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「 夏 の果 」
もとぱ
大森side
蝉の声が、昨日より少し小さくなった気がした。
九月に入ったばかりなのに、あの喧しい鳴き声が遠のいていく。
それだけで、胸の奥がざわつく。
屋上に立って、風に揺れるシャツの裾を押さえる。
遠くで部活の声が響いている。
笑い声も、ボールの音も、全部、ぼくのいる場所とは別の世界みたいだった。
「 元貴 」
背後から声がして、振り返ると若井が立っていた。
日差しに照らされて、額の汗を拭いながら、当たり前のようにぼくを見ている。
「 今日もラムネ、買いに行くか? 」
その言葉だけで、少しだけ呼吸が楽になる。
でも、本当は胸が重い。
ラムネの甘さも、ビー玉の澄んだ音も、永遠には続かない。
夏の蝉みたいに、必ず終わりが来る。
歩きながら、ぼくは考える。
学校では机に落書きされ、椅子を蹴られる。
廊下で肩をぶつけられ、笑われる。
家に帰れば母に怒鳴られ、理由もなく叩かれる。
どこにも居場所なんてない。
唯一、若井と歩くこの道だけが、少しだけ色を持っていた。
だけど
「 なあ、元貴 」
彼が突然、立ち止まった。
その声はどこか真剣で、ぼくの心を掴む。
「 もしさ……もし俺が本気で好きだって言ったら、どうする? 」
ラムネの瓶を持つ手が震える。
ビー玉がカランと鳴った。
ぼくは、唇を湿らせるために無理やり口を開いた。
「 …嬉しいよ。ぼくも好きだし 」
嘘じゃない。
でも、本当でもない。
「 好き 」という言葉の重さを、ぼくは知らない。
ただ、そう言えば相手が優しくなることを知っているだけ。
若井の目は、真っ直ぐすぎて痛い。
その視線を受け止めるたびに、ぼくの中の何かが「 もう無理だ 」と叫んでいた。
蝉の声が止む日。
夏の終わりは、きっとぼくの終わりと重なる。
そのことだけが、はっきりとわかっていた。
#6.「 蝉の声が止む日 」
寒すぎる