レオノーラさんにお店の案内をしたあと、私たちはお屋敷に戻ることにした。
時間を見ればすでに17時過ぎ。食事会は19時開始だから、時間はまだある……と思う。
さて贈答品をどうしたものかと考えながらレオノーラさんと話をしていると、客室のドアがノックされた。
「はーい?」
「お邪魔しまーす」
私の返事のあと、しずしずと入ってきたのはエミリアさんだった。
「あ、エミリアさん。お帰りなさい」
「ただいま戻りました!」
「あら、エミリア様。こんばんわ」
「レオノーラ様、こんばんわ。
レオノーラ様がもう来ているって聞いて、お邪魔しました」
「いろいろあってね……。
いやむしろ、無かったと言えばいいのかしら」
「あはは……」
無かったのは、営業中の私のお店である。これは苦笑いをしておくしかない。
「えっと、どういうことですか?」
エミリアさんは不思議そうに返事をする。
私から説明しても良いんだけど、ここは折角だから――
「すいません、私は少し用事があって……。
レオノーラさん、エミリアさんとお話をしていてもらえますか?」
「そうだったの?
邪魔をしてしまって申し訳なかったわね。言ってくれれば良かったのに」
いやぁ……。
さすがに、状況的に言えなかったんだよね……。
「エミリアさん。そんなわけで、お願いしちゃっても大丈夫ですか?」
「はい、もちろんです!
食事会まで、がっつりレオノーラ様とお喋りしてますね!」
「……お手柔らかに頼むわ」
「それでは失礼します。また後ほど!」
エミリアさんに押し付けるような形になってしまったけど、ひとまず私は客室を出て、自分の部屋に戻ることが出来た。
まだ1時間以上あるし、贈答品の準備も余裕で終わるだろう。
……贈る薬の内容が決まりさえすれば、だけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トントントン
自分の部屋に戻って、椅子に座ってあれこれ悩んでいると、ノックの音が聞こえてきた。
「はーい?」
食事会まではまだ時間があるし、もしかしてエミリアさんかな?
今はレオノーラさんとお話をしているはずだけど、何かあったのだろうか。
そんな疑問を浮かべながらドアを開けると、姿勢よく立つキャスリーンさんの姿があった。
「失礼します。お客様がいらっしゃったのですが……」
……あれ? さっきもこんなことがあったような?
「えーっと、レオノーラさんのことじゃないよね?」
「はい。食事会に参加予定のダグラス様です。
もし時間があるようなら取次ぎをお願いしたいとのことだったのですが、いかがいたしましょう」
「分かった、それじゃ行くね。
客室にはレオノーラさんがいるから……えぇっと、どこに行けば?」
「玄関のところでお待ち頂いています。
ここで待つ、と仰っていまして……」
「ああ、それなら急がないと! それじゃ!」
私はキャスリーンさんをその場に残して、玄関に向かった。
転ばないように、できるだけ急いで。いわゆるアレ、ASAP……『As Soon As Possible』というやつだ。
「ASAP、ASAP……っと。
ダグラスさん、こんばんわ!」
「アイナさん、こんばんわ。少し早いんだがすまないな。
……ところで、ASAPって何だ?」
「ああ、いえ。こちらの話です!
