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フレンダの手紙を受け取ってから、三日が経った。
「それにしても暇ね。公爵家の書類整理もやらせてもらえないなんて、本当に信用されていないのね」
結婚式を挙げてからというもの、お茶会のお誘いはフレンダの手紙一枚だけ、公爵家の書類も目を通せないまま、日にちだけが過ぎていった。
「庭園はもう、知り尽くしちゃいましたたもんねぇ」
エマは、シルフィアの髪を結いながらため息を吐く。エマの言葉通り、シルフィアが出来ることは公爵邸内の庭を歩くことだけ。そのおかげで、庭園に咲く花の種類を覚えた。
「出来ましたよ」
最後に香水を少し振りまく。
「ありがとう、エマ」
「今日は何しますか?」
「リベルドに頼んで、訓練場へ見に行かない?」
オベール帝国では、精霊や妖精と言った類のものが少なく、剣術に優れている者が多い。一方、シルフィアの出身国であるアルタイル王国は、精霊などが存在しており、見聞録が多くある。そのため、十歳から十八歳まで通う学園で、“魔術”という授業を学ぶ。ごく稀に、精霊から祝福を受ける人もおり、契約した精霊や下級精霊から力を借りて、魔法を放つ『魔法師』もいる。一般的には、魔術を学んだ『魔術師』だが。
「そうですね。なんと言ったって、ヴァンキルシュ公爵は剣聖ですもんね!」
ヴァンキルシュ公爵家は、オベール帝国で最も優れた剣士で、それらを『剣聖』と呼ぶ。
そしてラファエロ・ヴァンキルシュは、『グランド・デュークス』の一人でもある。
グランド・デュークスとは、“三大公”と呼ばれ、剣術に優れたヴァンキルシュ公、魔術に優れたネビュラ公、戦略や政治に優れたギルディア公で成り立っている。
シルフィアとエマは、リベルドを探すために廊下を歩く。すれ違った侍女に居場所を聞くが、適当にあしらわれて終わる。
三十分ほど、邸内を歩いているとようやく見覚えのあるが、どこか部屋から出てきた。
「リベルド!」
名前を呼ぶと彼はこちらに気づき、軽く頭を下げる。
「どうかいたしまたか?」
「ラファエロったら、公爵家の仕事を何もやらせてくれないじゃない?」
「………」
「だから、庭を歩くしかすることがないの。それで今日は訓練場に行こうと思うのだけれど、場所を案内してくれない?」
曇った表情を見せるリベルドは、「分かりました」と返事をし、廊下をゆっくりと歩いていく。
廊下をずっと進んで行くと、徐々に騒がしい声が聞こえてくる。
「……刺繍などはなさいますか?良ければ、こちらで糸や綿布を用意しますよ」
「あら、ありがとう」
リベルドが気遣いをしているうちに、訓練場に着いた。
汗の匂いに混じって、ほんのり血の匂いがする。
この空気は、騎士達が頑張っている証拠だろう。
まわりを見渡すと、訓練場の監督をしているラファエロと、その指示で動いている男が何人もいた。上裸になる男や、訓練の厳しさに着いていけず膝を地面につける男もいた。
「やっぱり大変なのね」
「あまり近くに行くと危険ですよ」
リベルドは、普段つけている丸眼鏡をクイっと中指で押し上げた。
「えぇ、そうね」
シルフィアは、柱の後ろから少しだけ顔を出し訓練の様子を見ていた。
すると、誰かがシルフィアに気づきこちらに近寄ってくる。
「シルフィア…さま? 」
その人は、ほかの訓練兵とは違い女性だった。
深緑の髪を後ろに一本に縛り上げている。
「……だれ?」
リベルドが名前を呼ぶと、彼女はシルフィアに一礼した。
「申し訳ありません。つい、興奮してしまいました」
リベルドが言うには、彼女は公爵家の護衛騎士であり、数少ない女性だという。
名前は──────
「ジョアン・ラグナ。お久しぶりです。シルフィア様」