……?」
夢から醒めた。その自覚はあるけれど、いきなり醒めると現実感がなくて、頭が困惑した。
夢とは言ったものの、あそこはななもりさんが生み出した世界だから、非現実感はあっても、厳密には現実で起こったことではあるのだろう。僕もなんと説明したらいいのか分からないから、それらしいことしか言えないが。
(…良かった、ちゃんと彼を救えて)
けれど、まずは彼を苦しみから救えたことには、素直に喜ぶべきだろう。もう痛みに悶えることも、ななもりさんのあの悲鳴を聞くこともなくなるし、僕の望み通り、彼のヒーローになれたのだから。
…が、全てを喜ぶことは出来なかった。
「あと、三日か…」
現在の時刻は、午前10時。休みだからこの時間まで寝てることは全然あるし、親も起こしに来ることはないけれど、やはり時間が過ぎることが惜しく感じていく。まるで自分のことのように辛くて、心臓が痛む。
(あぁ、また色が抜けちゃうな。)
いつものことのようにそう思い、また色が抜けていく自分を無心で見ようとしていた。が、いくら待っても色が抜けなかった。手を見て気づいたのだが、むしろ色が戻っているような気すらした。
「あれ………?」
どういうことなのだろう。これが普通なのだが、もう傷ついたら色が抜けることがあまり前になりすぎていて、それを不思議に思ってしまい、鏡の前に立つ。鏡に映る僕は、昨日までは消えかけだったはずなのに、どういう訳か。今は色が抜けているところはどこにもなくて、自分の身体を触って確かめた。
昨日までなら触れられなかった頬や背中、腕も全て触れることが出来て、気がついた。
ななもりさんが、また僕を救ってくれたのだと。
「……っ」
いてもたってもいられなくなり、僕は親にそのことを報告することもなく、家を飛び出し、一直線に走っていった。その場所は勿論、僕と彼が初めて出会った海だ。
辺りをキョロキョロと見渡してみるが、彼の姿は見当たらなかった。
「ななもりさん…っ」
もう海に潜ることはしないと決めてしまったので、惜しいがその手は使わず、海岸を走って探した。が、どこを見ても彼の姿は見当たらなくて、気づけば海に夕日が差していた。
「なんで…なんで……っ」
どこにいるの。なんで、どこにもいないの。あと三日しか逢えないのに。
僕の能力が消えたということは、彼も同じように、僕を運命だと思ったからということだ。それは確信してもいいだろう。なのに、僕に逢いたくないのか、全く姿を現さず、あたりは真っ暗になりかけていて、心配したママが僕を車で迎えに来た。
「ころん、あんた今何時だと思ってるの!?」
「……ごめんなさい」
「まだ無事で良かったけど、今度からはちゃんと夕方には帰ってきてよ?」
「うん、」
名残惜しくも、親には迷惑を掛けたくないから、彼に逢えないまま家へ帰った。
もしかしたら、夢の中では逢えるかもしれない。と、少しだけ希望を抱いて。
家に帰ったあと、僕はご飯もお風呂にも入らず、部屋に戻るなりベッドにダイブした。夢でもいいから、早く彼に逢いたくて。
(ななもりさん…、)
お願い、僕と話をして。
「…ろん」
そよ風が僕の身体を撫で、耳元には草が流れる音が鳴る。太陽に当たっているのか、布団も被っていないのに、暖かかった。
「ころん」
「ん……?」
僕の名前を呼ぶ声がして、ゆっくり目を開けると、そこには逢いたくて仕方なかった相手_ななもりさんがいた。
「ななもりさんっ!」
ようやく逢えた。その喜びで、僕は思いっきりななもりさんを抱き締めた。細身の彼の身体は、僕より身長は高いはずなのにすっぽりと収まってしまう。そんな所も愛おしくて、離れたくなくて。涙が溢れた。
