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装備が出来上がるまでの三日間は、ここに来てから一番ゆったりとした時間だった。
朝、鐘の音でなんとなく目を覚まして、宿の朝食をもそもそと食べる。腹を満たしたら銭湯に行って湯に浸かり、ふやけた体のまま屋台をふらついて、いい匂いのする串や揚げ物をその場で買って、宿の部屋に持ち帰って寝転びながら食べる。
満腹になったらそのままうとうとと眠って、起きたらまた銭湯に行って……を、ひたすら繰り返した。
やることといえば、せいぜい屋台の新規開拓くらいだ。肉系の串はだいたい制覇したし、甘味屋の揚げパンみたいなやつも、表面が油でぎとぎとしつつも妙にクセになる味だった。
戦闘で擦り減った神経が、油と塩分で補充されていく気がする。
銭湯の帰り道でばったり会ったジャックに、さりげなく「最近、十五層に新顔は?」と聞いてみたが、返ってきたのはため息混じりの愚痴だった。
「来るときは数百から、多いときは数千単位でドッと来るんだよ。お前みたいに一人でふらっと上がってくる奴なんて聞いたことねぇよ」
自分がどれだけイレギュラーなのかを、わざわざ数字付きで教えてくれる。
ありがたいような、ありがたくないような。
そんな堕落した三日目の朝。
鐘の音と同時に目が覚めた。
体に残っていた疲労は、良い宿のベッドと銭湯のおかげでほとんど抜けている。簡単に身なりを整えて朝食を腹に詰め込み、その足でジャックの家へ向かう。
案の定、当の本人はまだ寝ていたので、アリアにお願いして遠慮なく叩き起こしてもらった。
「相変わらず朝早すぎるんだよ……」
寝ぼけた目をこすりながら、ジャックが半分涙目で愚痴をこぼす。
起こさなくても良かったのでは、と思わなくもないが完成品はこの目で見たい。と言い出したのはジャック自身だ。自業自得である。
「おやっさーん! 入るぜー?」
鍛冶屋の扉を開けると、いつもはリズムよく響いていた槌の音が聞こえない。代わりに、しんとした空気が工房を満たしていた。
炉の熱だけがもわり、と残る工房で床のあちこちにドワーフたちが転がっている。まさしく死屍累々という言葉が似合う光景だ。
「……来たか。装備はできてるぞ。こっちだ」
カウンターの向こうで机に突っ伏していた親方が、よろよろと立ち上がる。目の下にはくっきりと隈、髭はいつも以上にぼさぼさだ。
寝ていないのがひと目で分かる。
親方が案内した先は例の四方の壁と床、天井にびっしり魔法陣が描かれた部屋だった。
私が素材を置いた机の上には新しい剣と鱗を思わせる光沢を帯びた|帷子《かたびら》、防具一式がきちんと並べられている。
剣の柄には私の手の癖に合わせた細かな加工が施されていて、帷子と防具は淡い風の色を閉じ込めたような色合いをしている。
眺めているだけで、どこか体の奥がざわついた。
「その服の上からで大丈夫だ。着けてみてくれ。最後に細かい調整をする」
親方に促されて、防具一式を順番に身に着けていく。
帷子を体に通し、肩当てを乗せ、腰回りを留め、腕と脚に守りを装着していくたび、体に纏わりついていた”重さ”のような感覚が薄皮を剥ぐように剥がれていく。
最後に剣を手に取った瞬間、視界の端に赤いウィンドウが現れた。
『装備:風竜シリーズを全て装備しました。セット効果が適用されます。対象シリーズのセット効果は【風】です』
見慣れた赤色に見慣れない単語が並ぶ。
セット効果、シリーズ。ゲームみたいな言葉だ。
「どうだ? セットは発動したか?」
親方の問いにウィンドウの表示を思い出しながら答える。
「風竜シリーズっていうのが適用されたって出てるけど、これは何なの?」
「その名の通りだ。上質な装備には命が宿る。色々と条件があるがな」
親方は腕を組んで、ひとつずつ説明を始めた。
「装備者自身が、その素材になった相手を倒していること。倒したモンスターが『|名前持ち《ネームド》』であること。そして、その素材を十全に扱いこなせる職人が装備を作っていること。全部満たして、ようやくセット効果が作られる」
胸を張って言うあたり最後の条件に相当な自信があるのだろう。
つまりセット効果が出たということは親方自身の腕前の証明でもある。
「裏手に試し斬り用の木材を用意している。実際にその剣を振ってるところを見せてくれ」
「いいよ。行こうか」
工房の裏に出ると切り株の上に太い丸太が一本、ぽつんと立てられていた。
風にさらされた木肌に、うっすらと年輪が覗く。
「こいつを斬ってみてくれ」
親方が丸太を顎で指し示す。
私は腰の位置にぴたりと収まっている新しい剣の柄を握った。
掌に乗せた瞬間、分かる。
