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どうでもいいのですがシーンの切り替えに使う区切り線を変えました
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少し早足に廊下を歩く。すれ違う生徒は皆胸にコサージュをつけていた。目的の教室に辿り着き、空いている扉からこっそり、足音を立てずに中に入る。彼の席は窓際の一番後ろ。
風で舞うカーテン。校庭にはぽつりぽつりと桜が咲いていた。さぁっと一際強い風が窓を吹き抜けて長い前髪が揺れ、あらわになった端麗な横顔に一瞬釘付けになった。
「……すまーいる」
「ぅわ、……きんとき」
近付いて耳元で名を囁けば、きゅうりに気付いた猫のように過剰なほど大きく肩を震わせ、目を見開くスマイルにきんときは柔らかく笑う。
「放課後時間ある?」
悪ふざけもそこそこにそう問うとぱちり、その双眸が瞬く。
「ある、けど」
こてり、首を傾げるスマイルに心臓が大きく跳ねた。動揺を見透かされないよう、そのまま笑顔を取り繕う。
「……話があるから、視聴覚室まで来てくれない?」
別に何も聞かれたらまずいような内容を話しているわけでもないのに、無意識に声を潜めていた。
「?わかった」
小さく頷いたのを見て、唇の端を緩める。
「じゃ、またね」
「え、うん」
手を振れば困惑した様子だったが振り返してくれて、上がった口角はそのままに教室を出た。
きんときはスマイルに想いを寄せていた。いつからだったかはわからない。知らず知らずのうちに友達から気になる人になり、だんだん好きになっていて、その気持ちは抑えきれないほどに肥大化してしまった。本当は隠し通すつもりだった。良き友してずっと一緒にいられるならばそれでよかった。けれどこの桜舞う卒業式の日に、覚悟を決めた。
今日の放課後、スマイルに告白する。
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校長先生の話は最後までつまらなかった。欠伸が出そうになるのを噛み殺す。
「卒業生、着席」
誰かがまた座る拍子に椅子を動かして、椅子の足と床が擦れる音が響いた。練習のときにあれほど注意されていたのに。
「在校生代表。別れの言葉」
体育館の外を、桜が舞っている。
『え、見て!桜咲いてる!』
約二週間前、五人の親友たちと同じ進路に無事決まり、いつものように談笑しながら帰路に着こうとしたとき、きんときがそう声をあげた。
『ほんとだ。随分早咲きだな』
『そういえばテレビで言ってたかも、桜前線がどうのこうの』
『ソメイヨシノだね』
そっと愛しむように木の枝に伸ばされたが、触れる寸前で握られた手のひら。彼のその綺麗な所作をまだ覚えている。
そういうひとつひとつの細やかな思い出が、スマイルの脳裏に残っていた。
『かわいいね』
まだつぼみのままの桜を見てそう思えるようなきんときの感性に、惹かれた。
「校歌斉唱」
まだ三月の中旬だというのに、咲いてから二週間と経っていないというのに、散ってしまうんだな。なんだかひどく物悲しく感じて、頬を暖かいものが伝った。
「……泣いてんの?」
横からにやにやと眼鏡の奥で目を細めながら問うてくるひとりの親友に、その頭を一発はたいてやりたい衝動に襲われる。さすがにこの厳粛な場ではやらないが。
「お前、卒業式で泣くタイプだったんだ。意外」
「……るせぇ、校歌歌え」
「お前もな」
あぁ、さいごのさいごまで風情という言葉を知らない奴ら。
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一段飛ばしで階段を駆け上がる。見慣れた校舎も、もうさよならだ。あぁ、心臓がうるさい。卒業式の最中もずっと緊張していた。練習のときは退屈すぎて眠気と戦っていたくらいだというのに。
視聴覚が近づいてきて、一度深呼吸をした。ネクタイを整える。髪は乱れていないだろうか。一歩、一歩、踏みしめるようにリノリウムの床を歩いた。
(……嘘)
半開きのドアに目を見開きこっそり中を覗けば、すでにそこにはスマイルの姿があった。たとえこちらに背を向けていようと、大好きな人の姿を見紛うはずもない。
彼は朝と同じく、窓辺の席に座って頬杖をつき、外の景色を眺めていた。校庭を見つめるのがそんなにおもしろいだろうか。その紫苑の瞳には一体何が映っているのだろう。
もっと知りたい。君のことを知りたい。向こう髪が揺れる。
(あ、)
目が合った。視線が絡む。彼は笑った。ふわり、柔らかく、その瞳が柔らかく細められる。
どうしよう、好きなんだ、とめどないくらい好きが溢れてきて止まらない。
だめならだめでいいから、どうしても返事をもらいたい。どうかこのわがままを許して。
「スマイル」
部屋に足を踏み入れる。彼が立ち上がった。ゆっくり、二歩ずつ、距離が縮まる。
「どうしたの」
お互いに足を止めた。もう三歩も歩み寄れば抱き締められるような距離だった。
「……スマイル」
視線を落とし、再度深呼吸をする。
「君のことが好きです」
正面から目を逸らすことなく一息に続けた。
「付き合ってください」
外で誰かが楽しげに談笑する声が聞こえる。鳩が飛び去っていく。桜が舞う。
「……、……ご、めん」
長いまつ毛が伏せられているのを見て、呼吸が止まった。
「おれは」
あぁ、もう、いいよ。ごめん。ごめんね。
きんときもそう言おうとして、けれど声が出なかった。一度開きかけた口からは言葉が綴られることはなく、微かな嗚咽だけが溢れた。
「……ごめん、」
座り込んだきんときの横を通り去るスマイル。追いかけるだけの勇気はもうなかった。
「あれ、スマイル……?」
「おい……どこ行くんだ、あいつ」
ふと、聞き慣れた声がした。一番きてほしくなかったのに。慌てて目を擦るけれど、涙は止まってくれない。
「っ、きんとき!?どうし、」
最悪だ。想像し得る最悪のパターンが頭に浮かんで、口を開く。けれどやはり嗚咽が邪魔をして。
「きんとき、どうした……!?」
滲んだ視界の中でシャークんの心配そうな表情が見えた。
どうもしていない。ただ、俺がスマイルを傷つけてしまっただけ。
「……スマイル?スマイルがどうかしたの?」
Nakamuの、怒りに満ちたような低い声。想定した最悪の道を辿っていく。
「……あいつ」
「っちが、すまいるは、なにも、」
「いいんだよ、きんとき。庇わなくたって」
「ちが……!!」
Broooockに背中をさすられて、必死に弁解した。けれど告白をして振られたとは言えなくて、それを言う勇気が、出なくて。
結局スマイルは、四人の中で悪者になってしまった。
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