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ーーん?
なんだ、あれは?
師匠のスクールから約五分ほどの距離を歩いて来た俺たちは、待ち合わせスポットにもなっている駅前の広場に、沢山の人が集まっているのが目に止まった。
「すごい!人がいっぱいおるー!なんかやってるんかな!?」
そう言うや否や、あおいが興奮気味に駆け出した。
「ちょ、ちょっと待て!あおい!」
突然の出来事に慌てて追いかけた俺は、なんとか追いつき、あおいの腕を掴む。
「はぁ、はぁ、捕まえたぞ!
勝手に走っていくなよ、危ないだろ」
場所は既に人だかりの一番外側。
息を乱し、片手を膝につく俺の耳に、聴き覚えのある歌が聴こえてきた。
「……これは、ビーチーズの曲?」
幼い頃からテレビや街中で何度も耳にしたそのメロディ。
俺はゆっくりと引き寄せられるように、歌声の主を探した。
すると、人だかりの中心。
地べたにあぐらを組み、ギターを激しくかき鳴らす赤い髪の少女、枚方しらべの姿がそこにはあった。
「てつや!しらべちゃんや!おーい!しらべちゃーん!」
手を振り、声を上げるあおいだったが、目をつむり歌っている彼女は全く気づかない。
「凄い集中力だな……」
途端、そう呟く俺の後ろから、デジャヴを感じるほどに聞き覚えのあるセリフが聞こえてきた。
「あの。てつやさん、ですか?」
え?と言い振り向くと、そこには昨日、ライブで声をかけてくれたおじさんが立っていたのだった。
ーーピッ
ーーガシャン
「いやぁ、びっくりしましたよ。会社の帰りにたまたま通ったら、昨日ライブに出ていた彼女が歌っているのを見つけましてね。しばらく後ろの方で聴いていたら見覚えのある後ろ姿が見えたので、思わず声をかけてしまいました」
おじさんはそう言うと、俺とあおいにジュースを手渡してくれた。
「あ、すみません。ありがとうございます。ほら、あおいも」
「ありがとうございます!」
するとおじさんはブンブンと手を振りながら
「いやいや、これは差し入れですよ。ほら、ファンの方はよく差し入れをするものでしょう?そういう事ですよ」
俺たちは、しらべの歌っている広場の中央から少し離れたベンチに移動し、座っていた。
この距離でもしらべの声はよく聴こえる。
アンプも使わず生音だけで良くここまで通るもんだ。
俺は貰ったジュースを飲みながら、夕日に照らされた彼女を見つめ、そんな事を考えていた。
「彼女、凄いですよね。わたしが見つけた時にはもう沢山の人だかりが出来ていましてね。曲が終わる度、その一人一人と握手や挨拶をしているんですよ」
ーーしらべが?
俺は正直イメージになかったので、つい驚いた顔をしてしまった。
おじさんはそんな俺を見て笑いながら続けた。
「はは。わたしは彼女の事をあまり知りませんが、てつやさんからしたらイメージと違った様ですね。あ、ほら。終わったみたいですよ」
そう言われ、促された方を見る。
沢山の人に握手を求められているしらべは、俺が見たこともないような笑顔で、一人一人としっかり手を重ねながらお礼の言葉を伝えていた。
俺達三人は、そんな光景をしばらく黙って見ていた。するとーー
「しらべちゃんもう終わったかなー?てつや!うち行ってくる!」
突然あおいがそう言って、ジュースを持ったまま中央の方へと走って行く。
「お、おい!……ったく。またか」
俺が呆れた顔でいるとおじさんは、大変ですね。ではまた。と言って軽く会釈をし、駅の方へと向かって行った。
俺は後ろ姿にもう一度ジュースのお礼を言い、慌ててあおいを追いかけた。
「しらべちゃーん!」
「え!?ちょっと!?なんであんたがここにいるのよ!?」
ストリートライブを終え片付けていたしらべに、あおいが昨日と同じく飛びついて頬をすり寄せる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!あんたがいるって事は、アイツもいるんじゃないでしょうね!?」
「悪かったな、俺も一緒で」
人だかりが去り、二人だけになった広場の中央、キョロキョロと誰かを探す彼女に向かって、俺はそう皮肉っぽく言った。
「なんであんた達がここにいるのよ」
先程までの笑顔はどこに消えたのやら。
しらべは相変わらず、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
「うちなー。てつやのお師匠さんのとこ行っててん。ほんならな。しらべちゃんがおってん。だからな。うちめっちゃ嬉しかってん」
「は、はあ?」
支離滅裂なあおいの説明に、さっぱり意味がわからないと言った様子でしらべが困惑している。
「ボイストレーニングに行ってたんだよ。すぐ近くにメロディアってスクールがあるだろ。そこの帰りだよ」
ざっくり説明した俺に、やっと状況が理解できた彼女は、あおいに抱きつかれたままこう言った。
「メロディア。ふん、えらく良い所に通ってるのね。まぁいいわ、わたしは帰るから」
そう言って淡々とあおいを引き離し、ギターを背負おうとした途端、彼女の背中に今にも泣きそうな声が響いた。
「しらべちゃん帰っちゃうん……?うち、一緒にご飯いきたいな。な、しらべちゃん、一緒に行こう?」
瞳を潤ませながら見つめるあおいに、しらべは一瞬うっとたじろいた後、俺の方を睨みつけてこう言った。
「もちろん、アンタのおごりなんでしょうね?」