単行本6巻 第42話 金策奔走にお視点で始まります!
みんなでお揃いの羽織を作るためにはお金が必要だ!僕たちはそれぞれお金集めのため屯所から京の町に駆け出した。
僕は “ 万事屋 ” と墨で書いた木の板を首から下げて、太郎くんと一緒に大通りに来た。
「ちりぬ屋のばぁちゃんのとこじゃダメなのかよ」
「ばぁちゃんはお小遣いはくれないと思うよ…..」
実際行ってみたけどダメだったし。太郎くんとしては自分を認めてくれたばぁちゃんの元が働きやすいんだろうけど、今回の目的はお金稼ぎだから仕方ない。
大通りならいろんな人がいるだろうと思ってやってくると….。
「っ返して!」
「うるせぇ!!退け!!」
こんな昼間っからひったくりに遭遇してしまった。
「っ追いかけよう!」
「嘘だろ?!こんな人混みを?!」
人がごった返す大通りだ…追いかけられることも想定に入れてのひったくり。おそらく常習犯だ。でもこのまま迂回するにしたって、犯人を見失う訳には、
「っなんだテメェ!!退けっつってんのが聞こえねぇのか!!」
犯人の男が急に立ち止まって大きな声を上げた。人の波を掻き分けて、やっと手を伸ばしそうな距離に着く。男の前に立ちはだかってるのは、
「退きません。盗ったものを返してください」
黒い髪をなびかせて、鶯色の着物と腰には二本の刀。灰色の袴に、凛とした佇まい。まるで女性のような、けれど、どこか違う、….ゆうさん、
「ンだと小童!!」
男は嫌な音を立てて抜刀した。
「におくん太郎くん!周りの避難を!人がたくさん移動できる橋や裏路地に案内して!」
「!!」
ゆうさん、僕らの存在に気づいていたのか!
僕らも参戦したいところだけど、倒幕の志士を捕まえた時のようなハッタリが通用する相手じゃない。
「っ皆さん大丈夫です!落ち着いて裏通りへ!」
「だ、大丈夫です、」
周りの人を太郎くんと誘導しながら、ゆうさんを振り返った。今の僕じゃゆうさんの足でまといになることはわかってる。だけど、ゆうさんよりも一回りも二回りも大きい相手に、ゆうさんが苦戦するのではないかと。ゆうさんはあれから僕の剣の稽古をつけてくれる。身長も近いから、力で押されすぎることもない。だけど、ゆうさんが本気で戦うのは初めてだ。大丈夫….だろうか….。
ブンと横一文字に刀を振るう男に対し、ゆうさんは抜刀しなかった。地面を蹴ったゆうさんは、まるで鳥みたいにふわりと浮かび上がって、男の前腕に着地した。音もなく、風のように。ゆうさんは襟元から小さな巾着を取り出し、中身を男の顔面に浴びせた。
「うっ?!」
怯んだ男は顔を守ろうと、ガランと刀を落とす。前腕から飛び上がったゆうさんが手にしているのは….火付け石?!
カッと音がすると、男の顔面にブワッと火がついた。
「あぁっ?!」
「あっ!」
僕と男が叫んだのはほぼ同時だった。ゆうさんがスタッと地面に着地して、男の腰に刀を収める。腰あたりでなにかモゾモゾしているな、と思えば、周りの人たちがさっきまであげていた悲鳴はなくなり、口に手をやる人。ぽかんと見つめる人。
「におくん、太郎くん!手伝って!」
僕らもわけが分からないまま、ゆうさんに駆け寄った。男は前屈みになって顔面を抑えている。
「一緒に運んで。におくんは左腕を、太郎くんは足を!」
ゆうさんは暴れる男の右腕を抑えて、一丈くらい先の川に着いた。
「さん、にぃ、いちで投げるよ。さん、にぃ、いち!」
ザブンと音がして、男が川に落ちた。と思ったら、意外と浅い川で、男の胸あたりまでしか水に浸かっていない。
「や、やった、」
隣で太郎くんが安堵すると、ゆうさんは人混みの中に飛び込んだ。
「これはお嬢さんの物かな?」
「あっ….そう、です、ありがとう…」
「いや…..」
ゆうさんと女性の身長は見た感じ変わらなかった。
「お礼なら、壬生浪士組に」
「あっ、」
では、と立ち去るゆうさんに、着いてこようとする人達は僕ら意外にいなかった。
現場から橋を渡って、人も疎らな道で、「ちょっとやりすぎじゃあ…」とゆうさんの表情を伺いながら尋ねた。ゆうさんは僕の目を見て、少し足元に目をやる。少しの沈黙で、ザ、ザ、と砂がぶつかる音がする。
「そう、だったかもしれない」
ゆうさんはポツリと呟いた。ゆうさんを挟んで向こう側にいる太郎くんは、「やめろよぉ 助かったんだから、」とでもいいたげな表情を浮かべている。
「土方さんなら、手首を一捻りで済んだろう。大事にしてしまった」
「…….」
「あの時、犯人の顔にかけたのは灰だ。怯ませて、繰り返さないようにさせる必要があった。….火も小さなもので、すぐに冷やしたし、目の中の灰も川の水で流せたことだろう。…でも、こんなやり方しか思いつかず….ごめんね、君の納得いく方法じゃなかったかもしれない」
ゆうさんは再び、僕の瞳を見つめた。そこには、悲しい気持ちも、自虐の気持ちも含まれていた。あぁ、この人はそんな表情しながら生きて来たのか。
「…..いや….お礼が、先でした。犯人が再び動き出したら、僕らでは対処できなかった。….ありがとうございます」
「…..いや」
人には人の過去があって、行き方があって、考えがある。ゆうさんは多くを語らない。いつか、ゆうさんの口から聞ける日が来るんだろうか。
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