深夜。
リヴァイの私室。潔癖症のリヴァイらしく、すべてが完璧に磨き上げられ、整理整頓されている。しかし、以前との決定的な違いは、部屋に**「生活感」**が加わったことだ。それは、イリスの存在がもたらした、微かな、しかし確かな温もりだった。
イリスは、リヴァイが愛用するティーセットで紅茶を淹れ、静かに彼の机の隅に置いた。茶葉は、リヴァイが厳選したもの。
「兵長、紅茶が入りました。」
リヴァイは、机に向かって野外調査の報告書をチェックしていたが、筆を止めた。彼は、椅子から立ち上がると、イリスの方へ向き直った。
「…淹れすぎだ。カップ一杯で十分だと言っただろう。」
いつものように小言を言うが、その声には以前のような張り詰めた緊張感はない。むしろ、甘やかされた苛立ちに近い。
「すみません。少し多めに淹れてしまいました。お口に合わなければ、私が飲みます。」イリスは、慌てることなく答えた。
リヴァイは、机に置かれた紅茶を一口飲んだ。
「チッ…まずくはねぇ。」
彼はそう言うと、イリスの肩に手を置き、そのまま彼女を机と自分の身体の間に静かに引き寄せた。
「座れ。」
イリスは、戸惑いつつも、リヴァイの膝に静かに腰を下ろした。普段の彼からは考えられない、極めて密着した姿勢だった。リヴァイの腕が、自然とイリスの腰に回る。
「…兵長。報告書が、まだ残っています。」イリスは、小声で指摘した。
リヴァイは、返事をしなかった。彼は、イリスの首筋に顔を埋め、深く、長い息を吐き出した。その呼吸は、まるで戦場での極限の緊張から解放され、ようやく**「安堵」**という名の酸素を吸い込めたかのようだった。
「…いいんだ。」リヴァイの声は、くぐもって聞こえた。「ここで**『温もり』を感じていなければ、あの報告書を読み進める『動機』**がわからなくなる。」
彼は、イリスの存在そのものを、戦い続けるためのエネルギー源として扱っていた。
リヴァイは、イリスの腰に回した腕に、わずかに力を込めた。
「あの夜…洞窟で、俺が求めていたのは、これだ。お前の**『体温』と、『存在』**だ。」
彼の言葉には、もはや**「規律」も「兵士」の鎧もない。ただ、「一人の男」としての、深い執着と愛着**だけがあった。
イリスは、リヴァイの膝の上で、身体を少しだけリヴァイの方に向けた。
「リヴァイ…」彼女は、あえて私的な呼び方を選んだ。「私も、ここにいる時が、一番心が安らぎます。」
彼女は、リヴァイの完璧に磨かれた襟元に、そっと自分の指先で触れた。
「以前、あなたは、この感情が**『刃を鈍らせる』と懸念されました。でも、私は違います。あなたの『安堵』が、私の『守りたいもの』を明確にしてくれた。あなたの『力』**を削ぐことはありません。」
リヴァイは、イリスの言葉に満足したように、小さく鼻を鳴らした。
「チッ…わかっている。お前は、利用価値が高い女だ。」
それは、愛の言葉を飾るリヴァイなりの表現だった。
彼は、イリスを膝に乗せたまま、残りの紅茶を飲み干した。その間、二人の会話はなかった。部屋を満たすのは、張り詰めた静寂ではなく、互いの体温と、安らかな沈黙だった。
リヴァイは、空になったカップを机に置いた後、イリスの顔を両手で優しく包み込んだ。
「…いいか。この部屋にいる時だけは、**『人類最強の兵士』も、『優秀な兵士』もいない。俺は、お前の『リヴァイ』で、お前は、俺の『イリス』**だ。わかったな。」
彼はそう言い残すと、イリスの額に非常に短く、しかし熱い口付けを落とした。それは、彼にとって、兵士としての自制心と、個人的な愛情の、最大の譲歩だった。
終わりです
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