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それから、俺は極力勇斗と過ごす時間を減らした。とは言っても同じグループにいる以上彼とは一緒になる仕事現場も多く、思うように距離を置けるわけではなかった。
それでも勿論仕事はこれまで通りこなしたし、態度が変わったとか様子が変だとか、誰かに何かを言及されるようなこともなかった。
ただ、勇斗だけが違っていた。仕事は同じようにこなしたけれど、移動や食事を共にしても、会話をすることが少なくなった。初めは単にそういう気分なんだろうと納得していたようだったが、それが毎回となると俺が意図的に関わりを避けていると、彼は気付いたようだった。そういう時、決まって勇斗はなにか言いたげに視線を向けてきた。当たり前だろう、十年以上の付き合いがあって、それなりに親しくしていたメンバーにいきなりそんな態度を取られたら。こちらが一方的に悪いのだから何を言われても文句は言えないし、彼が機会を狙って話し掛けようとしていることは分かっていた。
でも、それでも、出来る限り接触を避け続けた。
周囲に人がいる場所では以前と何ら変わりなく見えるように、当たり障りのない話をした。俺から話しかけると、すこし驚いたように目を見開いてから、はっとしてすぐに笑顔を取り繕う。そんな彼を見るのは苦しかったが、俺は彼を完全に断ち切ってしまえるほど強くもなかった。
そんな現実の穴を埋めるように、夢の中にのめり込んだ。
「あのね、仁人」
「勇斗聞いて、今日はロケに行ってね、そこで」
何かを言いかけようとする勇斗を遮るように自分の話をし続けて、前よりぎこちなくなったその笑顔を見ないふりをした。あまり触れてこなくなった大きな掌を自ら握って、強く頬に寄せた。縋るような俺の姿はきっと彼の目には滑稽に映っていただろう。嫌われるのが怖くていつの間にか目を合わせられなくなった。
目の前の勇斗はまだ、俺のことを好きでいてくれているのかなあ。
「仁ちゃん、大丈夫?」
「? うん、大丈夫だよ」
ぼんやりして、話が止まった俺を心配してか顔を覗き込まれる。どんな顔をしていいか分からなくて、取り敢えずへらりと笑った。
上手く笑えたかな、そうだといいな。
自分の想いを自覚したあの時、あのまま抱きついてしまえば良かったのだろうかと考えた。深刻な表情で胸に飛び込む俺を、優しい彼は黙って受け入れるだろう。拒絶するなんて選択肢を持ち合わせていない、優しくて、それでいて残酷な男だ。
そう頭の中でいくら繰り返しても結局俺は、そんな勇気はない、の結論で終わってしまう。勇気と呼べるのかも定かではなかった。所詮はどう転ぼうが全てが独りよがりなのだ。
「はやと」
「どうしたの」
「……ごめんね」
それなら、これが。
きっと、いや、絶対に正しい。
だから、鍵をかけたつもりでいた。もう否定など出来ないそれを、自分ですら取り出せないくらい奥深く、厚い壁で覆って、秘めた。
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#さのじん
さき
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二度と開けてはいけない。開けてしまったら最後、今度こそ全てを奪い、全てを失うことになるとわかっていたから。
「お疲れ気味だね」
ゲーム関連の打合せを終え戻った静かな会議室に、柔太朗の落ち着いた声がそっと落ちた。
多分色々と察しているだろうに、そこには詰問するような色も、強引に理由を聞き出そうとする響きもなかった。ただのメンバーとしてゲームをする友人として、俺の異変と限界を包み込むような、短く優しいそれだった。
「……わかる?」
「うーん、ギリってとこかな」
「……なんかもう、よく分かんなくてさ」
「そっか、わかんないか」
その言葉をきっかけに、彼はそれ以上追及することもなく口を閉ざした。無理に触れてくることも、身を乗り出してくることもない。ただ正面から、温かく深い眼差しで俺を見つめ続けている。
視線が真っ直ぐに交わるその位置関係は、ごまかしや嘘を一切許さない。けれど、そこにあるのは威圧感ではなく、どんなことであれすべてを受け止める準備ができているという、彼の揺るぎない佇まいだった。
「なんつーか早い話、全部諦めて考えなきゃいいんだよ。でもさ、」
「いや無理っしょ、よっしーには」
はっきりと言い切られ思わず笑いが溢れた。
