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「俺はユースアウィス……ユウと出会い、ケットに会わせてもらって、そして、ケットとともにこの樹海を守ろうと思っている」
ムツキのその言葉にリゥパは目を見開く。
「樹海を守る? ユースアウィス様ですって? しかも、ユースアウィス様やケット様まで呼び捨てにして! 人族のくせに!」
リゥパは樹海を守るという言葉に動揺を隠せない。人族も魔人族も樹海を資源の宝庫と見ており、お互いにどうにかして出し抜いて、すべてを手に入れようとしていたからだ。
ケットが率いる妖精族の多くは、樹海に住み、樹海を管理する仕事の一部をそれぞれが担っている。それは、妖精族がこの世界および世界樹と結んだ約束のためだ。
「リゥパ。落ち着いて聞いてほしいニャ。オイラはムツキさんをご主人と認めたニャ」
ケットは言葉激しく激昂しているように見えるリゥパを宥めようとする。
「嘘……ですよね?」
妖精王が仕えるということは、すべての妖精たちがムツキの下になるということを指している。しかし、そんなことはリゥパにとってどうでもよかった。ただ彼女は、目の前の王子様が急に手の届かない所へ行ってしまう気がしていた。
「本当ニャ。これからファスの所へ挨拶に行くところニャ」
ファスとは、リゥパの父であり、エルフの長の名前である。
「君たち妖精族が人族に良い思いを抱いていないのは知っている。だけど、俺はほかの人族と違うんだ。そう、俺はここのかわいいモフモフたちを守りたい!」
ムツキが力説し始めたので、リゥパは目を丸くする。
「……モフモフ?」
「つまり、動物の姿をした妖精たちのことかな」
「そうじゃなくて、それ、あなたに、何のメリットがあるの?」
「俺はモフモフたちとスローライフを送りたくて、この世界じゃない世界からユウに転生させてもらって連れられてきたんだ」
モフモフ、スローライフ、この世界じゃない、転生など、リゥパにはよく分からない単語がどんどんと出てくる。
「異世界からの転生?」
「つまり、別の世界から魂がこちらに来たってことニャ。ご主人ははっきり言って強いニャ。最強ニャ。味方になってもらえるならこれほど心強いことはニャいニャ」
「だからって、人族じゃないですか! ケット様、忘れたとは言わせませんよ!」
リゥパはその言葉を吐き出してから、しまったと思い、自分の口を塞ぐ。しかし、出てしまった言葉が戻ってくるわけもなく、ケットが少し俯いて、尻尾も心なしか元気がなくなったように見える。
「……忘れるわけニャいニャ。でも、ご主人はただの人族じゃニャいニャ。ユースアウィス様に一から作られた別種と考えてもいいニャ」
「そんな」
「ねぇ、リゥパ、あーたさっきから……」
ルーヴァが目の前で支離滅裂になっているリゥパの心中を察し、助け船を出そうとしている。ルーヴァから見て、リゥパが初めての一目惚れをしていることなど容易に想像がついた。そして、前後の会話がおかしくなっていることに気付いていない。
「危ない!」
「えっ」
ムツキは咄嗟にリゥパを引き寄せて抱きしめつつ、彼女の背後から迫って来た犬型の魔物を倒す。
「魔物がまだ残っていたニャ」
「……なんで助けたの?」
リゥパの鼓動が早くなる。ムツキの温もりと微かに香る匂いがリゥパを刺激する。彼女の顔は真っ赤になっている。
「なんでって、女の子を守るのは男として当然だろ?」
「そんなの、下心じゃない!」
「そりゃ、そうだな。リゥパさんみたいなかわいい女の子に好かれたら嬉しいしな」
ムツキは素直に答える。下手にかっこつけず、思ったことを口にしている。
「かわ……そこまで言うならお付き合いから始めてあげてもいいわよ!」
リゥパは突然そう言い放った。もう彼女の中ではいっぱいいっぱいだったのだ。
「あらま、ついに言っちゃったわね……」
「あー、やめといた方がいいニャ。ご主人はユースアウィス様の伴侶ニャ。ユースアウィス様は重婚、つまり、多妻を認めているけど、ファスが認めニャいニャ」
「あらま、残念だったわね、リゥパ」
「……この女たらし! いいわ、こうなったら、私があなたの恋人になって、その性根を叩き直すんだから! まずはあなたのことをムッちゃんって呼ぶわ!」
「えぇ……どういうことだ?」
「よく分からニャいけど、リゥパはご主人のことを気に入ったようニャ」
「なら、まあ、いいか」
「いいのかニャ……?」
「そうと決まれば、パパの所に行くわよ! でも、捻挫したみたいだからおんぶして!」
「大丈夫か?」
リゥパは立ってから一歩も自分で動いていなかった。そして、彼女はムツキに向かって両手を伸ばす。彼はそれに応じて、広い背中を彼女に貸す。
彼女はワイシャツ越しに感じる温もりを忘れまいとじっとして記憶しようとしている。
「あーた、なんだかんだ言って、もうべったりじゃない?」
「うるさい!」
ルーヴァがニヤリとして、リゥパをからかい始める。
「おいおい、背中で暴れないでくれよ?」
「……うん」
その後、ムツキはリゥパを背負いながら樹海を歩いていくのだった。
「今思い出しても、やっぱ、あーた、出会いからしてとんでもなかったわね」
「いいじゃない。こうやって一緒になれたんだから」
リゥパは手をひらひらさせる。ルーヴァは呆れつつ、それを口にすることはなかった。
「そろそろ、戻った方がいいんじゃない?」
「あー、そうね。今日はムッちゃんのとこで寝てくるから。おやすみ」
「元気ねえ……。おやすみなさい。まあ、がんばりなさいな」
リゥパが部屋を出て、静まり返る中、ルーヴァは小さく笑みを浮かべた。