「よかった、よかった…!僕、貴方にもう逢えないのかと思うと、苦しくて……っ」
もう、ななもりさんがいないこの世では生きた心地がしなくて、僕にはななもりさんがいないとダメで。力強くななもりさんを抱き締めた。「いたいって、ころん…」と、苦笑する声が聞こえたが、そんなことどうでもよかった。とにかく今は、ななもりさんに逢えたことをただ素直に喜んでいたかった。
「…ねぇ、ころん」
ななもりさんが、僕の胸を押す。僕と離れたい。ということではなく、僕と面を向かって話がしたい。という意味だと分かったので、大人しく彼から腕を解いた。ななもりさんは、今までにないほど、絶望したような表情をしていた。
「……どうしたんですか?」
もしかしたら、夢の中で何か起こったのか?この顔がどういう意味を持つのかは分からない。望む未来は、ドッキリ大成功〜!というネタであってほしいが、ななもりさんの表情を見るに、本当に真面目な話なんだろう。もう僕が怖くなって、手が震える。ただでさえななもりさんの寿命が来ているのに、これ以上何をするというのだ。
ななもりさんは、ただ懸命に生きただけなのに。
「おれ、ここから出れなくなっちゃった…」
「……え…?」
「もう、この世界から出られない。だから、ころんとはもう、現実世界では逢えないの……」
ただでさえ逢える時間が限られているのに、現実世界でななもりさんと触れ合えなくなってしまうなんて、どれだけ神と言うやつはななもりさんを不幸にしたいんだ。
「じゃあ、僕もずっとここにいます!!」
「ダメだよ。ころんの親が心配するし、なによりおれが死んだらこの世界がどうなるのか分からない…そんな中、ころんをここに居候させるなんて出来ないよ、」
なら少しでも長くいられるために。と、思いついたことを話してみたのだが、永くいすぎも良くないようで、これには流石に頭を抱えた。いくら彼のために覚悟をしようとはいえ、心中だとしても死ぬのは怖いから。
「でも、貴方のいない世界で生きてくなんて…僕、耐えられないですよ……っ」
ななもりさんのいない世界は、きっと空気が冷たくて、何を食べても味がしない。そんなの、能力を持っていた頃の方がマシだと思えるほど、僕にとっては生きづらい残酷な世界だと思った。
想像しただけでも、心臓が張り裂けそうだ。
「…ころんは、死ぬの怖い?」
その質問に、僕は素直に『YES』と応えると、ななもりさんは僕の頭を撫でた。どういう意図なのかは理解が出来なかったが、ななもりさんの表情は、少し悲しげだった。
「そっか…実はさ、おれ。死ぬことにそこまで抵抗ないんだよね」
え。
どういうことなんだ。だって、昨日、あんなに僕に助けを求めたじゃないか。それは、『生きていたい』と思ってたからじゃないの。なら、どうして僕に助けを求めたの?
聞きたいことは山ほどある。なのに、どうしてかそれを声に出せず、喉の奥に引っかかって、言葉を発することが出来なかった。
「…おれ、ころんが思ってるより、ずっと性格悪いんだよ」
ななもりさんはとうとう、僕と目を合わせてくれなくなった。代わりに彼の視野に入ったのは、紫色の翅を持った蝶々だった。その蝶を人差し指に止まらせ、愛でていた。
「おれが助けを求めた理由は、死にたくない。って感情よりも、この痛みから逃れたい、解放されたい。って気持ちの方がつよかったんだ。人から救われた命とはいえ、おれの体のものに過ぎないし 」
痛いことが嫌だった。
_本当にそれだけ?
