セゾンエスペースの接客は、順番が決まっている。
マネージャーである篠崎が1番目、次が主任である渡辺、最後に由樹だ。
ホワイトボードに3人の名前が書かれたマグネットを貼りながら、篠崎が振り返った。
「いいか、時庭は3人しかいないから単純明快だが、本来ならマネージャーが一番、その後は前月の成績順だから」
言いながら篠崎がにやりと笑う
「容赦ないぞ、営業の世界は。売れる奴は先頭に立って、鯛だの錦鯉だの、どんどんいい魚をかっさらっていく。売れない奴はいつでも売れ残りの豆フグしか釣れねえ。心していけよ」
「……はいっ」
由樹はその顔を見上げて大きく返事をした。
「お、やる気満々だねえ」
渡辺が笑う。
「じゃあ、俺は打ち合わせがあるから、今日はナベからな」
渡辺を指さしながら、篠崎は巨大なファイルを持ち、事務所を後にした。
(……頑張らなきゃ!)
正面玄関を移しているモニターを見る。
まだ人の姿は見えないが、御影石に反射している光に、たまに影が差す。
「お、お客さんかな?」
渡辺も隣に並ぶ。
と、2歳くらいの子供がモニターに映りこんだ。
「いいね。家族連れ。アパート暮らしと見た!」
渡辺は笑った。
「今現在賃貸に住んでる人は落としやすいから!新谷くんもきっとすぐわかるよ」
言いながらネクタイを正し、ミントアを口に2、3粒放り込むと、咳ばらいをし、事務所を出ていく。
小松と仲田も、篠崎と共に打ち合わせに加わるらしく、それぞれ壁紙のサンプルとカーテンのカタログを持ち上げて、ドアの向こうに消えていった。
由樹は1人、モニターを眺めながらリモコンをいじる。
正面玄関、和室、リビング。
子供部屋、そして、打ち合わせルームだ。
音量を上げる。
「そうですね。汚れが目立ちにくいのは、やはり色が濃いレンガだと思います。芦原様の家は通りの多い県道に面しているため、泥水や、廃棄ガスに影響を受けにくい、濃い外壁の方がいいと思いますよ」
篠崎の声が聞こえてくる。
やはり客に会わせて変えているのだろう声色は、低く、太くて、それでいて、耳に心地よく、聞き取りやすい。
「濃い色っていうと。この赤いやつかい?」
夫の方が顔をしかめる。
篠崎は外壁タイルを指さしながら、「その色も個人的には素敵だと思いますけど、芦原様にお勧めするのは濃いグレーですね。品があって、飽きが来ない」
「ええ?そんな暗い色?」
首を捻ったのは妻の方だった。
「なんか、いかにも年寄りって感じ」
そこで篠崎は打ち合わせのファイルからタブレットを取り出し、簡単に操作すると、画像を二人に提示して見せた。
その画像を見た途端、二人は身体をのけぞらせるように見つめてから、うーんと唸った。
「サンプルで一部だけだと相当暗く見えますが、ほら、面積があると違うでしょう。シックで落ち着いているけど、決して暗くはないと思いますが、いかがですか?」
二人が顔を見合わせて頷く。
「ちなみにこれは、私担当の40代のご夫婦の家なんですけどね。やはりこの色を気に入ってくださっていますよ」
「40代だって」
妻が夫の肘当たりを小突く。
二人は微笑みあうと、篠崎に向けて軽く頷いた。
夫婦の満足そうな顔がモニターを通じても伝わってくる。
(家を作るってすごいよな…)
その光景を見ながら由樹は唇を結んだ。
そして今度はホワイトボードの字を見つめた。
「新谷」
篠崎の達筆な字で書かれてたマグネットを見る。
(俺もやるんだ。お客様の幸せ作りを!)
「食洗器とか、興味はありますか?」
物陰から、渡辺が接客しているのを聞きながら、茶を出すタイミングを見る。
『いいか、茶は一番盛り上がっている場所で出す。ダイニングでも、和室でも、寝室でも、子供部屋でもいい。どこでも雑談できるようにテーブルと椅子が置いてあるから。
そして出すときは挨拶をしたらあとは無言で淡々と並べる。声を掛けながら並べると、断られるからな。
並べ終えたら、営業に向かって「お茶の準備ができました」と言い、客には「ごゆっくりどうぞ」で下がっていい。あとは営業が上手く誘導するから』
教えてもらった篠崎の言葉が脳裏に甦る。
「食洗器って便利だけど、場所とるじゃないですか。音もうるさいし。でもうちの静音式食洗器は、キッチンの中にあらかじめ入ってるんですよ。ほら、ここに!」
いつもより1.5倍大きな声を出している渡辺だが、全く無理をしているように聞こえない。
「結構小さくない?」
奥さんが遠慮気味に旦那に言う。
「小さく感じますか?」
渡辺が笑う。
「じゃあ、見ててくださいね」
言いながら食洗器の中から食器を取り出し、シンクの上に並べていく。
「え、結構入ってるのね」
それを見ながら奥さんが目を丸くする。
「まだまだですよー」
言いながら渡辺がどんどん並べる。
なるほど。
実際に触りながら説明すると、わかりやすいし、淡々と話し続けるより飽きが来ないな。
「ね、こんなに入るんですよ!」
渡辺が食器を並べ終えると、
「すごーい!」
夫婦から拍手が起こった。
「ね、6人分の夕食の皿、全部入ります!」
渡辺がおどけて、額の汗を拭くふりをし、夫婦から笑いが漏れる。
(これって、盛り上がってる?よな?)
由樹は慌ててお茶を出そうと事務所に向かった。
と、
「すみませーん、展示場見てもいいですかー?」
自動ドアを振り返った。
由樹にとって、初めての客だった。
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