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私が出会ったキャラの濃い海外の方について、代理形式で話していく小説です。
初回はアメリカさん。実際は英語でしたが日本語訳してます。
「ヤベシンゾウ。」
画面に映った自分が、間の抜けた顔を晒している。
「ヤベシンゾウ。」
本日のランゲージエクスチェンジ……言語交換学習……のお相手、アメリカさんが、凛々しい顔でこちらを見ている。
部屋の照明でも影のできるほど彫りの深い顔立ち、盛夏の青空を切り取ったような碧眼。
同性とはいえど、時間を忘れてみほれてしまうような顔立ちだ。
「…ヤベシンゾウ…?」
そう、この謎単語さえなければ。
「そ、知ってるよな?」
「えーっと…アベさん、ですかね?元総理の…」
「あぁ、『ア』なんだな…。悪ぃな、俺英語は母国語じゃねぇんだ。」
「あぁ、そうなんですね。」
「親父がフランス人でな。だからハ行も上手く言えねぇ。」
情報過多である。
まず、比較的攻略の簡単な後半からいこう。
有名な話だが、フランス語では「h」の音をあまり発音しない。
フランスに行くと長谷川さんはアセガワさん、本田さんはオンダさんに変身するのだ。
フランス語は独特の発音が多く、他言語のスピーキングで苦労する人も多いそうだ。
彼の父親はフランス人で、家ではフランス語が公用語なのだろうか。英語の発音にもそれが出てしまう、と。
「なるほど。私も方言を話すのでなんとなくわかります。」
アメリカさんはそうか、と嬉しそうに笑った。
「それで…なぜ安倍さん?」
「日本人とは挨拶の後推しの話をしろって。俺の日本語の先生が。」
「なんでやねん。」
なるほど…ってなるか!!
「おぉ、日本語。」
最早脊髄反射に近いツッコミを入れる。悲しいかなこれが関西の血である。
「えーっと…安倍さんが推しなんですか?」
「そうだが?」
何この人。人類は肺呼吸だろう、くらいのノリの肯定に戸惑う。
「正確に言うと自民党箱推しだな。特にヤ…ア、べ?がトップの頃が黄金世代だと思ってるぜ。」
「あぁ…アベノミクスとか色々頑張っていらしたですもんね…?」
「方針が明確で好きなんだ。うちの民主党と共和党は何したいのかわかんねぇ。」
英語で政治の話か…と身構える。『推し』と言うのも、いわゆる政治オタだということのなだろう。
なら私は公明党推し、地雷はれいわ新選組でいこうか…
「そう。それでブツダン…で合ってるか?作ったんだよ。」
「…はい?」
カメらが揺れる。移動しているらしい。
ほらこれ、とダークウッドの小洒落たチェストの上を見せられた。
「うわ凄く仏壇!」
にこやかな笑みをたたえた安倍さんが、白い桐箱の中で微笑んでいる。
お供物のつもりなのだろうか。妙にどぎついオレンジのドーナツがちょこんと供えられている。
「あ、このドーナツはMomの手作りだぜ。もうちょっと供えたら俺のおやつ。」
側に置かれたてきとうな畳み方のパーカーと空のペプシボトルが妙な生活感を醸し出していて、非常にシュールだ。
「…これ手作りですか?」
「そ。国葬に間に合うように頑張ったんだぜ?」
満足そうな声。これは純粋に安倍さんが好きなのだろう。肩の力を抜く。
「凄い…これは確かに推し活ですね。」
「『ウォシカツ』?」
「推し活。推しのための諸々の活動のことです。」
オシカツ、オシカツ、とアメリカさんは呟いた。
「ふふん。日本語の先生に色々教わったんだ。」
「凄いな先生。…その先生はどういう方なんです?」
「んーっと、普通のオッサン。俺のバンドの顧問なんだ。俺の高校、第二外国語に日本語があんだよ。その先生。」
てっきり大学の日本語専攻生だと思っていた。
「え、もしかして同い年ですか?」
「は?お前ティーンなの?」
沈黙。ぱちぱちと瞬かれる青い目を恨みがましく見つめ、話題を変える。
「……バンドって、部活ですか?」
「あぁ。俺ベース。」
「へぇ。かっこいい。」
「…あ、そうだ。こっちも見てくれ。」
ちょっと待てよ、と言い、アメリカさんが何やらゴソゴソと動く。
なんだなんだ。アメリカでは安倍さん追悼モデルのベースでも出たのか。
「これ!」
効果音の着きそうな勢いで、画面にでかでかとベースのボディが映る。
近すぎてピンボケしているが、目を細めてみると、何やら見覚えのある顔が大量に貼られていた。
「うわぁっ…!?」
安倍さんだ。大量の安倍さんだった。
椅子からずり落ちかける。
「おいおい。大丈夫か?」
「びっくりした…え、何…?」
アメリカさんの瞳がきらりと光る。
「ステッカー!自作だぜ!」
「えっと…これも先生に…?」
「そう。俺のオシカツ師匠だな!」
目頭をもむ。
なんだか彼の先生が、戦犯な気がした。
(終)