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支え合った二人は、そのまま意識を失っていた。
疲れすぎていたのだ。
タクヤは長い眠りのあとだったが、それでもいきなりこの惨状に遭遇してはしかたがなかった。
二人が目を覚まし、あたりを見回すと、すでに夕日がほぼ海に消え、空には星がいくつか見え始めていた。
立ち上がったタクヤは、ユリの手をとった。
うす暗いことをいいことに、手をつないだまま、みなのいる方に戻った。
二人が防波堤を越えて、庭園の並木まで来たときのことだった。
いきなりフラッシュの光に包まれた。
ユリが「きゃっ」と叫ぶ。
何者かがカメラを向けていた。
タクヤはユリの手を離して怒鳴った。
「だれだ?」
「ペラータ・テレビのビスキです。突然すみません」
ビスキと名乗った女性が、手に持ったハンディタイプの小型撮影機材を、写真モードからビデオモードに切り替えた。
「ここからはビデオモードで失礼します」
「テレビ局? やめろよ、勝手に撮るなよ」
「タクヤ王子ですね? ご無事で何よりです。お怪我のほうは?」
「見ればわかるでしょ、小キズができた程度、ピンピンしてます。ていうか、どこから入ってきたの?」
「私はちゃんと許可は得ていますよ」
それを聞いてユリは「本当に?」とタクヤを見た。
「はあ? まままま、まさか、あの大量の書類の中に混ざってたの? 全部サインしたけど、災害に必要だから、って。でも、報道の人が混じってるなんて聞いてない」
「では、本意ではない、ということですか?」
「本意もなにも、こんなところで撮るなよ、ふざけるな、って話」
「では、せめて、国民のために、タクヤ様のご無事を伝えさせてください……」
「いや、気持ちはわかるけど、しかしいきなり祈り師の人と二人で撮られたら、勘違いされるでしょうが」
「そちらのおきれいな方は、タクヤ様の専属の祈り師の方ですか? いつからタクヤ様の祈り師になられたかお聞かせいただけませんか?」
「そんなの関係ないだろ」
「不幸な状況で助けあう高貴な二人、国民としても関心を持たないわけにはいきません」
「ふざけるな」
タクヤは怒鳴る。
それでもカメラを向け続けるビスキに、彼は我慢の限界を超えて「よこせ」と力ずくで機材を奪い取り、石畳に叩きつけた。
「王子様、やっていいことと悪いことがございます」
「あんたが決めることじゃない。そうでしょ? ここは王宮の敷地内なんだし、我が意にそむくことは許さない」
「だとしても、ライブ配信中に、いきなりこのような暴挙をされては、国民がどう思うか……」
「らららら、ライブ配信?」とタクヤの声が裏返った。
「それこそ、きちんと説明しないと、大きな誤解に発展しかねないかと」
「ただ撮影していただけじゃないの? まさか、それも僕が許可したの?」
「はい、おそれながら、その通りです。とりあえず、私の仲間が、軍のテントにおります。そちらにも機材はあるので、あらためてご説明を……」
その時、横から男が飛び出てきた。
男は冷たく断じた。
「その必要はない」
「ゼン?」
「ああ。自覚のない王子ってやつは、やっぱあぶねーわ。これからは、なるべくついていってやる」
「しかし、暴力で中断されたライブ配信は?」
「そんなもん、つながってねえよ」
「いえ、これは衛星と直接……」
「王宮ってのは、衛星から撮られないように妨害電波が飛んでるって知らないの?」
「あ……」
「当たり前だろ。じゃないとプライバシーがなくなる」
ビスキは「ちっ」と、舌打ちした。
「いきなりのことで、すっかり忘れてたわ。さっきまでそれが理由で、地上波を使ってたのに」
「残念だったな。報道にはもっと伝えてほしいことがある、そっちで頑張ってくれ。いこうぜ」
三人が立ち去ろうとすると、ビスキはあわてて声をかけた。
「ちょっと待って。タクヤ様に質問です。龍人族といえば、王宮が養護してきた存在のはず。世界的には危険視されていても、こちらの王宮はずっと寛容な姿勢を続けていました。なのになぜ、龍人族が爆撃を行ったのですか? おかしいではありませんか」
「それ、僕に聞いてます?」
「もちろんです、タクヤ様」
「なんだか僕より、あなたのほうが、はるかに詳しそうだけど」
「ご見解をいただけませんか?」
「僕は、この悲惨な現実に直面して、どのような理由があろうと、それをやった者たちを、許す気はありません。それだけ。だめ?」
「いえ、十分でございます、ありがとうございます」
テレビ記者が去ると、ゼンはため息を付いた。
「おまえ、また敵を作るようなこと、言っちまったな」
「はあ、どういうこと?」
タクヤは、意味がわからず、問いただした。
ゼンは、タクヤを見て、そしてユリを見た。二人の様子を確認してから言った。
「疲れただろ。まずは飯、食いに行こうぜ。あそこのキャンプで食事を配っている」
「ゼン、僕は出された書類に全部、サインした。たぶん、いろんな人が入ってくる」
「しかたないさ、おまえさえ無事なら問題ない」
「断言する?」
「悩んだってしかたないだろ、王が不在な以上、おまえがやらなきゃいけないことはある」
「それは、まあ、そうだけど」
「この国のルールってやつが、いっぱい」
「ああ、この国のルールか……」
「規制があっても議会の承認をまたずに対処できるのは王の特権。普段は最高裁の判決権しかないが、緊急時には例外が認められている。まあ、おまえは王の代理として、いい仕事したと思うぜ」
「ゼンにほめられても、なんか嬉しくないんだけど」
「喜ぶことでもないだろ」
「そっか」
ゼンは「あんたもな、祈り師のユリ、おつかれさん」と、タクヤのむこうの女性に言った。
「あ、いえ……」
ところどころにランブが掲げられ、焚き火のたかれた中庭。
軍が用意した夕食に、10人ほどの人々が列をなしていた。
その列に、タクヤたちが近づくと、人々はうやうやしく頭を下げて道をあけた。
しかしタクヤは首を横に振った。
「どうか、そのまま並んで。僕たちは最後でいいから。それより、みんなと同じものを食べられるのが嬉しいから。皆さん、怪我はなかったですか?」
人々はつぶやいた。
「我々は大丈夫でした」
「タクヤ様……」
「やはりタクヤ様じゃ」
「おかわりなく」
「小さい頃のまんまじゃ」
「よかった、本当によかった」
どうやら、今の態度は王子として正解だったらしい、とタクヤは理解した。
トレーを受け取り、シチューをよそう女性軍人の前に来ると、タクヤは「すみません、僕、少し多めで。できれば、肉をたくさん」と言った。
「はっ。御意」
「って、冗談ですよ。みんなと同じでいいです。ありがたくいただきます。ていうか、いい匂い。美味しそうですね」
気持ちがふさいでいた人々は、タクヤ王子の素直な声を聞いて、懐かしそうに笑みを浮かべるのだった。