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救急搬送。
詩織は軽い過呼吸とショック症状。
幸い身体に異常はなかった。
でも――問題は心。
病院の白い天井を見つめながら、
詩織はぼんやり思っていた。
(なんで……あんなことになったんだろ……
踏切なんて、平気だと思ってたのに……
最近……私、ちょっと弱くなってる……?)
そして思い出してしまう。
――「触らないで」
あの言葉を口にした瞬間の玲央の顔。
苦しそうで、悲しそうで、
まるで責められたみたいに固まっていた。
(ちがうの……玲央くんを拒否したかったわけじゃ……
ただ……怖くて……)
胸がキュッと痛む。
◆
病室前の廊下。
玲央は壁にもたれ、
深呼吸を何度も繰り返していた。
(まただ……また俺は、人を追い詰めた。
何年経っても、同じことを繰り返す)
携帯が震える。
ディレクターからだ。
「天音さんのこと、本当にすみません!
スタッフが不用意に噂を……とにかく今は休ませてあげてください!」
謝罪の言葉が続く。
けれど玲央の心には、一言だけが刺さっていた。
――「休ませてあげてください」
(俺がそばにいたら……休めないだろ)
理由は違う。
でも玲央はそう思ってしまった。
そして、自分で自分に宣告する。
(……距離を置こう)
“優しさ”じゃない。
“逃げ”でもない。
ただ――
壊したくないから。
玲央は病室のドアに手を伸ばした。
一度だけ、触れる。
ほんの数ミリの距離。
でもそのドアの向こうにいる少女には、
声もかけられない。
(……ごめん。
今の俺じゃ、助けてあげられない)
そのまま背を向けた。
歩き出した瞬間、
胸が裂けるように痛んだ。
(近くにいたいのに。
でも、近くにいる資格がない)
廊下に、玲央の足音だけが響く。
◆
翌日。
詩織は復帰すると、
すぐに玲央に会いにいこうとした。
けれど――
リハ室に行くと、
いつも隣にいたはずの玲央がいない。
代わりに貼り紙があった。
【玲央:一時的に別プロジェクトにアサイン中】
詩織「……は?」
先生「玲央くんなら、しばらく他の子を見るって。
ほら、最近天音さん忙しいし、負担かけないためにね」
負担。
その言葉に詩織の胸がズキッと軋む。
(負担って……
私のせいで……?
私……迷惑……?)
必死に首を振る。
(そんなわけない……そんなふうに思うような人じゃ……!
玲央くんは……そんな人じゃない!)
でも――
「触らないで」
自分の声が頭にこだまする。
(ああ……私……
あんな言い方……)
涙が、またにじむ。
詩織は座り込んでしまい、
肩を震わせた。
◆
その頃、玲央は別スタジオで仕事をしていた。
クール、淡々、いつもの優秀な顔。
でも、内側は全然平気じゃない。
スタッフ「玲央くん、天音さんのこと……」
「その話は後にしてください」
一瞬だけ声が低くなる。
そしてすぐ平常に戻る。
(俺が戻れば……詩織さんはまた無理をする。
笑って、隠して、頑張ってしまう。
だから今は、この距離が必要なんだ)
優しすぎる選択。
でも最悪の選択。
本人は気づいていない。
その“距離”こそが、
詩織の心をいちばん傷つけていることに。
◆
夜。
詩織は寮の屋上で空を見上げていた。
(どうしてあの時……
「助けて」って言えなかったんだろ……
どうして……
「離れないで」って……言えないんだろ)
星が滲んで見える。
携帯を握りしめる。
連絡したい。
声を聞きたい。
会いたい。
けれど送信画面に文字を打つたび、
胸が締め付けられる。
――玲央くん、ごめんなさい。
――迷惑じゃなければ……
――話したいです……
全部消してしまう。
(嫌われたくない。
重いって思われたくない。
でも……このままじゃ……もっと……)
そしてぽつりとつぶやく。
「……玲央くん、帰ってきてよ……」
その声は風に消えた。