そう、無理なんだよ。諦めの悪い俺には。
手元の腕時計に視線を落とすと19時を回ろうとしていた。また、夜が来てしまう。
「まだ納得できてない感じか」
「できたと思ったんだけどね」
現実の勇斗と向き合わないくせに、夢の中の勇斗を逃げ道にしているこの状況をどうしても許せない自分がいる。俺だけがズルをしている気がして、でも、今更どうすれば打破できるのか考えても考えても答えは出てこない。
こんな消化不良の気持ちを抱えたまま、夢を見ることさえなんだか烏滸がましくて、ここ数日は眠ることすら怖くなっていた。ソファに座ってうたた寝のようなものを繰り返しては朝を迎え、夢の勇斗まで避けている始末だ。
自分が情けなくて思わず溜め息が出た。
「個人の話ならさ、一人でもいつか答えは出ると思うけど。……そうじゃないよね?」
「まあ、そうだけど」
「だったらもう、やることは一つじゃない?」
「おー……」
「あ、仁ちゃんの悪い癖だ」
言わんとしてることは充分わかるが、いざそうなると渋りたくなってしまう。ましてや、自分の中でまとまっていない状態で話したところで事態を悪化させる可能性の方が高い気もする。
そこまで思考を回して、いや待てよとスマホをいじる目の前の男の存在に気づく。なにも別に二人だけで話す必要はない、だってここにこんな適任者がいるじゃないか。
「柔太朗」
「それはちょっと厳しいかな」
「だから俺の心を読むなって」
「……ついでにもう一つ当ててあげよっか」
そう言うと徐に立ち上がり、俺の腕を引き隅に置かれたソファへ誘導させられる。肩を押され、あれよあれよという間に寝かせられ、頭の下にクッションまで用意された。
「え、は、なに」
「寝てないでしょ」
頭側の背もたれに肘をついて見下ろす柔太朗に、口調こそ普段と変わらないものの有無を云わせぬ圧を感じた。軽いメイクで隈は隠してきたはずだが、時間が経って落ちてきてしまっていたのかもしれない。それか気を抜いた瞬間にボロが出てしまったんだろうか。
「いや、もう今日帰るだけだからさ。今更」
「帰ったらちゃんと寝るの?」
「そりゃ家の方が」
「嘘だね。はい、寝た寝た」
いつの間に用意したのか照明のリモコンを操作し、深夜灯の暗さにまで光を絞った。つられる身体はなんとも正直なもので、徐々に瞼が重くなってくる。ここの部屋は何時までいてもいいのかだとか、マネージャーに送迎の連絡をしないといけないだとか、色々頭を巡らせていたが、何も気にしなくていいからねという柔太朗の言葉に一瞬で霧散した。
「あなた、結構顔に出るからね」
「……そっか、そうなんだ」
「そうだよ」
目の上に手を翳され、わずかな光を遮られる。
強制的に暗闇へ誘われそうになって、無意識に神経が強張る。衣擦れの音が聞こえると同時に空気が揺れ、柔太朗が真横に座り込んだのを感じた。そのまま空いていた手でお腹のあたりをぽんぽんと撫でられる。子どもみたいだなあと思いながら、自然と呼吸が規則的なリズムに合わさると、意識は呆気なくゆっくりと遠ざかっていった。
控えめにドアが開く音が遠くに聞こえ、ぼんやりと覚醒する。部屋は相変わらず暗いままで、どれくらいの時間が経ったのかも分からない。慎重な足音がだんだんと近づいてくるのを感じたが、まだ身体は休み足りなかったようで瞼を少し持ち上げるのが精一杯だった。
「あ、ごめんね、起こしちゃった? まだ寝てていいよ」
「ん……」
そう告げられた囁き声に安心して、抗うことなく再び瞳を閉じる。身体にブランケットか何か掛けられたようで、暖かさに包み込まれた。
そうっと髪に触れられ、何度か撫でつけられる。きっと寝癖でもついていたんだろう。それから目元に掛かっていた前髪を払われ、恐る恐る額に触れられた。時間にして、およそ五秒に満たない。目の前でほっとした息遣いと呟きがこぼれた。
「……熱はないか」
そんなに具合が悪そうに見えたんだろうか。こんなに暗いと分からなさそうなものだが、どうやら顔に出やすいらしいからそういうことかもしれない。
大丈夫だよと言ってやりたいが、起きることを拒絶している頭は微睡みの中を漂うことしかできなかった。落ちかけていた腕を布の中にしまわれ、そのまま手を握られる。
すっかり慣れた、よく知る感覚だ。
勇斗に、会いたいな。
コメント
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美しい文で情景が浮かんでくるようで、のめり込んでしまいました😌🙏この先の2人の行方を楽しみにしております