三人が庭園のベンチで食事をしていると、近くからテレビの声が聞こえてきた。
携帯テレビを持っているものが、皆のために、わざと音量を上げて鳴らしはじめたのだ。
アナウンサーが速報を伝えた。
「たった今、龍神族(りゅうじんぞく)より声明が入りました。龍人族より『富を独占し、大地を汚す悪魔に、神の鉄槌(てっつい)を下す』とメッセージです。これは、公式な発表です」
広場に居合わせた人々がざわついた。
「予想はされていましたが、やはり環境過激派・龍人族が声明を発表しました。龍人族は、かねてから環境過激派として知られている国際的な組織。『富を独占し、大地を汚す悪魔の国に、神の鉄槌を下す』 これが龍人族による声明文です。さて、解説委員のイヒミセットさん、これは『環境過激派による狂気じみたテロ』と呼んでいいことなのでしょうか?」
アナウンサーに問われ、解説委員は丁寧に話し始めた。
「まず、国民にみなさんには改めて、冷静になることを、一番にお願いしたい。すべてのことがはっきりするまで、もう少し時間が必要です。スーサリア国民の、誇りと、誠意を持って、全人民で助け合いましょう。すでに我々の自衛は整っています。再び攻撃に見舞われる可能性はありません」
「攻撃がくり返される心配はない、ということですね?」
「はい。そこは政府の説明を信じていいはずです」
「しかし、もともとの国防体制は、どうなっていたのでしょう? 高貴なる王宮への攻撃をゆるしてしまうなんて」
「今回、彼らは飼いならした5体の飛龍による空爆を行いました。この春のグラビラス号事件と同じ戦闘用の龍です。
龍は航空機とは違い、レーダーでとらえづらく、しかもほとんど音も発しません。しかも、どこからでも飛び立つことも可能です。急襲をかけるという意味では、現代の最新兵器を越えた高性能と言えなくもない。しかし、逆にいえば、龍といえど生物なので、ライフルなど軽火器で撃ち落とすことが可能です。狙撃手の配置さえ済めば、もう怖がる必要は全くない、ということになります」
「一般的に『龍人族』と我々は呼びますが、彼らは、本当に龍を使いこなす民族だったのですか?」
「そのあたりのことは、まだよくわかっていません。飛龍は稀少な野生動物であり、人間が飼いならして利用するということは、国際的に許可されていないはずです。しかし、重要なのは、龍人族という、過激な国際組織の存在です。ここであえてはっきり申し上げさせていただきたいのは、今のこの状況は『テロ』と呼ぶよりも、すでに『戦争』と呼ぶべき、ということです。たとえ彼らの主張する環境主義に理があったとしても、このような一方的かつ非人道的破壊が、国際社会の中で許されるわけがありません。まして神聖な王宮への空爆など、言語道断です。主犯と考えられるグループや、協力している国家そのものを攻撃することも、いち早く検討する必要があると思われます」
「報復攻撃をする、ということですか?」
「いえ、報復ではなく、これはあくまで自衛です。これほどの被害が現実のものとなっている以上、必要最低限の実力行使は、国家として当然の権利と言えます」
「平和主義国スーサリアとしては、どこまでが自衛で、どこからが先制攻撃なのか、難しい問題も絡んでくると思われますが」
「もちろん最終判断は政府に任せられていることではあります。しかし、スーサリア国民の生命財産を守り、これ以上の被害を出さないために、どうか妥協のない決断を早急に行ってもらいたい」
「なるほど。さて、ここでひとつ、よいニュースが入ってきました。心配されていたタクヤ王子の安否ですが、生存が確認されたとのことです。幸い大きな怪我もなく、王宮敷地内で無事に過ごされていらっしゃるとのこと。たまたま遭遇した記者が直接伝えてきています」
「これは不幸中の幸、ホッとしました」
「本当によかったです」
テレビで話題に上ったタクヤ本人は、口元に運んだスプーンを止めて、ユリと目を合わせた。
「さっきの人かな」
「でしょうね」
ユリが、悪戯っぽくうなずいた。
