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「どこしまったっけ、進路希望…」
駿と進路について話したその日、僕は家に帰ってから進路希望調査の紙を探した。親にバレないように、勉強机の教科書の間に隠した憶えがある。
数学、歴史、言語文化…次々と教科書をパラパラとめくっていると、4つ折りにされた紙がすとんと床に落ちて、僕は瞬時に「これだ」と思った。
紙をひろいあげて、ぺらりとひらく。
【進路希望調査】
そう太く印刷された文字が、すぐに目に飛び込んできた。
やはりこれだった。見つけてしまった。
僕は勉強机の椅子に座って、ボールペンを手に取る。けれど、そのボールペンが動くことは無かった。
…まだ、分からない。
自分の進みたい道が、分からない。あれだけ駿と話したのに。授業中のほんの少しの間でも、考えられたはずなのに。
考えていなかった。
「…まだ、5月、だし 」
そう言い聞かせると、僕は【未定】と書き込んだ。不思議と、気持ちが軽くなった気がした。これで、とりあえずは、やり過ごせる。今日からしばらくは、考えなくて済む。
なんだか疲れきって、僕はベッドに飛び込んだ。スマホを手に取り、カチッと電源をつける。
「あ…駿からレインが来てる」
通知音を消していたため、全く気が付かなかった。僕は駿のトーク画面を開いた。
《進路希望書いたか?》
…またかよ、と思った。
さっきも聞いてきたじゃないか、そんなに僕の進路先が気になるのか?と。ひねくれた考え方をしそうになり、僕は首を横に振った。
《うん》
そう一言だけ返すと、すぐに返事が返ってきた。
駿《どーすんの?》
僕《未定って書いた》
駿《まったくまたかよw》
僕《(–;》
《またそのうち考える。ところで、ききたいんだけど》
駿《ん、なに?》
僕《どうして大学に行かないの?》
訊いてしまった。
昼休み、なんだか訊いちゃいけない気がして、訊けなかったこと。
なんだかこれを送ったその瞬間、僕は嫌な予感に包まれた。どうしてこんな気持ちの悪い感情になるのだろう。
既読はついていたものの、すこしの間、返事は返ってこなかった。怒ったかな。と思った。やっぱり、訊いちゃいけなかったか、と。送信を取り消そうとした次の瞬間。
ポン、と音を立てて、駿から返事が返ってきた。僕は無視されなくてよかった、と胸をなでおろし、文字を追った。
《大学なんてめんどくさーい》
その一言だった。
僕はてっきり、大学に行けない重たい理由を話されるんじゃないかとドキドキしていた為、そうでは無かったことに安心感を覚える。
僕《めんどくさいって笑》
駿《なんだよー、別にいいだろw》
僕《うん、たぶん僕も行かないだろうし。同じでむしろ嬉しい》
駿《おなじだなw》
僕《ちなみに、大学行かないってことは、就職?》
駿《そんなトコ》
《あのさ》
僕《うん?》
駿《ひとりで生きていくならさ、無理なんだよな、大学とか》
…えっ?と、声が出た。
ひとり?どういう事だろう。
駿は、駿の母と弟と、3人で暮らしていると聞いている。一人暮らしをするってことか?けれどこの言い方は、大学に行きたいというように感じる。それを振り切って、一人暮らしをするつもりなのだろうか…。だとしたら、駿は僕なんかよりずっと自立していて…すごい。
僕《ひとりってどういうこと?》
駿《いや、気になっただけw》
僕《はあ?》
駿《わるいわるいw》
駿の脳天気な返しに、僕はなんだか拍子抜けした。
駿《じゃ風呂入ってくるわ》
僕《うん、またね》
駿《うーい》
何の変哲もない会話だった。
いつも通りの会話。
僕にとっては、いつもの、日常。