きっとななもりさんが気付いていないだけで、心の底では『生きていたい』という思いが少しなりともあったはずだ。じゃなきゃ、夢に出てまで助けなんて呼ばないはずだ。
そう思ったけど、あえて僕はそのことを言わなかった。自分で気づいて欲しい。というのもあるが、僕が目当てなのはその先であり、ななもりさんがそれに気づいたら、きっとまた僕を頼ってくれる。昨日のように、また泪でぐしゃぐしゃになった顔で、僕だけを見つめて、僕だけを頼って。
今まで僕を救ってくれた彼が、泣きながら僕を頼ってくれる。それがどれだけ嬉しかったか。きっと彼は知らない。
「…ななもりさん」
「ん?」
僕が名を呼ぶと、ちょうどいいタイミングで、ななもりさんの人差し指に止まっていた蝶は飛び立ち、ようやく僕を見てくれた。
僕は、彼の手を握り、とある『提案』を告白した。
「明後日、僕たちの結婚式をここで挙げませんか?」
今は指輪なんて持っていないから、ななもりさんの左の薬指にキスを落とし、彼からの返事を待つ。
僕なりのプロポーズ。絶対にダサいし、タイミングだって今じゃない気は薄々していた。でも、せめてななもりさんが死ぬ前に、お揃いの指輪を嵌めて、2人きりしかいない世界で繋がっていたかった。これは僕のわがままでもあり、ななもりさんが『生きたい』と思っていることに気づかせるためのものでもあった。
「…………は、!?」
しばらく黙っていると思えば、言葉を理解していなかっただけだったのか、今まで見たことないほど顔を真っ赤にしていた。
この人でも、不意打ちにプロポーズされたらこんな反応するんだ。案外照れ屋なのか、それともこういった告白に慣れていないのか。どちらにせよ、そんなななもりさんが凄くいじらしく思えて、愛しさのあまり笑ってしまった。すると、拗ねたのか頬を膨らませ
「笑うな、だいたいお前が変なこと言うから……っ!!」
そこから先はぶつぶつと何か文句を言っていたけれど、声が小さすぎて聞こえなかったので、僕はもごもごと動く彼の唇にキスをし、黙ったところで更に押した。
「で。返事は?」
今の質問は、少し意地が悪かったかもしれない。けれど、これくらいは素直に答えてほしかった。ななもりさんは「ぅー」と唸り、しばらく睨むように僕を見つめていたが、真っ赤な顔して睨まれたとて、怖くなんてない。ななもりさんの唸り声に「んー?」と返事をすれば、とうとう諦めたのか、声は小さけれど、返事をしてくれた。
「……………今更嫌とか、断る理由ない。」
涙が溢れそうになるほど顔を赤らめているが、僕から目を逸らそうとはしなかった。ありがとう。とお礼を口で言う代わりに、僕はななもりさんの唇にキスをする。けれど、いつものように触れるだけのキスではなく、舌を入れてななもりさんの口内を侵食した。
「んぁ、ふ…っ、こ…ろ……ぅ…っ」
今までに聞いたことの無い、ななもりさんの甘い声が耳に響いて聞こえる。流石に続けているとヤバい。ということは感じたので、ギリギリ余った理性を保ち、はんば引き剥がすようにななもりさんから離れる。
ななもりさんの表情は、一言ですませるならば色気が凄かった。
「っ、すみません…」
「…ううん、」
手は繋いだままだったが、お互いの顔は合わせることが出来なかった。
そんなこんながあり、気がつけば夢からは醒めていて、繋がれていたはずの手は、全く覚えていないといって良いほど、感覚が無かった。いや、むしろ忘れているのかもしれない。
(…よし、)
カッコ悪くても、プロポーズは成功したので、今日挙げる予定である彼との結婚式の準備に取り掛かろうと、貯めたお小遣いだけを頼りに、僕は初めて海へ行く以外で外出した。
もう僕の身体は元通りになっていて、周りから変な目で見られたり、影でくすくす。と、嘲笑われたりすることはない。生憎、僕だけ救われてしまったのだから。
(えっと、まず結婚に必要なもの……)
現在の所持金的に、タキシードやドレスといった服は買うことができない。なので、衣装以外で必要なものといえば、お揃いの指輪くらい。花は向こうで無限に摘めるし、ベールをめくる行為もやってみたくはあったが、多分ななもりさんは嫌がるだろうから、その考えは無かったことにした。
