コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
* * *
翌日、高級な馬車の中でフェリシアはちらりと前を見る。
いつもと表情が変わらない銀の長髪の冷酷なエルバート。
なのに今日は貴族衣装姿で、よりいっそう輝き、美しく見える。
自分もリリーシャにお化粧と髪を整えてもらい、
大げさなドレスではないとはいえ、身の丈に合わない勿体ない程の華やかなドレスを着ていて、緊張と共に気持ちがふわふわする。
嫁いだ日はディアムが御者を務める馬車で一人きりだったけれど、今は同じ馬車でエルバートと向き合って座っていて、
なんだか夢を見ているよう。
「こうして馬車に乗るのは久しぶりだな」
「そうなのですか?」
「あぁ、登城も馬だが、呼ばれて出向く際も常に馬で移動している」
(ご主人さまは軍師長。馬の方が乗りなれているのはなんら不思議ではないわ)
「その、居心地、悪いですか?」
フェリシアは恐る恐る尋ねる。
「――いや、お前と乗る馬車は新鮮で悪くはないな」
深い意味なんてないのに。
(そんなふうに言われたら、照れてしまう)
* * *
しばらくして帝都に着くと、エルバートが差し出した手に自分の手を添え、馬車を降りる。
帝都は自分が住んでいた場所とは比べ物にならない程、華やかで――思わず眩暈がしそうになった。
「行くぞ。絶対に俺から離れるな、良いな?」
「は、はい、かしこまりました」
フェリシアはエルバートの隣をおずおずと歩き始める。
エルバートからは魔除けのネックレスやドレス、そして料理のお給金まで得ていて、貰いっぱなし。
だからせめてこのお給金で何かお返し出来たら良いのだけれど。
そう考えていた矢先、貴婦人達の声が聞こえてきた。
「皆さま、ご覧になって! エルバート様よ!」
「まあ、花嫁候補のご噂はほんとうだったのね」
「けれど、直に婚約を破棄されるわね、可哀想に」
――あぁ、お返しなどと考えていた自分が恥ずかしい。いつ婚約を破棄されてもおかしくない身だというのに。
「何か食べたいものはあるか?」
(食べたい、もの…………)
フェリシアの視界にカスタードクリーム入りのパイとスープが入る。
あ、美味しそう。けれど、エルバートが食べるとは思えない。
「あれが食べたいのだな」
「パイとスープ、2人分貰おう」
エルバートはお金を手渡す。
「エ、エルバート様!? こんなに頂けません!」
女主人が声を上げる。
「いいから貰っておけ」
「有難う御座います」
女主人がお礼を言う。
「ほら、食べるぞ」
「は、はい」
周りが騒然とする中、フェリシアはエルバートと店の前で共にパイを食べ、スープを飲んだ。
「美味しかったか?」
緊張で、あまり味が分からなかっただなんて言えない。
「あ、はい。ご、ご主人さまは?」
「不思議と美味しく感じた」
意外な答えに驚くも、
エルバートと再び歩き出す。
すると本屋が目に入った。
本屋には色々な本が置かれ、料理の本もあった。
興味はあったけれど、その隣の新聞のようなものの方が気になってしまう。
(ご、ご主人さまが載ってる…………)
エルバートは、ふぅ、と息を吐く。
「魔を祓いに出向いた際のものだ」
「気にするな」
そう言われると、逆に気になってしまう。
欲しいとはとても言えないけれど、
やはり、エルバートは雲の上のような人だと、改めて思った。
「少し早いが、ランチとしよう」
「か、かしこまりました」
フェリシアはすぐさま受け入れ、エルバートと共に歩き出し――、
しばらくして、エルバートがレストラン前で歩みを止めたので、自分も立ち止まる。
レストランのオシャレな窓の前にはテラス席があり、
周りに置かれた春の美しき花が咲き誇る花壇はとても魅力的で、すでに席の空きはなく、高貴な人々が会話を弾ませ、賑わいを見せていた。
こんな格式の高いレストランで今からランチをするだなんて。
とても気が重い。
「あ、あのっ」
「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だ。入るぞ」
エルバートはフェリシアに手を差し出して、フェリシアが手を添えると、短い階段を共に上がり、重厚そうな扉を開ける。
* * *
店内は落ち着いた雰囲気で、テーブル席がいくつもあり、
各席には白いテーブルクロスの上に花瓶が置かれ、綺麗なオレンジ色の花が添えられていた。
(わ、素敵…………)
そう思ったのも束の間、エルバートの存在に気づいた周りの客がざわめき出し、
慌てて大人びた男性が駆けて来る。
この男性はレストランのオーナーらしく、
少し予約より早い時間に着いたが大丈夫かとエルバートが確認を取ると、大丈夫だということで、特別室へと案内される。
特別室は窓から差し込む陽光が心地良い空間で、
予約までしてくれていたことに恐縮しつつもエルバートと向かい合って座る。
「いやー、それにしてもエル、驚いたぞ」
「まさか女連れで来店するとはな」
オーナーのエル呼びに驚くと、エルバートは、はー、と息を吐く。
「オーナーとは幼少の頃から親しく、来店する際には互いに家族のような感じで接している。今日は特にうっとうしいが」
「そ、そうなのですね」
「うっとうしいとはなんだ。こっちはやっとエルにも春が来たかって喜んでんのに」
「今度こそ、このまま結婚か?」
エルバートは冷ややか目線を向ける。
「うるさい。さっさと料理を運んで来い」
「はいはい」
オーナーとフェリシアの目が合い、
互いに会釈をすると、オーナーは特別室から出ていく。
その後、間もなくして豪華な肉料理のフルコースが始まり、
ワインとおつまみ、前菜、スープ、肉料理、オシャレなケーキと、どれも圧倒され、自分の表情が終始おかしかったのか、エルバートに、ふっ、と笑われてしまう。
(は、恥ずかしい…………きっと呆れられたわ)
「つい笑ってすまない。微笑ましいと思ってな」
(微笑ましい!? わたしの表情が!?)
とても驚いたけれど、自然と出たエルバートの笑った顔をこのままもう少し見ていたいとも思った。
* * *
その後、鍵盤楽器との弦楽四重奏をエルバートと一緒に鑑賞をして癒され、
アクセサリーの店の前で足を止める。
売っているものは全て女性の物ばかり。
(あ、ご主人さまの髪の色と同じ美しい銀色のブレスレット…………)
「これを貰おう」
「ご、ご主人さま!?」
エルバートは店の若い女性にお金を支払うと、その女性からブレスレットを受け取る。
「プレゼントだ。付けてもいいか?」
「は、はい」
承諾すると、エルバートは自分の左腕にブレスレットを付けた。
エルバートの髪と同じ色のブレスレットがあり、気になってしまったけれど、
まさか、そのブレスレットをプレゼントされてしまうだなんて。
(このまま帰る訳には行かないわ)