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――なんだよ、この絶望的な状況は……!
渡慶次はドロドロに溶けてこちらに手を伸ばしてくる遠藤と、ツカツカと教室に入ってきた医者を見比べた。
――挟み撃ちかよ……!
どっちに逃げればいいのだろう。
避けられそうなのはミイラだが、そっちに突っ込んでいっても窓は開かない。
自ら壁際に追い詰められに行くようなものだ。
じゃあ医者の方か?
ダメだ。
渡慶次の右腕には噛み傷がある。
近づけばあのメスで切断されてしまう。
――どうすればいい……どうすれば……!
迷っているうちに医者は一歩また一歩と近づいてくる。
(……こんなの、無理ゲーだろ……!)
渡慶次が目を瞑ったその時、ふわっとアルコールのような香りがした。
「……え」
目を開けると渡慶次には眼もくれずに脇を通り抜けた医者の白衣が、渡慶次の体を撫でた。
『苦しんでいる患者を、楽にしてあげるのも医者の務めで~す』
医者が低い声を出す。
『患者の死亡確認をしてあげるのもまた、医者の務めで~す』
医者はそう言うと胸元から何かを取り出した。
「―――注射?」
思わずつぶやく。
医者が胸のポケットから取り出したのは、
確かに注射器だった。
『……やナニ″ぁ!来ゑナょぁ!!』
遠藤が目を見開いて首を振ると、初めに右目、続いて左目がポロリと垂れ落ち、やがて溶けた肉塊に紛れて見えなくなった。
『……こっちレニ来ゑナょよ!!』
遠藤が黒い液体を吐きながら叫ぶと、綺麗に並んでいた白い歯がボロボロと抜け落ち、床に転がった。
――医者に怯えてるのか……?
医者は遠藤の茶色い体液がしみ込んだ白シャツの襟元を捲ると、慣れた様子でその首筋に注射器を突き刺した。
――医者が……ゾンビを治療した……?
遠藤の体がのけぞり、声にならない叫び声を上げて震える。
明らかに苦しんでいる。
嫌がっている。
治療――ではない。
攻撃だ。
渡慶次は信じられない思いでその光景を凝視していた。
医者は敵キャラ。ゾンビになった遠藤ももはや敵キャラであるはずだ。
敵キャラが敵キャラに攻撃することもあるのか?
「!!」
渡慶次は口を開けた。
――泣い……てる……!?
注射を刺された遠藤が崩れ落ちていくのを見ていた医者の灰色の目から、涙がこぼれた。
――なぜ泣く?悲しいのか?
いや、これはゲームのキャラクターだ。
悲しいなんて感情があるわけがない。
悲しんでいるという設定だ。
ゾンビウイルスによって犯された患者。
それを救えなかったことで、悲しんでいるという設定。
なんで敵キャラに感情の設定が必要だったんだ?
――まさか、このゲームって……!
思いつくと同時に渡慶次は、床を蹴った。
――そうか。そういうことだったのか!
並ぶ机にぶつかり、椅子を蹴り飛ばしながら走る。
遠藤の最期を見守っているのか、医者は追ってこない。
――見えたぞ!このゲームの攻略法!!
渡慶次は廊下に飛び出す瞬間、遠藤を振り返った。
『――カゝひば─ナょひゃ゛ねレよ丶)レニ』
遠藤だった塊は、謎の言葉を発しながら膝をついた。
『木木寸……・・・愛シ…て……ゑ』
裂けた顎ががくがくと震え、剥き出しになった頭蓋骨から最後に発した言葉は、渡慶次にはわからなかった。
◇◇◇◇
階段を駆けあがり3階にある2年生の教室に駆けあがると、渡慶次は2年6組に入った。
――もし俺の考えが間違っていないとすると……!
チョークを手にして黒板の前に立つ。
『ゾンビ』は『医者』に倒される。
渡慶次は『ゾンビ』の横に『医者』を書いて矢印を向けた。
一方『ゾンビ』=ウイルス。
ウイルスは『医者』以外の誰でも怖い。
それがたとえ『教師』でも。
『ゾンビ』がもし『教師』を感染という攻撃で倒せるとしたら。
『ゾンビ』から伸ばした矢印を『教師』に繋ぐ。
さきほど渡慶次が医者を追いかけて放送室に行こうとしたときに、医者はメイクを直しているピエロの脇を通っていったはずだ。
つまり医者にとってピエロは攻撃対象ではない。
逆に弱点、ということはないだろうか。
ピエロは道化師。嘘つき。マジシャン。
医療を司るドクターとはいわば対局にある、化学では説明できない存在。
そう考えれば、嘘つきのピエロは医者に勝るかもしれない。
「……やっぱりそうだ……!」
このゲームでは、ピエロに水、教師に校内放送、とのように敵キャラの回避方法しかない。
敵は一定時間は封じられるが、やがて動き出す。
メイクを直したピエロのように。
徘徊を始めた教師のように。
つまりプレイヤーは敵キャラを倒すことができない。
だから、
「敵キャラ同士でぶつけ合う……!」
このゲームの攻略法は、
――敵同士を、殺し合わせること。
「しかしそうなると―――」
渡慶次は黒板を睨みながら頭を掻いた。
「最後にピエロが残るんじゃね……?」
もしピエロの弱点が教師だとすれば、タイミングを合わせて4人を集めれば、攻略が可能かもしれない。
しかしピエロが教師に弱いというのは、どうしても解せない。
「……足りないんだよ」
そのとき、首を傾げる渡慶次の後ろから声がした。
「敵キャラが、もう一人ね」
2年6組の入り口に立ってこちらを見つめていたのは、
知念繁だった。