とりあえず、ピアスや指輪などが展示されているアクセサリーショップに入った。ななもりさん。というより、僕とななもりさんに見合った指輪がいいと思ったので、それを求めて探してみるが、中々思い通りの指輪が見つからない。求めているのは結婚指輪だが、実際僕が見ているのは、ファッションに使う用の指輪だ。望み通りの品が見つからないのも無理は無い。
「…お」
目当てのものが見当たらないだろうと思い、適当に指輪のコーナーを見て歩いていると、小さな青紫色の宝石が埋め込まれている、シンプルなデザインの指輪が2つ、ネックレスの飾りとなって付いているものがあった。
(厳密にこれ指輪なのかっていったら違うだろうし、デザインもそんなに特別。って感じのものじゃない)
それをわかっていても、なぜだかこの指輪から目を逸らせない。特にこれといった魅力は、いくら見ても分からないけれど、これじゃなきゃいけないような気がしたのだ。
なんとなく。ではなく、僕の中で明確に。
(……)
ー
「…で、結局これ買ってきたってこと?」
「はい」
ななもりさんは、僕が買ってきた指輪(というより多分ネックレスという方が正しい)を手にかけて揺らすなり、何か物珍しげに2つのリングを見つめていた。
「んふ、いいね。これ、おれも好きだよ」
だから、否定なりバカにして笑ってくるなりしてくると思ったが、思いのほか気に入ったらしく、ななもりさんは微笑みながらそう答えた。その反応が以外で、目を丸くさせていると「なんだよその間抜け面」と、笑われてしまった。
「いや…それ、指輪って断言できるものじゃないし、少しばかりそこを弄ってくるかと…… 」
「そんなこと思わねぇよ。ころんが好きな物は、多分おれも同じように惹かれてくだろうし」
ナチュラルにそんなことを言ってくる彼の言葉が凄く照れくさく感じて、「あ、ぇ…そう……?」と、何故か僕が曖昧な返事をしてしまった。挙動不審になっている僕を見るなり、ななもりさんは腹を抱えて笑いだした。
「わ、笑わないで下さいよ…っ」
「いや、ごめん…なんか可愛いなって」
何を言っているのか、僕は一瞬理解出来なかった。そうやって無邪気に笑っている貴方の方が可愛いのに。そう思っているから。
「貴方の方が可愛いですよ」
素直に思ったことを口に出す。すると、ななもりさんは一瞬固まったかと思いきや、顔を真っ赤にさせて下を俯いた。可愛いと言われて照れるなんて、女の子くらいしかいないと思っていたのだけれど、逆に普段滅多にそんなこと言われないだろう言葉だから、言われ慣れてないのだろう。
「…お前、たまにそういうこと普通に言うの、ほんとやだ」
「嫌って顔には見えないんですけど?」
「うるせぇよばか」
からかって顔を覗き込んでやれば、それを阻止するように、覗き込んだ顔を手で押された。その手に力は込められていないので、難なく手で退かすことができた。ななもりさんは、まだ拗ねたような顔をしていたので、退かした手と掴んだ手を絡め、ななもりさんのおでこと自分のおでこを合わせた。
「ごめんって、機嫌直してくださいよ。」
これから結婚式がはじまる。ずっとこれでも可愛いから、僕は別に構わないけれど、やはり最期くらい笑顔でいてほしいので、余った手をななもりさんの頬に掛け、ななもりさんをなだめると、頬にかけていた手を取られた。
「……じゃあ、おれのこと、もっと別の名前で呼んで」
別の名前。ということは、この敬語をやめて欲しいという意味だろう。僕がななもりさんに敬語と敬称を使ってきた理由は、距離をとるためのものではなく、彼を慕い、尊敬している。という意味のものだったのだけれど、彼はあまり気に入らなかったようだ。
「んー…じゃあなぁくん?」
咄嗟に思いついたあだ名を口に出してみる。だが、彼は首を縦には頷かなかった。
「やだ。それ、友達みたいじゃん」
なるほど。僕はいまの一言を聞いて納得した。
