ふっと意識が浮上し、視界がはっきりすると私のベッドにいた。
「あれ、私……父さんの部屋で寝ていたよね? 何でここに?」
ベッドから飛び降り、パジャマのままキッチンへ向かう。
案の定、焦げたパンとネアの蜜の良い匂いがする。
「母さん!」
「エリア、起きたのね」
そこには、ピンクの服を身に着けた母さんがいた。
「久しぶりー!」
私はなんだか嬉しくなってそう叫びながら抱き着いた。
「そうね、久しぶり」
「…でも母さん、なんで連絡も寄越さないでここに?」
母さんに促されて棚から皿を出して渡す。
焼いたパンを取り出しながら
「そうね……私、エリアに隠していたことがあるの」
と笑った。
母さんからパンが載せられた皿を受け取り、一緒に席に座る。
「…隠し事って?」
「私ね……ホントは南の未開拓地に行くために猛勉強してたの」
ごめんね、と言いつつコーヒーを口に運んだ。
私は少々ビックリしていた。
(…南の未開拓地へ? 母さんが??)
一応薬品研究部は研究団に所属しているけれど現地に赴くなんてことがあるんだろうか。
「うん……上がね、『やっぱりその場で解析できる人が必要なんじゃない?』って。それで私が行こうと思った理由。…エリアは覚えてるかな?」
「…何の話?」
「今日夜明けたころくらいに着いたんだけどね、どこに行ってもエリアが居なかったから『もしかしたらあの部屋かも』って行ってみたら案の定居てね。…ちょっと嬉しかった」
…母さんはしどろもどろに話した。
母さんの支離滅裂な話はいつもと変わらなくてどこか安心している自分がいた。
「私、昔エリアに『すごい生物の檻がある隠し部屋がある』って話したじゃない? あれね、昔幼い頃の私が聞いたおとぎ話なの。そして私が南の未開拓地を初めて知ったのが三年生のころ。生物の先生が『あそこは未確認生物がうじゃうじゃいて、俺たちに幸福や彩をもたらしてくれる奴でいっぱいなんだ』っていう話を聞いてから少し興味を持っていたんだ」
コーヒーを一口、飲み込んだ。
「でもね、『行ってみたい』とは思わなかった。…私たちにとって有害なものもいるかもしれないからね。で、お父さんが亡くなったくらい、南の未開拓地へという話題が出たんだ。私の推薦が出てね、最初は本気じゃなかった。だってお父さんがいなくなって寂しかったし、エリアのお世話も大変だったから。…でも、ある時あのおとぎ話を夢の中で見たんだ。そして思ったの。『あぁ、もしかしたら、南の未開拓地にいるのかも。昔の人が見たのかもしれない。…私も、見てみたい』ってね」
私は気が付いたら母さんの瞳をしっかり見据えて真剣に話を聞いていた。
母さんに「パン食べても大丈夫よ」と言われてハッとした。
ただ焼いて、ネアの蜜を掛けただけのパンなのに、母さんの優しい匂いがした気がした。
「だから行こうって決意した。いつかエリアにも見せたくてね」
フフッと微笑んで私の頭に手を伸ばした。
「…ありがとう」
私はゆっくり喋った。
「出発は明後日。その前にね、私の理想郷をじっくり目に焼き付けておこうと思って」
「…行ったら帰っては来れないの?」
コーヒーをグッと飲み込んだ母さんにそっと小さく問いかけた。
「…それは誰にも分からない。運が良ければ一年後に戻ってこれるかもしれないし、悪ければ、ずっと会えないかもしれないね」
母さんは席から立つとぎゅっと私を抱きしめた。
「最後に、会えてよかった!」
「私もだよ」
お互いじっと見つめ、そして笑った。
「いい天気だし、ささっとご飯食べて植物のお世話とか手入れ一緒にやろう」
「うん!」
母さん、私にとってもここは理想郷だよ。