ゼンが横から言った。
「ユリ」
「なんですか、ゼンさん」
「いや、その『さん』はいらない。オレもユリって呼ぶから。いいだろ?」
「はい……」
「診療所の方は、軍の人が片付けをやってくれている。すべてが元通りとはいかないだろうが、そろそろいいだろう。君は、ドクターの元に帰って、今夜はゆっくり休んでくれ。オレとタクヤは、このへんで寝るから」
「え?」
ユリとタクヤが、顔を見合わせて、同時に聞いた。
ゼンは少しなつかしそうな顔をした。
「軍が毛布を支給している。あれを借りよう。いいだろ、また星空のもとで語り合おうぜ。夏はよくやっただろ」
「いやまあ、語り合うのはいいけど、あいてが君というのは、どうなのかな」
ゼンは苦笑し、食べ終えたトレーを持って、立ち上がった。
「教えてやるよ。おまえの母さんが、どんなに素晴らしい人だったか。それを受け継ぐ者たちの、決意ってやつもな。なぜ王宮がこうなったのかも」
「それは誰だ? 龍人か?」
「ああ」
「爆撃したやつらか?」
「そうだ」
「なんでゼンが知ってるんだよ」
「すべてを知っているわけじゃない」
「ずるいじゃん、そんなの」
「この現実には、ここにいたる理由がある」
「なんだそれ、意味わかんないんだけど。ていうか、ゼンは、最初からいろいろ知っていたのか?」
「この爆撃を実行した本人を、オレは知っていた」
「おい、どんなクソ野郎だよ。人間か? 悪魔じゃないのか? 罪もない人々をこんな目にあわせるなんて」
「タクヤ、おまえにはわるいが、いい人だよ。医師だ。いや、元医者で、今は環境派の国会議員」
「はあ、なにそれ、いい人のわけがあるか」
タクヤは吐き捨てるように言った。
ユリは、懇願した。
「私も、知りたいです。話、いっしょにダメですか?」
「わかった。とりあえず、ユリ、君はドクターのところに戻って安心させてきたほうがいい。せっかくだから風呂でも入ってこい。戻ってきたら、きっちり語ってやる。しかし、オレが語ることが、全て正しいとは思わないほうがいいぜ」
「デタラメだからか?」
タクヤが突っかかる。
ゼンは冷静に王子の目を見かえした。
「正しくあろうとすると、巻き込まれる。生き残れるとも限らない。王妃をもってしても、それはかわらなかった」
「でも」と、ユリはあわてて問いただした。「タカコ妃は、病死だったはずでは?」
「病気ではあった、が、病死したわけじゃない。消されたのさ。売国野郎どもに」
ゼンは、王宮の一角を、残酷なくらい明確に指差した。
「王妃を、なきものとし、王宮の秘密を大国に売りわたそうとしていたやつらが、今日、あの場所に集まっていた」
「それが? そのための攻撃だったのか? そのためにメリルさんが巻き込まれて死んだっていうのか? 巻き込まれた人は大勢いるぞ、小さな子供だって!」
興奮したタクヤに、ゼンはシニカルな笑みを浮かべて、吐き捨てた。
「メリル……あの人は、オレと同じ古武道の格闘家だ」
「だからどうした」
「彼女が、メリル本人が、この計画を立案したんだよ」
タクヤが息をのむ。
「なんで……」
「わかるだろ、みなまで言わすな」
「わかんねえよ、わかるわけないだろ、何が言いたいんだよ!」
「証拠を消すために自分の上に爆弾を落とさせたのさ」
「はあぁ? 僕がそこにいたら?」
「おまえが診療所に行った連絡からスタートした。これはオレの憶測だが、メリルはおそらく、おまえが『今日』目覚める細工をした。連邦の企業連中が集まって秘密会議。しかも亡き王妃の誕生日。王は遠征中で要人は出はらっている」
タクヤは、ハッとした。
死の間際、祈りで苦しみから解放されたメリルは、最後に口元を動かして、なにかを語ろうとしていた。
「ありがとう」か、「だいじょうぶ」か、そのような言葉とタクヤは理解していたが、そうではないと気がついた。
「あとは頼みます」
と言い残していたのだ。
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