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北斗はウーバーイーツした中華料理の空の容器を、ゴミ箱に放り込み壁の時計を見た。もう夜の11時だ
アリスには遅くなるから先に、寝ててほしいとlineをした、本当は彼女のベッドにもぐりこみたかった、でもどんな顔をして彼女に会えばいいかわからなかった
窓の外には暗闇の中に町の飲み屋の明かりが数件きらめいていた、こんな時間の田舎の通りは9時も過ぎると、ガラガラで人っ子ひとり通らない
信夫も帰った、誰もいない選挙事務所で北斗は最後の法案を読み終えた後、例の新聞が目に入らないように、くしゃくしゃにしてこれもゴミ箱に放った
立候補して以来、今日が最も挫折感を味わった日だった、そしてそれは地方新聞の一面を飾り、自分にとって一番大切な妻を傷つけてしまった
さらに有権者になってくれそうな、企業の社長にかけた電話は強烈な拒絶に終わった
あれほど熱心に応援すると約束してくれていた人物は、北斗の電話をたっぷり15分待たせたあげく、応援しようと思ったが気が変わったと告げて来た
下手な言い訳をし、自分が聞いているのはその場しのぎの、言い逃れだとわかった、完璧に支持者を逃してしまった
あのろくでなしの鬼龍院は北斗があの時、彼女を侮辱されて胸ぐらをつかんだ時、街のちんぴらのような意地の悪い目つきをしていた
どこかに記者を潜ませて暴力を振るわせようと、わざと自分を挑発したのだ、殴らなかっただけよかったが、まんまとはめられた
そして彼女のことが大々的に報じられてしまった、ITOMOTOジュエリーの令嬢だけではなく、彼女の実家にまで迷惑がかかってしまった
彼女に申し訳なくてなかなか家に帰る勇気がない・・・・
今朝は素晴らしかった、楽しい会話に気持ちの良いセックス・・・・議長になって彼女と一緒にこの町を良くしていきたいと、いつまでも未来を語れた
それは彼女がいつも傍にいて励ましてくれたからだ
この記事の事を彼女と話し合わなければいけないのに
彼女がこの記事を読んでとても傷ついているなら、慰めてあげなければいけないのに
なのにどうしても家に足が向かない
実際に傷ついているのは自分かもしれない、カッとなって鬼龍院に喧嘩をふっかけて、こんなスクープを撮られて・・・
もし議長になれなかったら彼女はどうするだろう、窓の外を暗闇を見つめるうちに、それまで考えたことが無かった思いが浮かんだ、彼女を失ったら自分はいったいどうするだろう
北斗は立ち上がって片手で顔を擦り、重い足取りで車に乗った
..:。:.::.*゜:.
もうすぐ時刻は夜中の0時・・・・
アリスは壁の時計をじっと見つめていた
秒針と長針が重なる時
世界は一瞬の間 息を止める
長い今日が終わった
北斗からのlineメッセージは「今夜は遅くなるから先に寝ていてほしい」とのことだった
彼にしては珍しいlineメッセージ、要するに自分と顔を合わせたくないのだ
結婚したての頃、北斗さんが吃音症の障害を持っていることがバレた時、こんな風に彼はアリスを閉め出し、自分の殻に閉じこもった
あの時アリスはどうしていいかわからず、とても悲しい思いをした事を思い出した
これは彼の性格・・・・何か嫌な事があったら誰も寄せ付けようとしない
その時車のエンジン音が駐車場から響いた
北斗さんが帰って来た!
アリスはガバッとベッドから飛び出して、玄関に向かった
―30分後―
一向に玄関が開く気配がしない、アリスは寝室に戻りもう一度ベッドに横になって、しばらく天井の梁を見つめていたけど、眠れるはずもない、彼はどこに行ったのだろう
意を決して起き上がり、ドレッサーの椅子に掛けてある、ピンクのニットカーディガンを羽織った
彼が帰ってこないのにムッとしたアリスは、そっと家の外に出た、初夏がもうぐすそこに来ていると言っても、夜中の夜露はひんやりと体を包みこむ
松木立を抜ける風はため息ほどの音を立てるだけ、すると納屋の方からかすかに、規則正しい物音がした
北斗さんが何かしている
アリスはそちらに向かって、クロックスを草にきしませた
彼はビジネスシャツに紺の選挙用のスラックスの姿のまま、干し草を積み上げる作業をしていた
アリスは柵に寄りかかりしばらく彼を見守った
作業をしている彼を眺めているうちに、今日一日感じていた不安な気持ちが収まって来た、自分より彼の方がとてもダメージを受けている
高く輝く月明かりの下、彼は一心不乱に干し草にフォーク枝をぶっさし、ブンッと力任せに積み上げていった
だんだん彼は汗を掻き出していた、背中のシャツの薄い生地が体に張り付き、そこだけが濃いシミに変わっていた
どれほどその作業をしていたのだろう、体を動かしたかったのだろうか、牧場主である本来の彼の仕事はこれだ
そしてようやく力尽きたのか、干し草の山の横にある、丸太を半分に割って作ったベンチに、足を開いて腰かけた、髪を掻きむしり、両手で顔を覆っている
―私を閉め出そうったってそうないかないわよ―
アリスはカーディガンの前を合わせ、自分を抱きしめるようにして彼を眺めた
私の事をかばって鬼龍院に怒って・・・
この人を見ていると愛しさが絵の具のように広がる
わけもなくニヤける
与えてあげたい
優しくしてあげたい
勇気づけてあげたい
あなたは素晴らしいのよって
わからせてあげたい
しょぼんとしちゃって・・・
すっかり落胆した背中
もう・・・愛しいんだからっ
..:。:.::.*゜:.
アリスはそっと彼から、数十センチ離れた所に腰を下ろした