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第五章 影王の帰還
大地が裂ける轟音とともに、黒い霧が空へと昇っていく。
それはまるで世界そのものが呻き声を上げているかのようだった。
葵は胸元を掴み、崩れ落ちそうな体を必死に支えていた。
黒い霧が心臓を喰むように絡みつき、彼女の瞳の奥にまで染み込んでいく。
「……ぐ……ぁ……っ……!」
四季はその腕を掴み、必死に呼びかけた。
「葵!! やめて、影の霊気を取り込んじゃだめ!!
あなたは影王なんかになってはならない!!」
葵は震える唇で答えようとするが、声はもう掠れていた。
「四季……に、……逃げろ……私が……私で……なくなる……」
「嫌!!
あなたを置いて逃げるくらいなら、私……!」
四季の叫びを、底のない影が嘲笑うようにかき消した。
葵——お前は呼んだ。
憎しみを。
怒りを。
喪失を。
地の底から響く声は、忌まわしくも甘く揺れる。
——ならば、差し出せ。
その心を。
おまえのすべてを。
葵の瞳が黒に染まり始めた。
◆玉、頂点の暴走
その瞬間、玉が天へ向けて吠えた。
全身の毛が逆立ち、力が暴発する。
「四季を……四季を離せぇぇぇ!!」
その叫びとともに、玉の体から膨大な霊力が吹き上がる。
岩が砕け、兵たちが吹き飛ぶ。
四季は振り返り、必死に手を伸ばす。
「玉!! ダメ、これ以上暴走したら……あなた自身が……!!」
だが玉は聞いていなかった。
その目は涙で滲み、怒りで赤く燃えている。
「影王……!
お前が四季を苦しめるなら……貴様を倒す!」
暴走する霊力が影の霧を吹き飛ばす。
しかし同時に、玉の体が裂けるように痛む。
「ぐ……っ……ぁ……なんでもいい……四季を……守れれば……!」
全てを失う覚悟の玉の姿は、四季の胸を引き裂いた。
「お願い……玉……もう、やめて……!」
玉は四季の泣きそうな顔を見て、僅かに力を緩める。
だがその隙をつき、影王の声が再び戦場を満たした。
——脆い。
愚か。
だが甘い心ほど……喰いやすい。
黒い霧が再び葵へと流れ込む。
四季と玉は同時に叫んだ。
「——葵!!」
◆影王の復活
地面が真っ二つに裂け、闇の光柱が天まで届いた。
その中心に、葵の影がゆっくりと浮かび上がる。
黒い外套が闇の羽のように広がり、瞳は完全に影に染まった。
「……あ……おい……?」
四季の声は震えていた。
葵は答えない。
いや、答える意思がもう残っていなかった。
代わりに、影王の声が葵の口から漏れる。
『この身は借りる。
器は……十分に育った。』
四季の膝が砕けそうになる。
「葵……そんな……うそ……」
玉が四季の前に立ち、獣の姿で唸った。
「四季……離れて。
こいつはもう……葵じゃない。」
影王は腕を広げた。
黒い霧が空一面に広がり、兵たちが恐怖に支配される。
『我は影王。
大陸を覆う闇。
生者の想い、死者の嘆き——すべて我が糧。』
葵の体が、影王の形を模して歪んでいく。
四季は震える手を握りしめた。
「……葵……返してよ……
円も……こんなこと、望んでない……!」
その名を聞いた瞬間、影王の動きが一瞬止まった。
『……円……?』
葵の心の奥底から、かすかな光が漏れる。
四季と玉は息を呑んだ。
『……やめろ……四季……
来るな……』
ほんの一瞬だけ、葵の声が戻った。
四季は涙を流し叫んだ。
「葵!! 私があなたを救う!!
もう誰も失わないって……私……決めたんだ!!」
その叫びに、影王が怒り狂う。
『黙れ……!
心など……不要!!』
再び葵の目が漆黒に沈む。
四季は震える剣を握り直した。
「葵……ごめん……
あなたを救うためなら——」
剣を構える。
「私は……あなたを斬る!」
玉は隣で吠えた。
「四季……いっしょにやる!」
影王の笑い声が戦場に響き渡る。
そして——世界が再び揺れた。
葵と共に死ぬか。
それとも、影王(葵)を斬るか。
四季は運命の選択を迫られていた。
◆つづく