ちゃんと今から結婚するのだと分かっているから、彼は友達のようなこのあだ名を拒否したのか。ならば、もっと恋人らしいあだ名…というより、呼び名を決めなければいけない。
「じゃあ奥さん?」
「巫山戯てんのか」
怒られるとはわかっていたけれど、結婚する。つまり、僕らは国には認められていないが、この世界で夫婦になるのだ。だから、それらしい呼び名と言えば、まず真っ先に思いつくのはこれだった。勿論断られてしまったが。
「……じゃあ、なな。」
取られたままの手を逆に取り、彼の手の甲にキスを落としてみせる。こういう王子様気取りなことはあまりやりたくないのだが、こうすればななが可愛らしい顔をするので、やめられない。
「ななも嫌?」
絡めている方の手に持ったままの指輪付きのネックレスを取り、そのネックレスを彼の首にかけてやる。彼の瞳の揺れに合わせるように、指輪がキラッ。と輝いた。
「…嫌、じゃない」
返事は相変わらず素直なものではないが、ななは嬉しそうに微笑んでいた。その笑顔は、今までのどの笑顔よりも幸せそうで、儚く感じた。
「なな。僕が旦那になること、誓ってくれる?」
プロポーズが成功した時点で、こんなこと聞かなくても分かりきったことなのだが、結婚式にいる牧師がいないので、誓いの言葉を代わりに自分で言わないと、結婚式らしくなくなる。
すると、ななは指輪がついていたネックレスを首から下ろし、指輪を外した。その指輪を、片方は僕の左の薬指に嵌めて、もうひとつは僕の手のひらに収めた。
「勿論 」
返事は迷いのない肯定。分かっていても、いざ本人から言われると嬉しいことだ。
「じゃあ、ころんはおれと結婚すること、ちゃんと誓ってくれる?」
「誓うよ。ずっと、ななだけを愛してるから」
僕の手に収められた指輪を、今度は僕がななの左の薬指に嵌める。すると、満開だった花畑の花びらが突然空に舞い上がった。その光景は、まるで僕らを祝福するように、僕たちの周りを飛び交った。
「…ありがとう」
思ったよりも激しく僕らの周りと舞う花のせいで、ななの表情がよく見えない。声のトーンは、変わらず落ち着いていた低い声。すると、ななは僕に手を伸ばし、飛びつくようにキスをした。
「でも、ごめん」
_おれのこと、ずっと好きでいてくれなくていいよ。
その言葉を最後に、僕はこの世界に二度と入れなくなった
【最終章 最初で最期の運命 】
今でも僕は、あの出来事が忘れられない。彼と過ごした日々は、どれも大切な記憶だ。
…だが、どうしてか。あの日以来、不思議なことが起こっているのだ。
一つ。僕が彼に付けてもらった大切な指輪が、どこを探しても見つからないのだ。片付けが苦手な僕が部屋をどれだけ綺麗にしても、どこにも見つからないんだ。
僕があの世界から出て、目覚めたあのときから、ずっと見当たらなくて。
二つ。最近ずっと、睡眠時間が崩れていること。規則正しい生活をしているはずなのに、目覚める時間はいつも昼間。だから、僕は単位を落としてしまい、高校を中退することになったのだ。
夢なんて、何も見ていないのに。
そして最期。僕が起きたタイミングで、絶対に紫の蝶々が窓の外から覗いているのだ。これは流石に何故だか分かる。
「…おはよう、なな」
彼が僕を、見守りにきているのだ。
コメント
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この作品がだいすきの一言に着きます。 救われたのは1人だけかもしれませんがどうか紫さんが安らかに羽ばたいていますように⟡.· 青さんのこれからの人生にも幸あれ꒰ ᐡᴗ͈ ̫ ᴗ͈` ꒱ 最初から最後まで素敵な作品でした。何回も読み返します꒦꒷ そしてこれまでたくさんの素敵な作品をありがとうございました⟡.*ぜひこれからも絡ませて頂けると嬉しいです^><^
うや、すき。 最初の時点で好きだった。 くっそー、好みど真ん中なの腹立つ
初めましての方は初めまして、青紫信者の淺星と言います🗝 この3万文字もある長編読切小説を見てくれてありがとうございます🙏 これを機に、青紫に興味を持ってくださったら嬉しいです☺️