それで、時間にはまだ早いんですが、どうしたんですか?」
「錬金術師ギルドでも話したと思うんだが、一度アイナさんの工房を見せてもらいたくてな。
もし時間があれば、どうかな?」
「なるほど? テレーゼさんは、ご一緒ではないんですね」
「ああ、テレーゼはまだ仕事中なんだ。
残業は無い……はずだから、時間通りに来るだろう」
「ふむふむ……」
予想外のダグラスさんの登場に、贈答品の準備時間が少し危険な感じになってきた気がする。
しかし断ったら……何となくしょっぱい空気になってしまいそうだし、ここはやはり案内することにしよう。
お店の方とは違って、特に案内するようなものも無いだろうから……。
ここから工房への往復時間と、プラスアルファくらいの時間を見ておけば……多分、大丈夫かな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――なんて思ったのが間違いだった。
はい、正直間違いでした。
工房に入った途端、ダグラスさんは目をキラキラと輝かせた。
私の許可を得てから、あちこちに配置してある設備を、心底興味深そうに眺め始めたのだ。
10分……、20分……。
彼は興奮しながら、ここにあるものがいかに素晴らしいものかを力説していった。
「……あの、ダグラスさん?」
「うん♪ 何だ?♪」
「あ、いえ……何でも……。あ、あはは……凄い設備なんですね……」
「そうそう♪
特にこれなんかは精密な部品が必要だから、熟練の鍛冶師が時間を掛けて――」
言葉の端々から、嬉しそうな感情が伝わってくる。
……ダグラスさんの勢いに圧されながら聞いた話をまとめると、つまりはこんな感じだった。
そもそもこの工房にある設備は、ピエールさんから錬金術師ギルドに、あらかじめ相談が来ていたらしい。
『できるだけ上等のもの』という要望を受けてギルド内で協議をしたのだが、ダグラスさんもそれに参加していたそうだ。
最終的には無茶な回答もかなりしてしまったものの、ここにある設備には、ほぼすべての回答が反映されている……とのことだった。
いわゆる『ぼくのかんがえたさいきょうのせつび』というやつだろうか。
そんな経緯があるなら、自分でも見たくなるのは当然だよね。
「――ふぅ。
いやぁ、堪能したぜ……!」
工房にあるすべての設備を熱く語ってから、ようやくダグラスさんは落ち着いてくれた。
「あ、あはは……。それにしても、ずいぶんお詳しいんですね。
ダグラスさんも、錬金術はやるんですか?」
「うん? 一応少しはかじったんだが、俺にはどうも合わなくてなぁ……。
……レベルは、1なんだよ」
レベルいち!
これは……覚えたて、くらいの実力か。
「そうだったんですか。合わないのに、何で錬金術師ギルドに……?」
テレーゼさんも錬金術をかじったけど上達しなくて、それでも錬金術師をサポートしたくてギルドの職員になったんだよね。
それと同じ理由なのかな?
そんなことを思いながら聞いてみると、ダグラスさんは少しバツが悪そうな感じで答えてくれた。
「……実は、昔の彼女が錬金術師でな。
何と言うか、錬金術をやってる姿が輝いて見えて……」
「ほう……!」
おぉっと、ノロケですかーっ!?
……と一瞬思ったものの、『昔の彼女』という言葉に注意がいった。
うーん、どういうことだろう?
もう別れたってことかな……?
そんな疑問を浮かべていると、それを察したダグラスさんは話を続けた。
「ああ、えっとな……。
そいつはさ、5年前に錬金術で事故を起こして……死んじまったんだ」
「あ……。
そ、そうだったんですか……、ごめんなさい!」
それはいくつもの可能性の中で、最も悪いもの。
私の口からは、自然と謝罪の言葉が出てくる。
「いや、大丈夫だ。さすがにもう、5年も昔のことだからな……。
それに今は、キラキラ輝いている錬金術師たちに囲まれて過ごしているし……。
うん、平気だから――」
「ダグラスさんも、色々なお仕事をされていますからね」
「……だが、S-ランク以上の錬金術師は悩みの種なんだよなぁ。
もう少しこう、専門外の仕事も柔軟に……って、もちろんアイナさん以外のことだからな!?」
私がSランクだということを途中で思い出したのか、ダグラスさんは取り繕うように言った。
「分かってますよ、私はしっかり依頼を受けてますもん。
でも、他の錬金術師には会ったことが無くて――
……ああ、今日ザフラさんって方に会いましたけど、まだそれくらいなんですよね」
「そうなのか? まぁ、Sランクの連中は基本的には個人主義だからな……。
俺としてはAランクかBランクあたりの、実力と協調性を持ち合わせている層と交流した方が良いと思うぞ」
「なるほど……」
「……おっと、随分と話し込んでしまったな。
さすがにそろそろ時間か?」
「そうですね。えっと、時間は――」
そう言いながら『クロック』の魔法で、宙にウィンドウを出して確認する。
今の時間は――
「18時半……っ!!」
「お、ちょうど良いくらいだな!」
――はい、食事会にはちょうと良いくらいです。
贈答品の準備には絶望的ですけどね……っ!!
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