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迎えに来てくれたルイスさんと共に、レオンの部屋へと向かった。彼の部屋にはお見舞いに行ったのを機に、何度か足を運んでいる。最初はそれはそれは緊張した。今でもまだ慣れていないけどね。
レオンの部屋は私が想像していた王子様のお部屋とはずいぶん違っていて、まるで大人の仕事部屋みたいだった。彼の直属の部下である『とまり木』の人達も頻繁に出入りしていたし、『みたい』じゃなくて実際そうなのだろう。
レオンは内々の話をする際にも自室を利用することが多い。リオラド神殿で行われた神々の会合……それについての詳細を聞かせてくれたのも彼の部屋だった。
私にも報告書の内容を教えてくれると思っていいのかな。わざわざルイスさんに私を連れてくるよう指示を出したのだし……いや、もしかしたら報告書内に私に関する記述でもあったのかもしれない。
「……ボスは腹を括ったのかな」
「えっ?」
ルイスさんが足を止めた。彼は私の正面に移動すると、目線を合わせるために膝を付いた。
「俺もまだ報告書の中身は知らないって言ったよね。良い報せならいい。でも、もしその内容が俺達が想像していた最悪のパターンだったら……姫さんを酷く傷つけてしまうことになる」
「それって、ジェフェリーさんがニュアージュの魔法使いと良くない関係を持っていた……という結果ですか?」
私の家に他国の魔法使いがいたというのは間違いない。リズが目撃したその現場にジェフェリーさんがいたというのも。しかし、彼自身がその魔法使いという可能性は限りなくゼロだ。
ルイスさんの言う私がショックを受けるであろう内容は、うちにいた魔法使いが悪い人でジェフェリーさんもその仲間だったという展開だと思う。私とリズはジェフェリーさんに限ってそんなことは有り得ないと信じているのだから。
「庭師についてはそうだけど、姫さんのお姉さん付きの侍女の事もね……」
「フィオナ姉様の侍女……?」
「ニコラ・イーストンだよ。セドリックさん達の調査対象にはその侍女も含まれているからね」
そういえば、彼女の様子がおかしいとミシェルさんが気にしていたな。ニコラさんが不安定なのは、姉様を心配するが故だと思っていた。心中は察する。私だって同じだ。でも、ジェフェリーさんの件と比べたら深刻度は低いだろうと、そこまで大事に捉えてはいなかった。そんな私と違ってレオンや『とまり木』のみんなは、今回の調査の対象にするくらい重要視していたようだ。
「ニコラさんも調べられていたのですか……」
腑に落ちないという感情が顔に現れていたと思う。そんな私を見ても、ルイスさんはニコラさんに重きを置いている理由を教えてはくれなかった。
「ごめんね。不安にさせるような態度取っちゃって。ニコラ・イーストンについては、俺がいま口にするべきじゃなかった。ボスが思っていたよりも早く姫さんを呼んだから、俺ちょっと焦ったのかも」
余計なことを言ってしまったと、ルイスさんは気まずそうに頭を掻いた。
「……ボスや俺達が姫さんに伝えるのを渋る事柄があるのは、姫さんが子供だからとか信頼していないからなんて理由ではないよ」
以前聞いたルーイ様の言葉が頭の中を過ぎった。全てを伝えるのが良い事とは限らない。相手の心情を思いやり、口を噤むのが正解の場合だってあるのだ。
レオンやルイスさん達が私のために敢えてその選択を取っているのは理解している。そもそもお仕事の話を私に全部漏らすのもそれはそれで問題だろう。でもルイスさんが言っているのはそういう仕事上の話ではなくて、本来なら私に伝えるべきであろう事を隠しているのだという風に受け取れた。
「はい。私を気遣って下さっているのですよね。でも、それを分かった上で私は知りたいと望んだのです。だから、どんなに辛くて悲しい結果だったとしても、受け止める覚悟はしています」
「……強いね。姫さんは」
ルイスさんが私の右手を両手で握った。大きくて温かい。自分の手がすっぽりと包まれてしまった。
「でもね……どうしたって俺たちは君が大事だからさ。姫さんがいくら強くても過保護になっちゃうだろうし。君の意に沿わない行動をする時だってある。ウザいかもしれないけど……そこは許して」
「ウザいだなんて思ったりしませんよ」
『レナードならもっと上手に気配りできたかなぁ』と呟きながら、彼は握っていた私の手を離す。右手を包んでいた温もりが消えてしまい、少しだけ寂しく感じた。
「俺達がまだ姫さんに言えずにいる事……今回の調査の結果に関係なく、いずれ分かることだから。もしかしたら、これからボスが話すのかもしれないしさ」
彼らがこうまでして隠したがるものとは何なのだろうか。とても気になるけど、無理に詮索はしない方が良さそうだ。いずれ分かるとのことなので、その時期が来るのを待とう。
「姫さん。俺とレナードが中庭で初めて会った時に言ったこと覚えてる?」
ルイスさんは左手に身に付けている黒い手袋を外した。薬指に嵌められた金色の指輪が露わになる。『とまり木』の隊員が所持している主への忠誠の証。彼の指輪を見るのは2度目だ。
「これから先、何が起ころうとも俺達はボスと姫さんに付いて行く。この指輪にかけて誓った。俺とレナードはクレハ・ジェムラートの盾であり、刃としてこの身を捧げると」
辛く苦しい時も共にある。降りかかる火の粉は全て払う……必ず守ると――
中庭でのやり取りを再現するようなルイスさんの行動に胸が締め付けられた。どうして私なんかのためにと、ネガティブな自分が顔を覗かせそうになったけど必死に押さえ込んだ。寄り添ってくれる彼らに感謝こそすれ、申し訳なさを感じるのは違うだろう。
「俺たちはいつだって姫さんの味方だから。それだけは忘れないでね」
「はい!」
私の顔を真っ直ぐに見つめながら、ルイスさんは微笑んだ。そんな彼に応えるように私も笑顔を返した。そしてしっかりとした強い声で返事をしたのだった。