重さ、長さ、太さ、その全部がここに来る前まで使っていた剣に限りなく近い。
柄に込められたわずかな出っ張りも指の収まり具合も、驚くほど自然だ
まるで今までずっと使ってきた武器を再び握り直したような錯覚を覚える。
試しに軽く、横へ振る。
――空気を切った感触が無い。
いつもなら刃を振ったときに腕にまとわりつくような空気の抵抗があるはずなのに、それがすっぽりと抜け落ちていた。
振り抜いたはずの腕が何もなかった場所を通り抜けていく奇妙な軽さ。
『回答します。セット効果【風】の発動によるものです。装備対象の動きにかかる空気抵抗を無効化し、防具に魔力を一定以上流すことで風を纏うことが可能です。風を纏った状態では遠距離攻撃の大半を減衰もしくは無効化できます』
頭の中に【全知】の淡々とした解説が流れ込んでくる。
ここに来る前、自分の剣に【器】経由で風を練り込んで作った【風剣】とほとんど同じ効果だ。今度は一式まるごとがその状態になっている。
思わぬ出来の良さに自然と口元がゆるむ。
「どうした? 重心がおかしいか?」
「ああ、ごめん。出来の良さに感動してただけ。じゃあ、斬るよ」
親方が照れ隠しのように鼻の下を指でこすった。
丸太に向き直り、ひとつ息を吐く。
足の裏で地面の硬さを確かめ、視界の真ん中に丸太を据える。
剣を抜き、踏み込んで刻む。
柄を握り直して鞘に収めるまで感触はほとんどなかった。
あまりにも軽く滑らかで本当に振ったのかどうか自分でも一瞬迷うくらいだ。
「近くに行かないと斬れんだろ? 早く見せてくれ」
「もう斬ったよ」
ぽかんとした顔で親方が首を傾げ、そのまま丸太に近づいていく。
指先で木肌に触れた瞬間、丸太が斬られたことを思い出したかのように全身を震わせて賽の目状にばらばらと崩れ落ちた。
「……は?」
親方とジャックの声が重なって、妙に間抜けに響く。
剣を振った瞬間の空気の揺らぎすら感じさせないほど風が動きを隠している。
意識して見ていなければ、目の前の景色が変わった理由に気づけないのも無理はない。
「ガッハッハ! 数多の試し斬りを見てきたが、太刀筋が全く見えなかったのは初めてだ!」
親方が腹を抱える勢いで笑い出した。
いいものを見せてもらった、と顔をほころばせて刻まれた丸太の残骸を片付けに回る。
私たちは工房に戻り、用意されていた椅子に腰を下ろした。
「じゃあ、代金の話だな」
「かなり無理させちゃったみたいだから、色付けていいよ」
「豪快な嬢ちゃんだな。そうだな……金貨一万枚だ。触媒に最高級の鉱石も使ってる。払えるか?」
「カードで大丈夫?」
ポーチから交易所で作ってもらったカードを取り出し、魔力を流して残高を確認する。
表示された数字は、金貨六十八万枚。
桁が多すぎて、脳が数字の形を理解するのを拒否したので、そこで考えるのをやめてカードを閉じた。
「問題ないぞ。カノッサ、端末を持ってきてくれ!」
呼ばれたカノッサが円盤状の端末を持ってくる。銭湯の支払いで見たものと同じだ。
カードを軽く触れさせると端末が短く音を鳴らす。支払い完了の合図だ。
「まいどあり、だ」
「こちらこそ質の良い装備をありがとう」
「この後はどうするつもりだ? 深層に行くのか?」
「もちろん。そのために作ってもらったんだから、明日にでも行くよ」
「そうか……。噂じゃあ、百九十五層まで進むと浅い安全地帯に行き来できるようになるらしい。嬢ちゃんならそこまで行けると信じてるぜ」
親方が目を細めて言うと、ジャックが慌てて口を挟んだ。
「おやっさん。二つ名持ちのあんたなら知ってるだろうけど、ランキングのトップでさえここ数年は百六十五層で止まってるんだぞ?」
「だから噂だって言ってるだろうが」
また聞き慣れない単語が出てきたので首を傾げているとジャックが補足してくれた。
「ランキングってのはな、試練場から二つ名を与えられた連中が今いる階層の深さで順位を付けられる仕組みだ。二つ名を与えられると自分と他人の順位が見れるようになる」
「なるほど」
神々が試練場にいる自分の候補になり得る者たちの成績を一覧で眺めるための便利な機能みたいなものだろう。
『知恵の神が正解に辿り着いた貴女に拍手を送ります』
目の前に赤いウィンドウがふわりと浮かび、すぐに指先で払い落とすように消す。
続けたジャックの話によれば、二つ名は何かしら派手な活躍をすると、わりとあっさり付くらしい。浅い階層だとそもそも目に留まりにくいので、時間がかかることも多いらしいが。
私も、このまま深層まで潜っていけば勝手に二つ名を付けられるのだろうか。
どんな二つ名になるか想像してみて、すぐに首を振って追い出す。
自分で決めれればいいけれど”与えられる”ということは勝手に決められてしまうのだろう。