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「ジョアン・ラグナ。お久しぶりです。シルフィア様」
ジョアン・ラグナ────。
久しいと言われても、聞いたことのない名前だ。
「お知り合いなのですか?」
シルフィアとジョアナの会話を聞いたリベルドは、二人の顔を交互に見た。
「もしかして、覚えていませんか?」
「……ごめんなさい」
どこかで会ったのだろうか?しかし、オベール帝国に来てから数日しか経っていない。
────アルタイル王国の知り合いなの?
そんな疑問が頭を過ぎる。
「仕方ありませんよ。でも、これを見ればきっと分かりますよ」
すると彼女は訓練用のズボンから何かを見せてきた。よく見ると、翡翠の色をした宝石が埋め込まれたロケットペンダントだった。
そのペンダントは、シルフィアが小さい頃にこっそり屋敷を抜け出して一緒に遊んでいた“ジョン”という少年にあげたものだ。
「これは、昔ジョンにあげたものよ。なぜ、貴女が持っているの?」
「“ジョン”は、私の偽名です。本当はジョアンと言うんです」
「どういうことかしら」
なぜ彼女が、偽名を使っていたのか。四人は、訓練場から少し離れた木陰にあるベンチに座った。
***
小さい頃、ラグナ家では母が病気で長男が産まれませんでした。父は家督を継ぐ息子がいないと、悲嘆に暮れていました。そして、母は病気に打ち勝つことがなく、この世を去りました。母が亡くなり数日、父は焦燥した表情で、私にこう言ったのです。
『お前が、家督を継ぐんだ。お前が、長男になるんだ』
その日から私は伸ばしてきた髪の毛を切り、一人称も“ボク”と名乗り、淑女としての教育をやめ、剣術に励んでいきました。
そんな中、時々母を思い浮かべてしまうのです。優しく髪を撫でる柔らかい手。父に内緒でこっそり食べたいちごのタルト。色んな思い出が、次々と溢れ出てくるのです。
『もう嫌だ』『あの頃に戻りたい』と、私は家を飛び出し、小さな森の中に逃げ込みました。
しかし、数十分経った時寂しさを感じました。家へ帰ろうと、来た道を戻っても全然森の出入口に辿り着きません。
『このままじゃ帰れない』と座り込み、泣き喚いていると、一人の少女がハンカチ差し出したのです。
「あなた、大丈夫?」
白いハンカチを受け取り、涙を拭うと少しだけ心を落ち着かせることが出来ました。
そして、落ち着いた私を見た彼女は、こう言ったのです。
「どこのお家の子?迷子になったのね。私が連れて行ってあげるわ!!」
私に差し出された手をとりました。
「私の名前はシルフィー!あなたの名前を教えて?」
「ボクは、ジョア……ジョン」
偽名を使った私は、心が痛みましたが彼女は『素敵な名前ね』とだけ言い、森の出口に着くと彼女は手を離しました。
「もう大丈夫よ」
「ごめんね。ハンカチ、新しいのをキミに贈るよ」
彼女は、ハンカチを握っていた手をさらに上から両手で包み込んだ。
「いいえ。必ず私に返してちょうだい」
このハンカチが大事なものだと、私はそう思いました。しかし、次に放った彼女の言葉が私の心に響いたのです。
「そうすればまた、あなたに会えるでしょ?」
夕暮れ時、シルフィーの背後には太陽が隠れていきました。きっとそれは、彼女の笑顔が眩しすぎたのでしょう。
それから私たちは、森の中で一緒に遊ぶことが多くなりました。
とある日も森で遊んでいると、彼女からロケットペンダントを私にくれました。ロケットペンダントには、彼女の瞳と同じ翡翠色の宝石が埋め込まれていました。
「これでどんなときも、私のことを思い出すでしょう?ほら、中の絵を見て。私が描いたのよ」
中の絵を見ると、赤い髪の少女と紫色の髪の短い少女が描かれていました。
私はそのペンダントを宝箱に大事に、しまいました。
二人が仲良くなった頃、私は父の再婚でオベール帝国に行くことになり、彼女に別れを告げないままアルタイル王国を去りました。
***
「そういうことだったのね。気付かなくてごめんなさい」
「いえ、私こそ別れを言えないまま会えなくなってしまったので、まさかここで会えるとは思いませんでした」
彼女は右手を胸にあて、軽く頭を下げた。
「えぇ、また出会えて嬉しいわ」
シルフィアは、彼女を抱き寄せた。ジョアンは、少し戸惑いながらも、シルフィアの背中に腕をまわした。